下りカーブはジブリへの入り口

ジブリ好きの人に訪ねたいのだが、あの世界に入り込むためのトリガーとなっている景色はないだろうか?少なくとも私にはそういう瞬間があり、さまざまな場面で引き込まれるのだが、最も多いのが下りカーブを曲がっている時である。




作品は問わない。
独特な表現になるが、現実という洗い物が乾燥機でフワフワ回っているような状態を「ジブリの世界」だと私は思っており、そこには一切の汚れはなく心の透明度も抜群である。この状態になると、自分は回っている洗濯物のはずなのに、それを眺めている鑑賞者のようでもあり、さらにそれを眺めている通行人のようでもある。まるで大地の成り立ちを見届けた妖精にでもなったような心持ちで、この開きは現実でモテていない奴ほど大きいと思われる。

乗り物も問わない。
が、一人がいいだろう。どうせ私たちはいつも独りなのだ。パートナーを作るのは夢の世界に入ってからでもいいだろう。




「ハァハァハァ」


中学生の私はマラソンをしており、私はそれが得意だった。
所詮中坊が走る、1~5㎞くらいの距離など才能でも何でもなく孤独力の問題で、一部のずば抜けた者を除いてマラソンという競技は弱者が強者に一泡吹かせるためのチャンスタイムなのである。


ハァ、ハァ、、。よし!このまま行けば1位でゴールできるぞ!
あのダブルゼータガンダムたちはおしゃべりに夢中でここからの巻き返しはないだろう、、。お前ら。ようやくオレに花を持たせてくれる気になったか。そもそもオマエら何で短距離も長距離も速いの??無敵かよ。マジで水陸両用だろ。

まぁいい。問題はノーマルタイプのガンダム達だ。コイツらに抜かれるのが一番ハラワタが煮えくり返る。


チラッ。


よし!この勝負もらった!!
後ろにいるのはザク、ドム、タンクの奴らだ!お前らもヒーローになりたかったんだろ??甘いな。ちゃんと努力したか?その青ざめた面を見るかぎりはどうせバカみたいに給食を平らげたんだろ?バカが。オレの顔をよく見ろ。シャア専用ザクみたく程よく赤ばんでるだろ。モテたかったら腹五分目に抑える習慣をつけとくんだな。


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ、、」


も、もう少しだ、、。あの坂を超えたら○○ちゃんが待ってくれている、、。あの体育教師。普段はクソのくせに粋な演出してくれるじゃねーかよ。○○ちゃんが腹痛で休みだからゴール付近で応援ってな。最高じゃん。つーか普通に保健室で休ませてあげれば??やっぱりクソだが今の○○ちゃんを救えるのはオレの勇姿だけだ。待っててくれ。


と、その時、段違いの馬力を搭載したエンジン音が聞こえる。


「シャーン、シャーン、シャーン」


き、来やがった、、。ゼェ、ゼェ、ゼェ、、。
ゼェェタァァァー!!てめえいい加減にしやがれ!
素朴な○○ちゃんはなー、てめえみてーな満点男じゃ不釣り合いなんだよ!興奮しすぎて生理悪化したらオマエ責任取れんのか??神に愛されたナチュラル鬼畜なオマエにその配慮があるのか?ねーだろ!!現にオレの心を踏みにじってるだろ!!


お、落ち着け、、。負け犬根性は良くない。
まだ抜かれた訳じゃない、、。しかも坂は登りきった。あとは下るだけだ。下りに体力なんて関係ない。重力に任せて足を回転させるだけだ。い、行けるぞ、、。ヒーローになれる。


場面は整った。
私の眼前に下り坂が広がる。
ここで良いのは曲がっていることである。直線はダメだ。結末が分かるからである。物語は曲線で出来ている。その曲線が円となって物語を紡いで行く。立ち位置は何処だっていい。役者か観客か作り手か。あるいは独占してもいいだろう。


勝った、、。やった、、。
ゼータ、いや、巨神兵を倒した。これでシータを救えるぞ、、。


実際は頂上付近で抜かれたのち、あっという間に視界から消え去るくらいの差をつけらている。だが、それがいいジブリの世界に入るためには現実世界である程度すり減っていることが絶対条件であって、その次に大事なのが視界に人間を映さないことであり、あとは観たことがあるシーンと景色を照らし合わせればいいだけである。私は下りカーブを走っている臨場感がその入り口となっている。


うおっ!!何だこの景色?
懐かしい、、。突き抜けてくるようだ、、。きっとオレの先祖が何処かで見た光景なんだろう。DNAがざわついてやがる、、。


デジャヴとも違う気がする。私の中ではデジャヴというのは一時停止であって、今は再生中である。過去、現在、未来がおよそ4:4:2の比率で上映されている。それが「ジブリの世界」。


キキーッ!


