虫の生命に芸術を感じる

私は虫が嫌いなのだが、彼らが生命の終わり際にみせるアーティスティックな一面には拍手を送らざるを得ない。もし、私が拷問などを受けて命を落とす時どれだけのインパクトを与えられるだろうか?想像するに脆弱なうめき声一つあげて終わりだろう。生まれ変わっても虫になりたいとは思わないが、虫のような芸術家にはなりたいものである、、、。


私はハエのことを嫌悪と尊敬の念を込めてライバル、いや、彼女だと思っている。彼女らとの付き合いは長く、初めて殺人を犯した時の興奮は今でも忘れられない。

「ん~!このハエめ」。

当時小学二年生、少し乱暴な言葉を覚え始めたころで、ハエたたきという絶妙な武器の扱いにも慣れてきていた。すでに何千というアリは殺してきていたが「ハエ」ともなると生物のランクが桁違いで、子どもにとってはエロ本の中のお姉さんに等しい。おまけに人間の大人にも通用する「挑発」という技まで持っており、わざわざ顔の前での旋回飛行を楽しんでいる。

大人がハエを叩き潰してスッキリした表情をしているのを見ていた私は、早く自分も大人の仲間入りをしたいと必死にハエのケツばかリを追っていたのだが、毛も生えていないガキにとっては到底無理なことであった。エロ本の中のお姉さんという表現はピッタリではないだろうか。数打てば当たるだろうというスケベ心を持って何百回アタックをしかけても、彼女らは全く相手にしてくれずビキニ姿で日光浴を楽しんでおり、この時フラれ続けた経験が今の私のⅯの原型になっていると思われる。

ある日、日陰で休んでいる彼女を発見した。
私のことなど全く意に介さないといった様子で「いつでも来なさいボウヤ」と挑発してきた。たまたま私の手にはハエたたきではなくアースジェットが握られていており、彼女もまさか目の前の小僧が歴戦の男優に成っているとは思わなかったのだろう。

「プシュッ」


「アギャァァーーー!!!」。


体長わずか1cm程度のハエが倉庫内のコンクリート上で5mは転げ回っていた。

えっ?なんだコレ?
こんな死に方初めて見た!スゲー!!

興奮状態の私をさらに驚かせたのは、彼女の命の終わる瞬間である。


「グアアァーー!!ギイィィヤァァーー!!うっ!パタッ」。

あっ、死んだ。
そんな一気に100から0になるんだ、、、。すごいな、、。

気になった読者はぜひ一度やってみてほしい。ハエの見方が変わるのは間違いないだろう。ハエとはその後、「水鉄砲」や「割り箸掴み」、「ハガキ手裏剣」といった数多くの殺し合いを行なったのだが結局、一番最初のインパクトを超えるものはなかった。



中学生になった私は夏休みの自由研究で虫の生命力について調べることにした。

どうしようかなぁ。もう中学生なんだ。残虐性を競うような幼稚なマネは止めよう。
大学生が提出するような事実に基づいたレポートにしたいな。うん。シンプルにピンセットに刺した状態の虫がどれだけ生きられるかを記録しよう。

研究を始めると一番苦労したのは検体を集めることで、冒頭でも言った通り私は虫が苦手で軍手を二重履きしなければ触ることすらできない。5種類の検体を集めるのに夏休み終わり一週間前までかかってしまったのだが、狙い通りの検体を手に入れることができ満足していた。


モンシロチョウ
セミ
カミキリムシ
トンボ
カブトムシ


よし!色合いとサイズのバランスが最高だ!
標本なんてものは料理の盛り付けと同じでバランスがすべてだ。夏休み明けの女子の視線を釘付けにしてやる。

まるで一流シェフになった私は次々と虫にピンセットを刺していった。

「ウギッ!」

「アギャー!」

「グエッ!」。

いいぞ、、。断末魔がでかいほどイキがいい証拠だ。

特にセミの暴れ方は凄まじく、隣にいるモンシロチョウ夫人にドン引きされていた。
逆にカブトムシ先輩は不気味なぐらいの落ち着きを放っており「来なよ」とした悠然な態度である。それもそのはず、硬すぎてピンセットが通らないのである。これには私も困った。

先輩~、勘弁してくださいよ~。
先輩メインディッシュなんですからハンマーで叩き潰すわけにはいかんのですよ。

どうする?釘にするか?
それだと径が太すぎて打ち込んだ時に潰れるんじゃないか?そうだ。ドリルで下穴をあけよう。

この悪魔のアイディアにはさすがの先輩も降参したようで最初は「やってみろよ」と強がっていたが、ドリルの刃が体内にめり込むにつれ苦悶の表情を浮かべ手足をバタつかせていた。穴が貫通すると一分後、静かに息を引き取った。終始無言を貫いたのはムシキングとしてのプライドであろう。
私たち人間の中にこんな誇り高き男はいるか?電信柱をねじり込まれるようなものだぞ。少なくとも私には絶対に無理である。
何にせよ5匹の標本は作り終えた。あとはデータを取るだけである。


初日 、カブトムシ死亡。

二日目、モンシロチョウ、トンボ死亡。

三日目、死亡者0

四日目、カミキリムシ死亡。

あとはセミだけか、、、。
セミの寿命って確か一週間だよな。悪いことしたな。

五日目、死亡者0

まだ生きてやがる、、。
早く死ねよ。夏休みもう終わるんだよ。生きたまま女子に見せるわけにいかねーだろ。ドン引きされんだろ。

六日目、、、。

死んだか?
ちょこんと触ってみると、、。

「うぉーー!!オレを出せーー!!殺すぞーー!!」。

と初日さながらの暴れ具合をみせた。

うわ怖っ、、。何だコイツ。不死身かよ。

恐ろしくなった私は反則なのだが、セミのピンセットをさらに奥深く押し込み殺虫スプレーを浴びせた。

「ウギャーー!!何しやがるコラーー!!ギィィィッッ!!」。

まるで自分の体ごと引きちぎるような暴れ方である。凄まじい生への執念で、もはや恐怖を超えて感動すら覚えた。

すごいですね、、。
300年くらい生きるんじゃないですか、、。


七日目の朝、セミはカラっとした姿で死んでいた。

おそらくコイツは体のエネルギーがゼロになるまで暴れていた、、。
本物の芸術家だ。決められた自分の寿命7日間にすべてを懸けている。ここで私が罪悪感を感じることはコイツへの冒涜になる。コイツは自分の芸術を貫いた。ならば私も自分の芸術を貫くだけだ。


死者の鎮魂を乗せた私の渾身のレポートは、一部マニアックな女子からのウケは良かったが、大半の者にはウジ虫を見るような目でみられた。その中にはひそかに好意をよせていた女子もいた。

全くもって「芸術」というのは理解されないものである、、、。