三倍速の女歯科医ってたまにいるよね?

施術スピードが三倍というわけではない。何というか彼女の周りだけ時間軸がずれている感じがした。せっかちとも少し違うような気がする。歯医者の内部事情は私にはわからないが、一患者として感じたことを書いていきたい。



まず最近の歯医者というのは建物からして凄い。職場と家との途中で建設中の建物があり、建設関係の仕事をしている私はかなり早い段階でこの建物の規模を見抜いていた。

大きい。広い。だが高層ではない、、、。
きっと何かのアミューズメント、それか老人ホームだ。

家の近くということで当然、興味がわく。工事が進み、流線形の屋根が見えてきた。

やった。当たりだ。
あの形は人を楽しませる場所だ。アミューズメント施設か美術館だろ。立地も最高で高級住宅に囲まれた丘の上だ。さっそくデートプランの妄想を膨らませた。

「ちょっとお姉さん。あそこにあるアミューズメントで一緒にアミューズメントしない?」。

「すみません。あまりに素敵な方だったので、つい声をかけてしまいました。わたくし、ピカソゲルニカのものまねが出来るくらい芸術には精通しておりまして、きっとお楽しみ頂けると思いますよ」。

彼女がいなく、女性に声をかける度胸もない男はこうやって人生のバランスを取っている。


ある日、何気ない会話の中で同僚がこう言った。

「そういえば、ZEN吉んちの近くの建物。あれ歯医者らしいぞ」

「、、、、、。はぁ~??いしゃ~??」

文系脳の私が区切りを間違えるほどの驚きがあった。

せっかくのデートプランが、、、。
まぁ、それはいい。所詮イメージだ。また作ればいい。それよりあの流線形の建物がまさか歯医者??ホントか?どんな制服着てるんだろ?よし。確かめてみよう。

一戸建て風の歯医者しか知らない私にとって純粋な興味があり、オープン後、一年経ってから行くことにした。一年待った理由は歯医者内の空気感が整うのを待ちたかったからで、あれだけ大きい建物なのだからスタッフの数も多く、慣れるまでの時間もかかるだろう。慌ただしい雰囲気のサービスは受けたくない。という考えを周りに言うと「いや、エロい事する店じゃないからな?」とツッコまれたのだが、赤の他人に口の中をイジくられるのだからこれくらいの用心は必要であろう。


予約をした時の少し冷たい対応に不安を感じたが、歯医者に着き、建物の外観を眺めていくうちにその不安は吹き飛んだ。
駐車場から建物までのアプローチは、短く整った芝生の中に洋風の石畳みが敷き詰められており、わざと曲がって歩くように配置することで、下に広がる美しい田園風景を少しでも長く眺められるようになっていた。この景色に感動を覚えないものは自分の性癖を疑ったほうがいい。アプローチを歩いて建物に入る頃には私の表情はキモチ悪い18禁笑顔になっていたのだが、扉を開けるとピシッとその表情は引き締まった。

空気が冷たい。
室温が、ではない。「人間」のだ。
おっと、笑顔の種類を間違えたかな。そう思い表情を変えてから受付に話しかけた。

「こんにちは。今日が初診のZEN吉です」

「こんにちは。保険証をお願いします」

「はい。これです」

「では、お呼びになるまでしばらくそちらでお待ち下さい」。

違和感をおぼえた。
建物の内装も外観同様に素晴らしい。まるで高級ホテルのロビーのようだ。違うのはスタッフの表情だけ、、、。
そう。何か機械的なのだ。皆、口角が1ミリも上がっていなく、マスク越しにも笑顔だとわかる目尻のしわも伸び切っていて無表情である。

おかしい。こんなはずじゃなかった、、。制服も普通だし、、。
でもオレのスケベ心を差し引いてもこの雰囲気はちょっと違うぞ。焦っているというか、何かに怯えているような、、、。

いるな。と思った。
この空気の源になっているモンスターが、、。この美しい風景すら相殺する怪物が、、。 

見てみたい。会ってみたい。オレも心にポケットモンスターを飼っている。

「ZEN吉さーん。中へどうぞー」

さあ、ポケモンバトルと行こうじゃないか。



中へ入った私は設備の新しさに驚いた。
が、割愛しよう。中に入り、明らかに空気の圧が増した。設備がどうとか言っている場合じゃない。確実にいる。しかもヘビィ級。

そこへ担当医がきた。

「えーと、、。ZEN吉さんですねー。今日はどうしましたー?」

「ええと。上の親知らずを抜こうとおもっ、、

「そーですかーとりあえずレントゲンとりましょうかー」。

いきなり引き当てた。
私は運がいい。しかも女。レア中のレア。
レントゲン室でのバトルが始まる。

「下の親知らずって横向きに生えてたら結構大変なんですよねー。まっすぐ生えてたらいいですねー」

さっき上の親知らずって言ったよね?聞いてた?