海岸線の下りカーブは海に落ちていくような感覚になる。ブレーキを踏んでいるはずなのにガードレールを突き抜けて行くような、、。そのまま落ちていけばキキが飛んで来てくれるような、、。


いいなぁ、トンボのやつ、、。
結局あの二人はどうなったんだっけ??結ばれたのか?まぁバッドエンドはないだろうな、、。そうだ。オレにも待ってくれている人がいるんだった。○○ちゃんが手を広げて呼んでいる。


タッ!!


今度はサツキのように走り出す。
景色は春の海風から田園へと移り変わっており、真夏の日差しが容赦なく私を襲う。


暑い。早く会いたい。今ならネコバスに乗れる気がする。そして病気の○○ちゃんにトウモロコシを届けてプロポーズしよう。子供は二人。家族四人で小さな村に住もう。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ、、」


夢の世界が終わりかけている。
目が覚める時はいつも身体的な疲労か視覚的なものが原因であって、今回は同時に訪れた。


「お疲れ~!○○くん!すごい追い上げだったね!アタシずっとここから観てたんだよ!最後にアイツ抜き去った時なんてアタシ感動して腹痛治っちゃた。とにかくお疲れさま!パタパタ」


は?何それ??
君そんなメスネコみたいなキャラじゃなかったよね??あなたは素朴を突き通せって。○○くんは無理だって。後で女子から総シカト喰らうぞ。あんたにはオレがいるじゃない。いや、チョット待て。お前さっきオレのこと何て言った??「アイツ」って言わなかったか??言ったよな。そりゃねーだろ。○○くんに惚れるのはいいけどさ、オレを蹴落とすのはナシだよ~!だって本人に聞こえてんだもん。せめて居ない所で言うのがヒロインの務めだろーがよ。


こんなに悪い寝覚めも中々ないだろう。しかもそういう日は悪いリズムが定着しており、何をやっても上手くいかない。


「おう!ありがとよ!おうっ!ZEN吉もお疲れ!お前マラソンこんなに速かったんだな。やる気引き出してくれてありがとなっ」


「ぜ、ZEN吉くん!?い、居たんだ?お、お疲れさま」


どっちもやめてくれ。
これ以上デキスギくんにならないでくれ。せめて敗者に唾を吐くようなクソ野郎であってくれ。○○ちゃんもせめてオレの存在に気付いてくれよ。恋は盲目どころの騒ぎじゃねーだろ。マラソン終わりの息切れに気付かないってオマエ、、。眼球落としたレベルだろ。


「やっぱりスポーツはライバルいた方が面白れーな。あ、そうそう。応援してくれるのはありがたいんだけどよ、頑張って走ったやつをアイツって呼ぶのはどうかと思うぞ。ふうっ!Tシャツ変えてこよっと」


タッ!


しーん、、。


「ふう、、、。ZEN吉くん。アタシがどうゆう想いで今日を迎えていたか分かる?分かるわけないわよね。ニヤニヤしながらキモい顔で走っているあんたにはアタシの気持ちは絶対にわからないわ。ちょうど上位の女子がいなくなるタイミングに合わせて仮病を使ったのよ。それだけアタシの心は純情なの。ただ○○くんを思いっ切り応援したかっただけなのに、、。それなのにオマエの現実離れしたあの面のせいで、、。どうやったらあんな顔ができるの??何を思っているの?ふう、、、。とにかくアタシの恋は終わったわ。それだけは心に刻んどいて。じゃあね」


しーん、、、。




時は経ち、私は大人になっている。
下り坂は未だに直線のまま。緩やかでいいので弧を描いてほしいものである、、、。

缶コーヒーは最後まで飲もう

私は缶コーヒーをワインのように飲むのが好きで、あの考え尽くされた適量190mlを造った生産者に感動しながらいつも味わっている。と、言いつつ味音痴な私が言えることなど何もないのだが、これだけは言えよう。何で最後まで飲まないの??




