スープカレーは食のインストラクター

食の始まりとは野菜にあると思う。これの美味しさに気付いた時から食事の世界が広がるのであって、野菜嫌いの人を敵に回すかも知れないが、野菜を食べれないというのは運動が出来ないことに等しい。でも安心しよう。手取り足取り教えてもらえばいいじゃない。それではスープカレー先生、お願いします。




例にも漏れず私もソレの一人だったのだが、その一番の理由は母親の料理の下手さである。「何言ってるのアンタ!?じゃあ、自分で作りなさいよ!!」という罵声が聞こえてきそうだが「うん。だから作ってるよ。それかコンビニで弁当買ってるよ」という反論が出来るくらいの行動を十歳くらいからしていたと思う。


何も私は家族に恨みがある訳ではなく、兄や姉が一足先にお小遣い制度を導入して手伝っていたことに羨ましさを感じていたし、世の中ギブアンドテイクだなという真実を子供ながらに知れたことは幸運だったと思う。それに自営している家族の苦労は直接伝わっており、「家事なんてするヒマないよね」という副キャプテン的な優しさがデフォルトされる事で争いを避ける能力が身に付くのだが、それはあくまで「外」での話である。





「おい、ババア今日のメシ何?」


「ウインナーとソーセージ」


「他には?」


「なます」


「マジくそだな」


「うるさい!!じゃあ食うな!!」


「わかった。コンビニ行ってくる」。


我ながらクソ生意気なガキだと思うが、5㎞離れたコンビニまで行った行動力は褒めてやりたい。私の家族関係は複雑なものではなく、普通の愛情を受けながら育ってきた自覚はあるが、このような反抗的な態度を取る理由は、メシが不味いの一点に尽きると思う。というのも不味いメシを作る人間というのは、そもそも味というものを分かっていなく、いや、味なら調味料で誤魔化せるのだが、食感が絶望的にズレており、それが野菜ともなると石や泥を食べているのと何ら変わりがない。「ガリッ」「ドロッ」っといった品物が並ぶのが我が家の食卓であり、反抗期に差し掛かる前の子供たちにとってそれはただの空腹を満たす時間であって、無抵抗なのをいいことに親たちは無理やりそれを口に突っ込んでくる。その反動と小遣いという宝物が相まって私の家の子供たちは自立するのが早く、皆「反論させない反抗期」というムカつく餓鬼に仕上がっていき、何故か私だけが未だにそれから脱却できずにいる。





時は200X年。
場所は札幌。巷の女どもは「あそこのスープカレーは~」などと髪をクルクルさせながら猫なで声で喚いており、その指を見つめながら私は興奮を隠せずにいた。何せ此処は200万人都市の札幌。普通にしていれば出会いなど幾らでもあるだろう。そう。野菜を食べられる普通の男なら、、、。




「ねぇー。美味しいスープカレーご馳走してよぉ~」


と、幼馴染みに近い女がそう言ってきた。
「っち。めんどくせーな」と思いつつも彼女との関係を絶とうという気持ちは当時二十歳前後の私には起こらず、それは彼女がいい奴だからではなく、私の未熟さにあると思う。


「遊びたい盛り」なんてものは人生どのタイミングで来るか分からないものである。一般的に若い時と言われているが、これは「遊ばなきゃ」に取り憑かれた者がネズミ算式に増えた結果であって、私はそんなネズミ講などよそに家でカレーライスを食っていれば十分幸せだったのだが最近耳にする「スープカレー」という言葉が気になっていた。


何だスープカレーって??
カレースープじゃダメなのか??そんな安易な名前で何でこんなに盛り上がってるんだ?カレーライスとカレーヌードルの立場はどうなる?十分うまいだろ。ふざけんなオレは浮気はしない。


