彼岸島みたいなジジイに怒られた

個人の感想なので許してほしい。年配の漁師の方を見ると全員、人気マンガ「彼岸島」のモブ吸血鬼に見える。オマケに、ほっかぶりを被った日には、牙さえ生えてるように見える。今回は若くして北海道を一周した時の話を書いていきたい。

 

 

 

 

 

当時二十歳、初めての長旅は突然決まった。

「どうせ暇なら旅でもしてくれば?」と少し気になっていた女性から言われ、これを成し遂げられれば彼女からの印象も変わるだろうという動機が第一であった。しかも時期は正月休み。地元の仲間とワイワイするのが若者の通例であるが、そういう場が苦手な私にとって正当な動機付けをくれたこの発言は嬉しかった。前から一人旅はしたかった。一人行動は出来ても一人旅をする度胸がなく、友達がいないオレ、という酒に長時間酔える自信がなかったからである。いやらしい保険もかけた。ただ地元が一緒なだけの「仲間」と呼んでいいのか分からない相手に「北海道を一周する。その証拠に各岬の写真を撮ってくる」と報告した。相手の反応が薄かったのは、決行を疑っている訳ではなく、私の人間関係の希薄さを見抜かれていたからである。事実、この旅以降それに拍車がかかり、現時点ではそれが「善いこと」だという認識である。

 

 

 

 

今思うと時期は冬で良かった。

夏だと旅行者が放つパーティー感に耐えきれず心が苛まれ、持ち前の脳内ツッコミも出来ずに旅を終えただろう。雪一辺倒だと思っていた景色も日本海、太平洋、オホーツク海と走る海岸線が変われば表情も一変し、この景色は雪道の運転に慣れている者の特権だと思われる。

 

年齢も丁度良かった。

職人は叩き上げという印象があるが、私の時代では既にホワイトな社員教育が進みつつあり、高卒社会人三年目として一番自由な時期でもあった、というか師匠に恵まれた。この人の放任主義のお陰で想像力が養われ、今こうしてブログを書けている。いくら師匠と言えど、弟子のプライベートと主人格には干渉しない方がいいというのが、ぬるま湯で育ってきた私の見解である。

 

 

 

 

初めての一人旅は今のような滞在型ではなく、通ったという結果だけが欲しかった。時間も金もなく、車中泊一日一食の貧乏旅行にすると決めており、せめてもの癒しにとご当地グルメと温泉を入ることだけを決めていた。出発点は札幌でそこから西回り。大まかに北海道をひし形で表すと、西の点を札幌・函館ということにしよう。函館までの日本海は荒かった。西回りを選択したことで海岸線では全て山側を走ることになるのだがこの選択も正しかった。たかが一車線分の違いだが滑ったら即海に落ちる、というのが慢性的なストレスになり、子供時代に感じていた恐怖は大人になっても拭えないものである。景色というのは安全な所から見るから綺麗なのであって小心者は無理をしない方がいい。北海道西側は特にトンネルが多く、オーシャンブルーを見に来た旅行者をガッカリさせるのことも多いのだが喜ぶ者もいる。それは釣り人。トンネル出入口にある駐車場を拠点とし、海物語に命を懸けるギャンブラー達である。実際、毎年何人も海に落ちて死んでいる。ライフジャケット着用うんぬんに限らず寒さで死ぬのだろう。こんな命知らずの奴らとは関わりたくないのだが私だって冒険の最中である。暖房を付けない省エネ運転で体が冷えたので、コンビニに立ち寄った所にコイツと出くわした。

 

 

 

ガンガンガンッ!!

 

 

「んだ入ってんのがぁ??」

 

 

用を足している時に邪魔された。

どうやら赤と青の色の判別も出来ないらしい。

 

 

というか目が見えているのかオマエ?

小だぞ。さっき俺がトイレに入ってくの見えただろ??

 

 

「はいはいすぐ出まーす」

 

 

「はやぐしろー」

 

 

ちょっとは待てボケ。

コッチだって出したくもねー透明なションベン振り絞ってんだから邪魔すんな。便座にかけてやろうか??

 

 

ガチャ。

 

 

「はーい遅くなりました。すいませーん」

 

 

「ったぐ、、。ホント最近の若けえモンは何やらしても、、」

 

 

はぁ??

何言ってんのコイツ??