「あ、それが下は5年前くらいに終わっていて、今回は上なんですよね。ははっ」

「、、、、、、、、、。そーですかー」。

何でキレてんの?
じゃあ何て言えばよかったんだよ。

残りHPは半分になり、フラフラと診察台へと戻る。


「レントゲンは異常ありませんでしたー。どうしますかー?」

「えーと、、、。どれぐら、、

「時間ですかー?お金ですかー?1本ですかー?2本ですかー?それとも同時に抜きますかー?」

ホント何コイツ??
まともに会話できねーの?
コイツに歯抜いてもらうのマジで嫌なんだけど、、、。そもそも2本同時に抜いて大丈夫なのか?

「えっ?2本って同時にぬ、、

「大丈夫ですよー。それじゃあ次回2本抜きましょうかー」

頼むから担当医変えてくれ、、。
でもコイツがボスっぽいしな、、。だって周りのスタッフビビりまくってるもん。
あきらめよう、、、。

すでにHPは0になっているが最後の力を絞り出す。

「わかりました。それじゃあ次回2本抜きます。ちなみにお金ってどれくらいかかりますかね?」

「、、、、、、、、、。とりあえず今日は歯石取って終わりますねー。担当者変わりまーす」。

その間わずか5分。
本物に出会えた。抜歯の日は一週間後。戦おうなんて気持ちはさらさらない。



抜歯の日、私は震えていた。

すでに5年前に岩盤掘削工事こと下の親知らずの抜歯は終えている。あれを経験したものはその後に受ける全ての施術がチュッパチャップスを舐める程度の感覚になる。そんな私が震えているのである。あの時間軸がずれた女のことだ。何をするかわからない。麻酔なしで抜歯を終えた後に「はい、ちょっとチクっとしまーす」と言いながら抜き終えた歯に麻酔を打っていても驚かない。それくらい常人とは流れている時間が違う。

駐車場に着くと、あれほど美しかった田園風景がくすんだ泥田に見えた。
受付を終え順番を待っていると、スタッフたちがゴーストのような笑みを浮かべこちらを見ている。

マジで嫌だ、、、。逃げたい、、。

「ZEN吉さーん。中へどうぞー」

助けて。オーキド博士




「こんにちはー。はーい、それでは麻酔打っていきますねー」

なっ!速い!
さすが三倍速だ!心の準備が追いつかない。


「チクッ」「キューー」「チクッ」「キューー」

ふう。
ちゃんと麻酔は打ってくれたか。とりあえず最悪の事態はまぬがれたな、、。


「ゴリッ」

ちょっと待って!さすがに早くない?まだ1分もたってなくない??
マジでここは慎重にやって!
アンタ、どうせベッドじゃ0.3倍速なんでしょ!それくらいのペースでやって!

「はーい1つ抜けましたー」

!!!

「次、反対抜きまーす」

「はーい終わりましたー口ゆすいでくださーい」。

速い、、。
プロだ、、。さすが3ば、、

「はーい戻しますよーこれ抜いた歯ですーどうしますー?」

持って帰りたい、、。

私は子供の頃から自分の歯を集めるという趣味があったのだが、下の親知らずを抜いた時、歯が粉々になってしまい悲しい思いをした。

「あ゛あ゛」

上手く喋れず、どっちつかずの返事になってしまった。彼女はジッと私の目をみている。

「、、、、、、。次は消毒なんで2日後にきてくださーい」

そう言って彼女はささくさと引き上げていった。



会計を済ました際に渡された丸いケースを振ると、カラカラと子気味の良い音を立てていた。

彼女は患者、いや、他人の考えていることを察知する能力に長けすぎているがために、あのような逆張りの空気が身についたのであろう。

(世の中には色んな人がいるものだな、、。)そう思い、私は次の町へと旅立つのであった、、。

手にはモンスターボールが握られている。