全ての人のパートナーとなってきた「缶コーヒー」。
全てのストーリーに参加しており、彼らの役割はいつも

優しい奴 →  クソ野郎

といった最後を迎えることが多く、ウダウダ説明してもしょうがないので片っ端から実例を紹介していこうと思う。




リーダー「おーい!缶蹴りしようぜ~」


モブ「イエーイ!!」


リーダー「じゃあ、みんなで丁度いい空き缶探そうぜ~」


モブ「イエーイ!!」


10分後、、、。


モブA「これでいいだろ?」


リーダー「アルミ缶かぁ、、。もう少し固いのがいいな、、」


モブB「それじゃあ、コレだろ!」


リーダー「ってお前これビンだろ!固すぎだろ!ったくお前らはよ~」


モブC「ハァハァ、、。いいのあったよ!!コレはどうかな?」


リーダー「おー!コレコレ!最高じゃん。じゃあオレ鬼やるからオマエはご褒美として5秒前から逃げていいぞ」


やった!
やったぞ、、。これで僕もAやBの奴らみたくリーダーと対等に話せるぞ。いや、蹴落としてやる、、。そのためにさっき自販機でコーヒーを買ったんだ。まさに「渡りに船」。いや、「モブにコカ・コーラ」。ありがとうジョージア。僕変われるよ。


リーダー「行っくぞー!!おりゃあ~~!!」


ガン!!


走れ。走るんだ。
やっと巡ってきたチャンスなんだ、、。


ヒュルルー。


行け。行くん、、


ガン!!


リーダー「あっ!!わりぃ!!大丈夫か!?つーかこれ中身入ってるじゃん。誰だよ飲んだ奴」


モブC「え~ん!!ジョージアのばかぁ~!!ぶっ殺してやるぅ~」



次。




「ったくこの家は朝のコーヒーも出て来ねぇのかよ、、」


「はぁ?何言ってんの?缶コーヒー出てるじゃん。朝から喧嘩ふっかけてこないでよ」


「へっ。これがコーヒーねぇ、、。コーヒーってのはシュゴゴって沸いたのを入れて一日が始まるんじゃねーのかなぁ、、」


「何、妄想にふけてんの?じゃあ自分でやりなよ。つーかアタシだって淹れたてのコーヒー飲みたいわよ。でも、あんたのイビキがフラッシュバックして飲めない体になっちゃったじゃない。文句言いたいのはコッチだっつーの」


「ああっ?んじゃコッチも言わせてもらうけどなー。何だよUCCって!?俺、缶コーヒーならファイヤーがいいっていつも言ってるよな?どうせパック買いの安物しか飲ませる気ねーんだろ?」


「はいはい。アタシはUCCが好きなの。ブラックならUCCなの。味覚も精神もガキなアンタには分からないと思うけど」


ガン!!!


「ふざけんなよ!!オレがファイヤー好きなのはな、、」


「ちょっと何やってるの!?ソファーにシミ付いちゃうじゃない!!」


オギャー!!オギャー!!


「あー。ホント最悪、、。缶太起きちゃったじゃない」


「それだよそれ。俺たちの出会いは公園で缶コーヒー飲んでた時だったよな。それでよ、その時オマエ、俺のこと桐谷健太を薄めた堤真一って言ってくれてよ、、。それで調子乗ったオレがよ、『お~ファイヤ~、ファイヤ~』ってよ」


「ホントやめて。全然似てないから。アタシあの時どうかしてたの。これ以上、桐谷健太を汚さないで」


「その時のオマエはCCガールズみたく輝いて見えてよ、、。あっ!オマエもしかして、、だからUCCが好きなのか?」


バン!!


「ホントいい加減にしてよ!!何その想像力??気持ち悪すぎて帯状疱疹が出るの!!缶太に移ったらどうするの!!」


「おい!!オマエこそいい加減にしろよ。俺たちの二人で決めた大事な子供を物みたいな言い方するなよ」


「そんなクソダサい名前にしたくなかったわよ!!アタシが出産で倒れてる時に缶コーヒー片手に勝手に名前つけやがって!呪ってやるわ!この子はアタシ一人でも育ててくわ」


「おい?それどうゆう意味だよ?」


「そうゆう意味よ。アタシもう限界なの。今、それがハッキリ分かったわ」


「おい、、。冷静になれよ、、」


「ちょっと、、。あなたが落ち着いて、、。手に持っているそれをまず離して」


「オレは別れるくらいなら、こうなってもいいぞ、、」


「やめて、これ以上近づかないで」


オギャー!オギャー!