絶対オレの方がションベンの勢い強いから!流石にオマエには負けないから。そこまで落ちぶれてないから。

 

 

予想通り二、三分後にジジイがトイレから出てきた。

甘デジの出玉のようなションベンだったのだろう。心が読まれたのかコイツは尚も私に絡んできた。私は既にレジの前に並んでいる。

 

 

「おい兄ちゃん!買うもんねえーならオレ通してくれや」

 

 

うっせー喋んな。

レジ前の温かいお茶買うんだボケ。つーかオマエ手洗ったか??ストレートで出てこなかったか??マジで関わりたくねーなコイツ。よし。シカトしよう。

 

 

「おい!ぎいてんのか?」

 

 

おい!

やめろ。マジで触んな。

わかった。わかった譲るから。

 

 

「はい。聞いてますよ。それじゃお先どうぞ」

 

 

「オレ急いでんだわ!邪魔だけはしねーでけろ」

 

 

よし分かった。

とりあえずオマエは死んでけろ。

何、熱燗買ってんだよ。飲酒だろ。通報してやろうか??そのまま海に落ちてけろ。お願いだからトンネルの3㎞以内にコンビニ建てないでけろ。

 

 

 

と、いうやり取りがあってので私は函館付近に良いイメージがない。歴史情緒溢れた素晴らしい街だと思うが、彼らの使う「けろ言葉」も又歴史の一部であり、大正造りの赴きのある銭湯でもケロリン桶の水浴びと共にこの言葉が飛び交っていた。一人旅でも色々な出会いがあるものだな、と思いながら車を走らせた。北海道コンビニ「セイコーマート」で爆弾おにぎりを三つ買い、線路沿いの駐車場で一泊目を終えた。雪混じりの夜行列車はとても綺麗だったが、通る度に騒音で目が覚めた。今日はあまり進めなかった。いっそ寝ないで次を目指そう。

 

 

 

二日目、南の点「えりも岬」を目指す。

日本地図を見ても、これだけ分かりやすい鋭角はないのではないか?えりも岬までの海岸線は静かだった。なるほど、これは確かに太平洋沿いの都市が栄える訳だ、という実感が持てて嬉しかった。商業港である苫小牧を過ぎると一気に人影が少なくなり人間より牛、馬の方が多かった。北海道では貴重な雪の降らない地域をなぜ住宅化しないのかずっと不思議だったが、彼らの楽しそうな姿を見てその謎が解けた気がした。和牛、競走馬として稼ぐ彼らの方が我々より何倍も優れており、この楽園は彼らのためにあるのだろう。えりも岬に着いた。風が恐ろしく強く、普通の岬の倍くらいの風力があった。私以外に物好きなカップルが一組訪れており、女性の髪は恐ろしくボサボサになっていた。それくらいの撮れ高しかないのが残念スポット「えりも岬」である。

 

そこを起点に東の地に向かうとさらに人がいなくなり、ここは大型動物の棲みかである。道路沿いにいるエゾシカと目があった。角が生えており迫力が段違いである。草食動物だと分かっていなければ警察に通報するだろう。恐怖で近場の都市部に逃げたくなったが、太平洋側では距離を稼いでおきたく、一気に車を走らせた。今日は千㎞くらい走ったんじゃないだろうか?疲労が極に来たので、峠のど真ん中の駐車場で寝ることにした。節約してエンジンを付けずに寝ようとしたが、寒さと恐怖で寝付けなかった。駐車場には私一台しかおらず、オマケに目の前には熊出没注意の看板までありやがる。ヒグマなんてものは明らかに神の配置ミスで、黙ってサバンナでライオン達と切磋琢磨していてほしい。エンジンを付けるならマフラー回りの除雪のために一旦外に出たいが、奴らの瞬発力は金棒を振り回している鬼とそう変わらん。躊躇しているうちに尿意が押し寄せ、もちろん外に出る度胸がないのでペットボトルに済ませると安心して寝てしまった。眠りは浅く、疲れは取れなかったが朝日を見るべく東の点「納沙布岬」を目指した。

 

 

 