「ちょっとぉ聞いてるー?せっかくいい店見つけたんだからぁ~」


うっせー。髪クルクルすんな。似合ってねーんだよ。安売りすんな。普段しない人がするからグッと来るんだよ。別にオマエのこと嫌いじゃないけど嫌いになりそう、、。


「うーん。別にいいけど、、。ってか普通のカレーじゃダメなの?CoCo壱でいいじゃん」


「はぁー!?いい訳ないじゃん!!アタシの立場考えてよ!いい?今はスープカレー入れ食い状態なの。そこで女子会を開きつつイケメンの彼氏をゲットするのが流行りなの。これに乗らなくてどうするの?わかった?アンタにも絶対ご利益あるわよ」


知らねーよ、そんな宗教。
オマエこの前まで旨そうにカレー食ってただろ。喋り方もエヴァミサトさんみたいになってるしよ。大好きだけどオマエがするとガッカリする、、。


「うーん。まぁ、そこまで言うなら、、」


「はい!決定~!じゃあ今度の木曜、夜9時ね。あんまり人に見られたくないからパッと食べてパッと出るわよ」


だったらCoCo壱でいいだろ。
マジで一人で行けよ。


そう思いながら次の木曜日まで待っていたのだが、何も悪い印象ばかりでもなかった。


アイツが言った「スープカレー入れ食い状態」。
確かにそれはわかる気がする、、。
最近ジャガイモ面の同僚どもに彼女ができるというパルプンテが多発している。聞きたくもねー自慢話の端々には「スープカレー」。さらに声をわざとらしく大きくしたジャガイモどもは「ゴロッとした野菜が超うめぇ」などと超勘に障る「超」の言い方し、こちらの神経を逆撫でしてくる。


まずい、、。追いて行かれる、、。
CR海物語を打ってる場合じゃない。何が「リィィーチ!」だ。何回魚群ハズレるんだよ。台パンすんぞコラ。現実を見ろ。目の前の魚群を逃してどうする。アイツも鬼じゃない。これだけメシを奢ってやってるんだ。オレに合った女の一人や二人紹介してくれるだろう。


そう思うと、楽しみな気持ちで食事を迎えられたのだが、やっぱりコイツは鬼なのかもしれない。一時間遅れの閉店ギリギリになって現れやがった。


「ごめーん!髪なかなか乾かなくてさー。さーて!あとは食べて寝るだけだー」


しかもジャージでノーメイク。
マジでなめてんな。オレにも失礼だけど、店にも失礼だかんな。ほら、店員もちょっとキレてんじゃん。よし。俺もキレよう。


「一時間遅れはないよね」


「ちょっ!そんな怒んないでよ!あっ!ブラしてくるの忘れた!そして財布も忘れた。テヘッ!」


オマエがやっても可愛くねーんだよ。オマエとはそうゆうんじゃないんだよ。もういいや。食事を楽しもう。


コイツの会話が聞こえたのか、さらに怒りの表情が増した店員がメニューの説明をしてきた。


「お客様。誠に申し訳ありませんが今がラストオーダーになります。あと、コチラとコチラの商品が本日は品切れとなっております」


「えー!!聞いてないよぉ~。せっかく楽しみに来たのに、、」


だから今説明してんだろ。
ちょっと店員さんオレまで睨まないでよ。100%オレのせいじゃないから。


「わかりました」と了承したものの、この品切れには私もショックを受けた。なぜなら野菜系がメインのスープカレーしか残っていなかったのである。


だからカレーライスがいいっつたんだよ、、。
何この写真??ホントこんなでかい野菜がそのまま出てくんの?マジで無理なんだけど、、。全部残してスープだけ飲もうかな、、。いや、それは流石に失礼か、、。


そうこう悩んでいるうちに彼女が勝手に注文した『ゴロッとした野菜のスープカレー』が私の前に運ばれてきた。


「きゃー!!美味しそうー!!やっぱアタシもそれにすれば良かったー」


などと『ネバッとしたオクラのスープカレー』を頬張りながら羨ましがっている彼女を尻目に、私は目の前のばくだん岩とにらめっこをしていた。


マジでゴロッとしてやがる、、。
まぁいい。所詮はジャガイモ。母親の唯一のマシな料理「イモの塩煮」もそうだったようにハズレる可能性は低い。一口で平らげてやる。パクっ。


すると突然コイツはマダンテを唱え、おもいっきり爆発しやがった。


!!!


