アメリカナイズな男

違う文化を取り入れるほど素晴らしいことはないだろう。何かをつきつめた人間もカッコイイのだが、ミーハー気質の私は幅の広い人間に憧れる傾向があり、単純に英語を話すだけの彼を見て、凄いと思ってしまっていた。しかし、我々「無言の美学」を持って生まれた日本人。それまで捨ててどうする?どうするんだ、アメリカナイズな男よ、、、。


「成長」とはキャラクターの追加だと私は思っている。私が恐れているのは、環境が変わることで違う価値観や文化を取り入れたのはいいが、それによってキャラクターの相殺が起こり、本人としては「成長」しているつもりが傍から見れば「停滞」もしくは「衰退」となることである。そういうのも含めて成長と呼ぶのかもしれないが、友達が少なく女にモテない私にとって自分の中にあるキャラが減るという苦行はどうも耐え難く、このような数学的な考えをすることでバランスを保っていることをご理解してほしい。


ある時、知り合いのツテで離島でのアルバイトをする機会があり、私のテンションは非常に高まっていた。

よっしゃぁ!来たぞ、キャラクター大収穫祭や、、。
こういうリゾートバイトを転々としている人たちの方がそこら辺の社会人よりよっぽど面白いんだよな、、、。
だってそうでしょ?この人たちは常に環境を変えて成長してるでしょ。まぁ、オレみたいなネクラ体質な人もいるけどさ、、。

今回の離島での仕事内容は、まぁまぁキツイ肉体労働ということで欧米的なパリピ型というよりは真面目な日本人型といった人の割合が高く、私もそちらの方が肌に合っていたので雰囲気に飲まれることなくスムーズに溶け込むことができた。

今回のストーリーの登場人物を絞ると、


「私」
デキる女である「○○さん」
仕事斡旋係である「大将」
見た目は大人しそうな「アメリカナイズな男」

この4人で十分であろう。


リゾートバイトでは基本的に男子寮と女子寮に別れており、大将が用意してくれた部屋に私とアメリカナイズな男とで住むことになったのだが、この男、人当たりは悪いわけではなく私もこのようなタイプには割と自分から話しかけることができるので会った初日に仲良くなることができた。


「いや、相方がZEN吉さんでホント良かったですよー。大将って自分の自慢話ばっかりで部屋の説明とか全然しないでしょ?いくらバイトだからってアレはダメですよねー。あんなの通用するの日本だけですからねー」

何コイツ?めっちゃ喋べんじゃん。

まぁ、確かに契約書的なやつもなかったし、いくらバイトだからって緩すぎるかもな、、。でも短期のアルバイトなんてそんなもんじゃないの?つーかじゃあ何でアンタ来たの?

「はは。確かに事前にもう少し説明があっても良かったかも知れませんね。ちなみに海外での仕事の経験とかあるんですか?」

「はい。アメリカに3年、オーストラリアに2年、計5年働いてましたね」

「えっ、マジっすか?じゃあ英語もペラペラ?カッコいい!」

英語を話せるグローバルな人間と接する機会がなかった私にとってこの出会いは新鮮であり、実際彼の話は非常に面白く、一時間程度の会話ではあったが親密な関係になって歓迎会に行くことができた。

ここで少し大将の説明をすると、いかにも江戸っ子といった気前のいい人物で、余計な説明をするくらいなら行動してしまえといった人情味溢れる性格を用い、地元の観光協会の会長まで登りつめた人間であった。自慢話が多くみんなから面倒くさがられる節はあるが、情の厚い彼のことを皆は「大将」と呼び、大将は私たち二人のためにわざわざ酒席を用意してくれたのである。


「お~!お疲れさーん!たくさんごちそう作ったから腹いっぱい食べてってくれよー!」

居酒屋に着くと大将の手料理が並べられており、大将の隣にはいかにも手慣れた看板娘といった雰囲気の女性が立っていた。

「紹介するね。アンタらより少し早めに働いてもらっている○○さん。たまにコッチの居酒屋でも働いてもらってるんだ。明日からはアンタたちと○○さん三人で農作業の方お願いね」

この○○さんって人スゲーな、、。
オーラがハンパない、、。絶対何でもできるでしょ。

彼女はリゾートバイト歴が長いらしく、仕事はもちろんのことコミュニケーションにおいても百戦錬磨といった正にリゾバの完成形のような女性であり、彼女のつくり出す雰囲気によって気持ちの良い会話を楽しむことができた。おそらく飲み屋で働いていた経験もあるのだろう。

4人の会話のバランスは、大将とアメリカナイズな男がひたすら自分の話をし続け、私と○○さんが聞く側にまわるといったもので、二人の自慢話がヒートアップ気味になってきたので、

「そういえば明日の仕事内容ってどんなのでしたっけ?」

と、少し熱の冷める質問を投げかけるとアメリカナイズな男が信じられない一言をぶっこんできた。

「あー、それなんですけど、オレ明日レンタカーで島一周する予定なんですよね。明日から仕事するって言われてなかったんで、、、」

はぁ!?何言ってのコイツ?
そんなの言われなくたってわかんじゃん!!
つーかそれしたいんならオマエが前もって大将に連絡入れとくのが筋だろうが!!子どもかよ!
ダメだって今の一言は、、。もう終わりや、、、。

