温泉で死ぬのも悪くない

皆さんは葬式以外で死人の顔を見たことはあるだろうか?私はある。そしてその場に立ち会った。あの顔を見る限り大往生だった。と誠に勝手ながらこの記事を弔辞とさせて頂きたい。

 

 

 

死に方を考えるほど切羽詰まっちゃいないが、そうなった時のため、早く安楽死の法律が可決してくれないかなと思っている今日この頃である。血の通ってない言い方をすると、死ぬのも殺すのも度胸の問題なのだろう。そう考えると意気地無しの私がどちらかを成し遂げるには事故以外に有り得ない。そう、まるで今回のように、、。

 

 

家庭内事故の四割が溺死というデータが出ている以上、温泉に通っていればいつかは死に直面するだろう。もちろん、そんなの意識して湯に浸かっている訳じゃないが、のぼせてフラついた時、魔が差すことはある。

 

 

このまま倒れたらどうなるんだろう?

気持ちいいのかな?そうゆう企画モノってあったけな?それともビデ倫に引っ掛かるくらいキワモノなのかな?だとしたら、、

 

二位には来るな、、。オレの好きな死に方ランキングの。一位は不動。エロい夢見ながら死ぬこと。いや。むしろ女湯でこれが出来ればワンツーフィニッシュになるんじゃ、、そのためには湯が切り替わるタイミングで、、う~ん、むにゃむにゃ、、。

 

 

もしかしたら私たちの想いは繋がっていたのかもしれない。彼と体の繋がりを持ってしまった今、あの出会いは何かの引力だったと思った方が辻褄が会うのである。

 

 

 

 

何で今日に限ってカレーが売り切れ??

 

 

土曜の夜、熟睡するためにカレーを食ってから温泉に入るというルーティーンがまず崩れた。「ゴメンゴメン」と国民食が切れたことに責任を感じたオバチャンが茹で玉子をプレゼントしてくれた。それを秒で平らげた私は湯に直行し、この時点で30分のタイムラグが生じている。カレーじゃないなら歯も磨かなくていい。空腹の方が寝付きもいいだろう。

 

 

対して彼。

当ホテルに関係する重役だったらしく、先程までコンパ付き宴会で宜しくやっていたらしい、、。羨ましい限りである。どれだけ飲んだのか、他の役員が早風呂で切り上げているにも関わらず、一人露天風呂に残ったらしい、、。まさかコンパを連れ込んだ訳じゃあるまいな、、。死人にくちなしである。

 

 

「ちょっとぉー!!手伝ってぇー!!」

 

 

湯に浸かる間もなく指名された。

露天風呂に浮いている彼を発見したのは清掃のオバチャンである。常連客である私とは良く話す仲で、自分の裸を見られている女性の頼りを断るという選択肢はない。彼女は他の男手を探しに行った。何故か週末なのに客がいない。やはり宜しくやっていたのではあるまいな、、。しばらく彼と二人きりである。

 

 

う、浮いてる、、。

 

 

火サスさながらの水死体を素人目で判断出来るわけもなく、取り敢えず引き上げることにした。うつ伏せ状態の頭が湯から離れると「ググゥーッ」という音が彼の口から漏れた。

 

 

やった!生きてる!

早く水を吐き出させよう!

 

 

後で救急隊に聞いたところ死体でもこういう音は出るらしい。だが私には声に聞こえた。肌は温かみもあり、何より表情が生き生きしていた。水さえ吐けば飛び上がるだろう。

 

 

「おーい!聞こえますーっ?今からお腹押しますよーっ!」

 

 

出来るだけ野太い声で言った。

生きていて欲しいが、勘違いされて抱きつかれるのもゴメンである。だが、いくら押しても揺すってもビクともしない。直接心臓に耳を当ててみた。

 

 

と、止まってる、、。

 

 

おい。嘘だろ?

あんた今「ぐぅーぐへへ」って言ったやんけ。死んでるんならそんな紛らわしい声と顔しないでくんない?どっち?まだ夢の中がいいの?邪魔しない方がいいの?取り敢えず心臓マッサージするけどいい?

 

 

その頃になるとAEDを持った男手が集まってきた。音声ガイダンスに従って心臓マッサージを試みるが、胸骨というのは嘘みたいに薄く感じた。

 

 

これマジで骨折れるけどいいの?

バッキバキの骨、心臓に刺さっちゃうけどいいの?後で、女の子が良かったって怒らないでね。

 

 

既に電気ショックは作動しているが反応はない。やはり折るくらいの勢いで押さないと意味がないのだろうか?男達が戸惑っている所に次のガイダンスが流れる。

 

 

「鼻をつまみ、口を大きく開け、人工呼吸をしてください」

 

 

男達に一秒の沈黙が訪れる。その全員の気持ちを代弁しよう。

 

 

マジで??

普通に酒くせーんだけど、、。ちょっとプクプク言ってるし、、。誰?誰がやるの?コンパ呼んでくる?いねーよ。お前やれよ。ムリ。あ、俺カレー食ったからムリだわ。失礼じゃん。じゃあオレも。カレー食ってない奴やれよ。いや、オレだってムリっすよ歯磨いてないし。大丈夫だ、全員磨いてねーから。早くやれよ茹で玉子。ほら早く。

 

 

「うおー!じゃあオレやります!!」

 

 

最初から私がやる運命だったのだろう、、。

人工呼吸といっても、吹くだけで吸う必要はない。角砂糖を溶かすが如きヘビィ級のをお見舞すればいいだけである。

 

 

ブフゥーっ!!

 

 

空気が漏れない程ディープなモノを吹き付けた。

すると彼の口から酸味がかった内容物が逆流してきた。周りから安堵の声が上がる。息を引き返したと思ったのだろう。私もそう思ったが心臓は止まったままである。

 

 

いや、死んでるんかい。

じゃあ今のゲロは何?お前となんかキスできないって意思表示?いや、分かるけど、、。何かの縁じゃん。ちょっと顔色も悪くなって来てるよね。もう少しで救急隊着くから我慢してよ。たぶん女性もいるからさ。

 

 

このやりとりを二往復くらいした後、救急隊が到着し蘇生を試みたが、彼が生き返ることはなかった、、。

 

 

男手がAEDを作動するまでの、彼と二人きりの時間は約三分間であった。初期対応を間違えると1分毎に10%生存確率が下がると言われ、その三分間、私が適切な処置が出来たとは言い難い、、。俺が殺した、などと思い上がる気はないが、無関係を貫く度胸もない。この脚色させてもらった記事をがどうか恨まないで欲しい。あなたの朗らかな笑顔に心からのご冥福をお祈りしています。享年七十七。