最近のマイクは心の声も拾う

私は電話というものがあまり好きではない。もっと言えばインカムやトランシーバーといった音だけで人を判断する機器が好きではない。何故なら奴らは心の声も拾うからである。




私は声というものを流動物ではなく固形物として見るタイプの人間であり、もっと分かりやすく言うならば、「音」ではなく「写真」のような捉え方をしていると言っていいだろう。少しおかしな表現になるが、人の口から流れ出ている言葉というのはドロッとしたキャットフードと見るかコロッとしたドックフードと見るかで別けられており、前者が音楽家、後者が文芸家といった脳の作りになっているのであろう。あくまで私のイメージである、、。

私たち文芸家は会話の際、ジッとその人の口元を見ていることが多く、その時している事とはポロポロとこぼれている固形物の撮影会である。連続写真を張り合わせることで会話が成立しており、それを「会話」と言えば相手は怒るかもしれないが、本人たちはそのアルバム編集作業は共同作業だと思っており、とても愉しそうである。そもそも会話なんてものは、きれいごとを述べたところで結局は本人主体で行うもので、各々がアーティスティックに相手を巻き込んで行ければ本望だろう。




「つーかオマエ話聞いてる??」


「あ、はい。聞いてますよ。こうゆうことっすよね」


「ああ、そうだけど、、。人の話最後まで聞けよ。ホントせっかちだな、、」


と、相手に不快な思いをさせる事が千回以上ある。
その時の私の精神はこうである。


違う。オレは「せっかち」じゃない。
せっかちって落ち着きねー奴のことだろ??オレは落ち着いている。よく「落ち着けやコラァァ!!」って怒鳴られるけど「お前が落ち着けボケ」って一万回以上思ってる。
いいか?
オレが仕事でミスするのはスピード不足から来る焦りが原因であって、お前らの話を聞いていないからじゃない。それを何だお前ら?「アタシの歌を最後まで聞いてよぉ」と駄々こねやがって。コッチはもう歌詞の分析は終わってんだよ。聞いたら聞いたで「アンコールしてよぉ」ってエンドレス状態になるだろ。コッチは客だ。帰る権利もある。


「あとよー、、、」


何??まだあんの?
さっさと作業開始したいんだけど、、。


「人と会話する時は目を見て話せって教わらなかったか?」


教わったよ。教わったけどさ、、。
だってあんた、ギョロつき系なんだもん。ギョロつき系って言うか血走り系??そんな奴の目みたくないじゃん。一番厄介なのが「オレの澄んだ瞳を見ろ」的な純愛感を押し付けてくんのが最高に面倒くさいしマジで帰りたい。


「人の話聞かない問題」の一番の原因はコレだろう。
しっかりと相手の目さえ見ていれば内容がインプットされようがされてなかろうが関係ないのだが、何せコッチは客である。色合いの悪いギャラリー展にずっと居座るつもりなどはなく、全てこちらの気分次第ということになる。


いや、オレだってね。女子なら見るよ。
いや、どうかな、、。
いつだか「なに?」って言われたのがショックでそれ以降見れていない気がする。とゆうかどんどん視線が下がっている気がする。いつだったか口元見てただけなのに「なに?胸見ないでよ」って言われた。じゃあどこ見りゃいいんだよ。股関か?足か?舐めるように見てやるかんな。


私たち変態文芸家の成り立ちは大体こうである。
気弱なメンタルにトラウマになる台詞が重なることで真っ当な音楽家としての道を踏み外し、またその道の居心地が良くなってしまっている。ならば後は道を極めるだけである。最初は読唇術のように口元を見ないと言葉が読み取れなかったのだが、イメージを重ねるうちに音だけでも読み取れるようになってきており、作詩作曲家への道は近い。


が、私はそんな才能溢れる男ではない。
自分に酔っている凡夫ほど痛々しい奴はなく、そういう奴には痛い思いをさせてやらなければならない。




ブオーーン。
オーライ。オーライ。


建設現場での荷揚げ作業中、私はインカム(クレーン運転手との無線機)を付けた合図者の役をやっていた。この荷揚げ作業というのは工程上、非常に重要な作業であり、何せ、いち作業員ではなく大型クレーンを使った仕事なのだ。一つの合図の遅れが作業員1日分の遅れになると言っても過言ではなく、本来私のような出来ない奴がやることではないのだが、珍しく適正がある方であり、その背景には作詩作曲家を目指している所があるのであろう。