私の思った通り、顔を真っ赤にパンプアップさせた大将は、

「何ぃ!?明日は出てもらわないと困るって!!農家さんの方には三人で行くって言ってあるんだから!!」

と、激怒しかけていたのだが、隣に座っている○○さんの笑顔を見て熱が引いたのか

「まぁ、確かにオレも事前に何も言わなかったけどな、、、。観光なら仕事終わった後にいくらでも行けるからよ。明日は行ってくれよ」

と、いう大人の発言に私たちも乗っかることで、何とか彼を説得し予定通り三人で行くことになった。こんなやり取りがあった後では酒席が盛り上がるわけがないのだが○○さんが絶妙な立ち回りを見せることで何とか穏便な終わり方をすることができた。

コイツやばいかもな、、。
今の宴だって○○さんがいなかったらただの地獄の茶会だからな、、。
マジで何で来たの?普通に観光客として来いよ。


その後、部屋で彼は

「いやぁ、大将にやられましたわ。今回は大人しく仕事行きますけど、事前に連絡もなく仕事行ってくれってアメリカじゃありえないですからね」

と納得がいっていない様子であったが、私も変に敵対はしたくなかったので中立の立場を心がけることにした。

まぁ、アンタの意見も一理あるけどさ、、。
ココ日本だからね?あと何回も言うようだけど何で来たの?



次の日、○○さんと三人で仕事場まで向かっている際中、彼は○○さんに対してヤケに距離をつめた会話をしていた。どうやら昨日の歓迎会で私同様○○さんに好印象を持ったようで、しかもその夜部屋で彼は日本人女性に対して

「日本の女って世界一ガード固いっすかんねー。アメリカの女だったら話しかけないと、ハァ?何で話しかけないの?アタシに興味ないの?って怒られますかんね」

と、意気揚々と語っていた。

へぇ、、。じゃあオレもアメリカ行ったらチャンスあるかもな。
だってアンタ、オレよりブサイクじゃん。久しぶりに自分より低スペックな奴見たわ。
とゆうかそのアメリカ女とはどうなった?自慢しないってことは相手にされなかったんだろ?

肝心の○○さんの反応は誰がどうみてもノーチャンスといった対応で、彼女も昨日の酒席での彼の発言に対し怒りを覚えているようだった。彼が挽回するためには仕事で圧倒的なパフォーマンスを発揮するしかないのだが、彼が得意なのは英語を生かしたIT系の分野であって、農作業のような肉体労働では女性にも負けるくらい仕事ができなかった。ホント何で来たの?

どうやら彼は仕事に来たというよりは、夏休みの無料体験会に参加しに来たという心持ちだったようで、仕事が終わると誰よりも成果を上げていないくせに誰よりも充実感を漂わせた顔をして○○さんに話しかけていた。

「いやぁ、農作業って面白いですねー。○○さんは初めてですか?」

初めてなわけねーだろ。
アンタの3倍は稼いでたから。ほら見ろ。さすがにキレかけてるだろ。彼女怒らせるなんてよっぽどだぞ、、。

だが、そこはリゾバの女王。すぐにメンタルを整え、怒っている素振りなど毛ほども感じさせない笑顔でこの男をあしらっていた。


本当の問題はその日の夜。彼の遊んでいるような仕事の態度に農家から大将へのクレームが入ったのである。大将も気を使ってそのことを優しく彼に伝えたのだが、どうやらコレは彼にとっては重い問題だったようで、私に本心を打ち解けてきた。

「ZEN吉さん。この仕事中に話したらダメって文化どうにかならないですかね?コレが日本とアメリカの決定的な差だと思うんですよね、、、。」

えぇ、、。何か重いって、、、。
まぁ、実際にアッチで仕事してきたアンタがそう感じたんならそうなんだろうけど、、、。
誰も話したらダメなんて言ってないけどさ、、、。とりあえずアンタは話しすぎ。明らかにみんなピリついてたよね。野菜ぶつけられそうになってたじゃん。

「ええと、、、。アッチで働いたことがない僕にはちょっとわからないんですけど、、。使い分けることが大事かと、、、。」

そう答えると、男は少し考えこんだ素振りを見せ、私たちはその夜を終えた。


次の日の朝、男はスッキリとした顔で

「ZEN吉さん。オレ今日で辞めます」

という報告してきた。

えっ?はやっ!!
さすがアメリカナイズ。無駄な時間は使わないってことか、、。

「でも、大将と○○さんにも、あなたに会えてよかった、ってちゃんと報告してから帰ります。ありがとうございました」

いや、それはやめた方がいいんじゃない?
まず謝るのが先だろ。怒っている相手に楽しい感情を伝えても逆効果だから。それならオレが伝えとくから無言で帰った方がいいって。

そんな私の心配をよそに二人の元へと向かった彼に浴びせられた言葉はご存知の通り

「アンタ何で来たの?」

であった。



アメリカナイズな男よ。あなたとの出会いは考えさせられることが多かった。その上で私は「価値観の融合」という道を行こうと思う。いつの日かまた会えるときを楽しみにしている。