三日目の朝、「のさっぷ岬」と呼ばれる日本最東端の場所は混んでいた。元旦ではなかったが晴れていたこともあり、今日を「初日の出」と誤魔化したい気持ちは先程まで悪夢に見舞われていた私とて同じである。朝日が出てくると人々が歓声を上げ始める。御来光などと何を大袈裟な、と毎年思っていたが、「なるほど、苦労に見舞われた人間にとってこれは後光だな」と、この目玉焼きのような球体を見てそう改めさせられた。目的を果たしたのでさっさと北へ向かう。東の大世界遺産「知床」は最初からスルーすると決めており、冬は素人が立ち寄れる所ではない。昨日の反省を生かし、今日はひと気のある所に行こうと思い、オホーツク海側の都市「北見」に寄った。ゆっくり温泉に浸かっていると、そういえば結局コンビニ弁当しか食ってないなということに気付き、駅前で探すことにした。旅人らしく「今旅してるんですけどオススメの食事ありますか?」と優しそうな中年男性に聞くと「50㎞先くらいにある○○町の喫茶店のシーフードカレーがなまら旨いよ!」と教えてくれた。50㎞、、。さすが試される大地、、。迷わず向かった。もちろん、なまら旨かった。冷めたことを言わせてもらうとグルメ大国である北海道沿岸で不味い料理に当たる方が難しく、私的には初めての一人旅で声をかけた人が予想通りの優しい人であったことが嬉しかった。最初にハズレを引いてしまうと、それ以降の旅が億劫になってしまう可能性があり、今思うとこれは一つの分岐点だったのかもしれない。もうこの旅の撮れ高は十分である。流氷が訪れる前のオホーツク海は正直見所がなく、北の点「稚内」の近くまで走り、道の駅でぐっすり眠った。

 

 

 

見所がないと言えば、日本最北の地「宗谷岬」はもっとない。悪いが写真だけ撮ってさっさと札幌に帰ろう。三泊四日で冬の北海道を一周なんて中々すごい事なんじゃないか??この体験を面白く伝えるトーク力はないが、結果は得られただろう。後は事故らないよう、風力発電でも見ながらドライブを楽しもう。だか、そこは私の苦手とする日本海。ゴール手前で「留萌」という名の可愛らしい街が私に牙を剥いた。

 

 

 

 

ガラガラガラ。

 

 

「ああー!ほんっっと、出ねぇなぁー」

 

 

場は温泉。

明らかに不機嫌な筋モンが現れた。その他にも筋モンと思われる強面の男たちが湯に浸かっており、完全に温泉のチョイスを間違ったと私は後悔していた。しかもこの男が現れた瞬間、緊張度が跳ね上がった。この街のボスと見ていいだろう。

 

 

「○○さん。いくら負けたんすか?」

 

 

「十万だよ!何だあの台?頭きて殴ってやったぞ」

 

 

「あー、あの台クソですわ。オレも全然っすわ」

 

 

 

嘘つけ。

お前らさっき勝った言ってたやんけ。

ヤクザ??漁師か??その世界にも社交辞令はあるんだな。筋モンにはなりたくないが十万突っ込めるパワーには魅力を感じるな。もう少し耳を傾けよう。

 

 

 

「それはそうと、あの若造どうにかしてくれよ!」

 

 

!?

オレか!?

 

 

「あー、あの組合の○○にムカついてんのはオレらも同じっすわ」

 

 

良かった。

オレじゃなかった。

 

 

話を聞いていると若造というのは漁協の人間らしい。その時は、協会に不満があるのはどの世界でも同じか、、。程度にしか思っていなかったが、「海」つまり「領海」という不変の場で戦う彼らは、他の業界より抜け道が少なく、お上の力が強いのだという。ではそのストレスはどこへ行くのだろうか?

 

 

まずい。

最近シケで漁に出れないらしい、、。その上パチンコでも勝てないらしい、、。まずい。子分たちも抑えきれなくなってきてる。ここらが潮だ。引き上げよう。

 

 

「おい、兄ちゃん!オマエ○○の息子け??」

 

 

知らん。誰だソイツ。

もう少しヒントをくれよ。そしたら成りきるからよ。

 

 

「いえ。違います。オレ旅行者っす」

 

 

「おっ!どっから?」

 

 

「札幌っす」

 

 

「ああっ??」

 

 

キレる所じゃねーだろ。

札幌に何人住んでると思ってんだよ。

 

 

「だったらおめぇ、さっきからオレらが話してる○○ってガキ知ってっか??」

 

 

知るわけねーだろ。

札幌に何人住んでると思ってんだよ。

 

 

「すいません。知らないっすね」

 

 

「何だぁ?横の繋がりねーやっちゃだなぁ」

 

 

そうゆう次元の話じゃねーんだよ。

もう少し若者を労りやがれ。

 

 

「ははっすいません。それじゃお先に上がります」

 

 

「おう。あんちゃん。もう一回言うけど横のつながりだぞ」

 

 

「はーい。ありがとうございまーす」

 

 

と、生意気な態度で去ったが、彼らはあながち芯を外したわけでもなかった。

 

 

その当時気になっていた女性は地元の仲間と結ばれた。仲間たちは結婚、離婚を繰り返し、細い糸を紡ぎながら物語を生きている。対して私は、未だに透明な小便を流し続ける小僧に見えて仕方がない。まぁ、その居心地が良いのだが、、、。