ふっ、、。オーライね、、。
「all right」。全て右に置けっていう意味じゃないぞ。問題ないって意味だ。紛らわしいから校正をしてやるか。


「オーライ!このまま真っ直ぐ真下に降ろして下さい!」


「はいよ。真下ね。降ろすよ」


わはは。どうだこの誘導?完璧だろ。こうゆう作業に一番向かない奴は歌うだけしか能がない叫び屋たちだ。


「ZEN吉~!もうチョットそれコッチ来るようにやってくれ!」


出たな、、。言ってるそばから、、。
もう言葉じゃないよ。叫び。シャウトだよ。こっちそっちどっち??こんな歌なかったっけ??かわいい子供が歌ってるならまだしも、こんなんオッサンの断末魔だろ。これは大幅な校正が必要だな。


「すみません運転手さん。今置いた材料、あと2m程、奥の道路側までお願いします」


「あいよ。行けるかなー?まぁやってみるよ」


ブオーン、、。


「もう少しコッチ!!せーの!せーの!ZEN吉ぃ~!!」


と、叫び屋たちが神輿を担いでいる。
私と運転手は冷静にその様子を見ている。


ムリなんだって、、。
クレーンで吊るような積載量だぞ??人力でどうにかなる問題じゃねーだろ。いや、わかるよ。そのチョットの移動が後々の作業を楽にするんだろ??わかるけどもう諦めろ。だって積載オーバーの警報が鳴り響いてるんだもん。お前らには聞こえねーけどな。


工事現場あるあるで作業員はどうしても奥に奥にと材料を送りたがるのだが、クレーン車にも限界というものがある。材の重さに負けてクレーンがひっくり返えってしまえば死人が出るくらいのニュースになり、もちろんそれ防止のための警報器が装備されているのだが、悲しいかなその悲鳴が届くのは運転手とそれとインカムで繋がっている私だけである。


「ZEN吉~!早くお前も来てコッチ押すの手伝え!あと運転手にもコレこっちに送るように言え!」


ムリだって、、。
お前らにこの悲鳴が聞こえねーのか?


「ピィー!!危険です。危険です。ピィー!!危険です。危険です」


ヤバいって!!
クレーン倒れるって!!機械が言うセリフがこの世で一番信用できるんだって!!お前らただ熱くなって叫んでるだけだろ!?冷静になれよ!ここは岸和田だんじり祭じゃねーんだよ!!


「ZEN吉ぃ~!!」


「む、ムリです、、って、、」


ここで冷静に戦場を見定めていた運転手が口を開く。


「おい。この警報聞こえてるんだろ?コレ以上奥はムリだって。アンタ素人じゃねーんだろ。しっかり指示しろよ」


ごもっともである。
この時の私の精神はこうである。


そんなんオレに言われても、、。
「素人」ではない。でもそれを言うなら叫び屋たちの方がずっとキャリアは上だ。今みんなは「素」を出している。なるほど。素人という言葉は思ったより深い意味なのかもしれない、、。


すぐに返事をしなかった私の心をインカムが拾う。


「そんなんオレに言われてもってか?もういいわ」


と、言い運転手が拡声器を使って指示を出す。本来運転手がする仕事ではないのだが、現場での事故は運転手の責任にもなる。拡声器を通した野太い声は皆をピシャリと締め付け、これを指揮者というのであろう。私はまだ自分の世界から帰ってこれない。


「いいかい?あんたのする指示は確かにわかりやすくて助かるよ。でもね、それだけじゃ現場は回らないんだよ。自己満足に浸ってる会話なんてものは、せいぜい二人か三人が関の山だよ」


これを拡声器ではなくインカムで話してくれたのが何よりの優しさであろう。こんなのを拡声器で言われた日には、即日退職願いを出したくなるだろう。私は撮ったばかりの写真の分析に忙しい。


回らない、、。自己満足、、。関の山、、。
関の山=これ以上何も期待できない。
それは、、。イヤだ、、。


「だろ?」


全くもって最近のマイクは恐ろしい。
その恐ろしさが現実世界まで引き戻す。


「まあ、あんたにはあんたの良さがあるから徐々にでいいんじゃないか?」


徐々に。ゆっくり。ジョジョ。オレの好きな漫画。スタンド使いになりたい、、。


「OK?そんじゃ作業開始するよ?」


「オッケーっす!行きましょう!」





私と同じ文芸家諸君。
最新の音楽機器は舐めない方がいい。