「ハフッ、ハフッ、、、。あちちち、、」


「ちょっと。何やってんの?バカじゃないの。どう?味は?」


「う、うまい、、」


スパイスの効いた激熱な味だ。イモで感動したのは祭で食べたフライドポテト以来で、私の表情を見た彼女は得意気に次の野菜を薦めてきた。


「ね?だから美味しいって言ったでしょ?さあ次は、穴~の空いたニンジンさん!だよ」


ニンジンか、、、。
こいつ程ガードの固い食いもんもないだろう。形は大根と変わらんクセにオレンジ色の主張が強く、味が染み込むのを嫌ってやがる。よく、甘い!とか言っている奴がいるがオレんちでそんなニンジンは出たことはない。カッチカチのクレヨンみてーな生臭えニンジンを食わされてきた子供にとってニンジンとは悪の元凶でしかなく、気分よくスーパーで買い物している商品を全て投げつけたくなる衝動に駈られることさえある。


「早く食べなよ!アタシも欲しいんだから」


オマエどんだけ食うの??
マジで自分で払えよ。とりあえず食べてみよう。マズかったら吐き出したのをコイツに食ってもらえばいい。パクっ。


!!!


「甘っ!!辛っ!!柔らかっ!!」


「そう!そうなの!すーっごい味が染み込んでで相性バッチリなの!バーモンドなんて目じゃないでしょ?」


「うん。そうかも、、。ニンジンがバーモンドしてエドモンドしてる、、」


ニンジンとはこんなにも旨いもんだったのか、、。
過去の自分に百列張り手を喰らわせてやりたい気分だ、、。


「よし!それじゃ他のはアタシが食べてあげるから最後の行くよ。コレさえ食べれればアンタも普通の仲間入り。それは、、、『ピーマン』です」


出た。下手すりゃ下ネタ。好きな人には逆から言わせたい。それが、、、『ピーマン』です。


マジで嫌いだわこの食いもん。まずフォルムがキモいんだよ。喧嘩っ早いヤンキーのケツみたいな締まり方しやがって。高校ん時に喰らったローキック思い出すんだよ。売り切れてたんだからしょうがねーだろ。マジで死ねよアイツ。そうゆう奴に限って中身がスッカラカンなんだよ。なぁピーマン。お前もそう思うだろ?


ピーマンという食材はある意味、詐欺商材である。
安いと思って買ってみたところで切ってみるとほとんど空。しかも種が不規則にへばりついており、苦労して取り終わった頃には実は少ししか残っておらず、そしてその実は苦い。


こんなん誰が食うの??
そんなに栄養あるの??ただの色合わせだろ。でも、わかるよ。そうゆう奴も社会には必要なんだろうな、、。うん。パシリってつらいよな。パクっ。



すると、


「オレはパシリじゃねー!!!」


と、スープの中を泳いでいたピーマンは激しく私を罵倒してきた。
それもそのはず。料理人によって二枚下ろしに切られた彼は正に料理の主役であり、素揚げというコーティングを纏って奏でられる二重奏をリードするのは彼であって、スープの辛みが後からついてくる構図となっていた。それを味わった者のリアクションとは単純なものになるのだろう。


「ピーマンピーマンピーマンピーマン」


「ちょっ!?」


「ピーマンピーマンピーマン、、、」


「わかったって!!美味しいのわかったから!!恥ずかしいから止めてよ!!」


「あ、、。ごめん」。




その後、恥ずかしそうに会計を済ませ店を出た。
この件があってから彼女からの連絡は減った。おそらく女子会に使おうと思っていた店が私の奇行によって潰されたのに腹を立てたのであろう。当の私は、これをキッカケに野菜の美味しさに目覚め、今では調味料を付けることなく素材のまま食べるまでに至っている。あ、そういえばあの後アイツから連絡がきた気がする、、。


「そういえば~。この前いい忘れてたんだけどー。彼女探してる人いたらいつでも紹介してくれてOKだからね~。とりあえず今度マック奢ってね!」



全くもって現金な女である。
皆さん。心のインストラクトも忘れずに、、。