「うらぁぁぁーーー!!」


「キャァァァーーー!!」


ガン!!!


オギャー、オギャー、、、。



「えー、ただいま速報が入りました。○○市で殺人事件が起こったもようです。犯人の自称桐谷健太が使った凶器と思われる缶コーヒーには妻と乳児の血痕が付着しており、犯人とみられる男は終始『お~ファイヤ~』と繰り返し叫んでいたそうです。現場からお伝え致しました」




最後に自称建設作業員のオレ。



「おい。何そんなチビチビ飲んでんだ?もう一服終わっちまうぞ。トロくせーな」


「ちょ、ちょっと待ってください!すぐ飲みますんで!」


何この気まぐれ休み時間??
10分だったり1時間だったりよ。完全にオマエの気分だろーがよ。コーヒー飲むの急かされるほどイラつくことねーんだよ。職人だからって何でも早ければいいって訳じゃねーかんな?


ンゴクゴク、、。


「あー!チョット待て!!タバコ消してーから少し残しとけって言ってるだろ!気きかねーな」


はぁ?
チョット待って、、。もう一回言わせて。


はぁ??
知らねーよそんなルール!!何そのクソみたいなルール??タバコ吸わねーコッチからしたら便所のタンカス案件なんだよ。つーか何でオマエそんなワガママなの?範馬勇次郎にでも憧れてんの?だったら一息でタバコ吸い尽くしてみろよ。


「あ、すいません。○○さんが奢ってくれたこのコーヒーおいしかったんで、ついつい飲んじゃいました」


「ふん」


あ、やっぱりこいつ勇次郎に憧れてる。本部以蔵みたいな面してるクセに、、。


「そうだろ?オマエの好みは分かってるからな」


ゲロ不味だよ。
甘すぎんだよ。微糖でギリ飲めんのに普通の買って来やがって、、。「糖」って面の皮剥げば「毒」だかんな。それを強面で渡されてるコッチの身にもなれよ。何が「好み分かってる」だよ?分かってねー奴が使うランキング一位のセリフだろ。


「おら!さっさと始めるぞ。まずはこの材料、全部上げとけよ」


「えっ?コレ全部っすか?」


「あたりめーだろーが。そのためにコーヒー奢ったんだろーが」


どんな交換条件だよ?
ガキの使いじゃねーんだぞ。マジで笑えねーよ。工事現場にたまにいる上下運動一人でやらせる奴ってマジで何なの??クソ効率悪いんだけど、、。少しならまだしも総量300㎏超えてくると殺意しか沸かねーよ。


30分後、、。


「ハァ、ハァ、ハァ、、」


「おーい!もう息上がったかー?オレが若いときなんてな、、」


うっせー死ね。マジ殺すぞ。てめえ何してんだよ?話してんじゃねーよ。その打ち合わせ今しないとダメなのか??その「打ち合わせしてる俺めっちゃ仕事できます」感が最高に腹立つし、そうゆう奴に限って最高に仕事できねーんだよ。


「ハァ、ハァ、ハァ」


「はーい。お疲れ~。35分47秒!まぁまぁかな。どうすっか監督?コイツ見込みありますかね?」


あ~~ん?
まじでゴキブリダッシュ喰らわせるぞコラ。内臓溶かしてやろうか?つーかお前オレの何なんだよ。オレが言いたいわ。「どうすか監督?見込み0のコイツに踏み込んだ一言お願いします!」って。


「ダメだよ相方は大事にしないと~。そんなことしてるとね、、」


よし!いいぞ!もっと言え!
トドメ刺してやれ。言え!「だからウンコなんだよ」って。


「へへっ。誤解しないで下さいよ監督。今だけっすよ、、。」


「ん?そうだった?それじゃ良かったね」


はぁ~~??
何だこの世界一くだらねぇ茶番は?クソみてーなゴマすりからのクソみてーな節穴。今まで千回以上見てきたけど、くだらなすぎてヘソでコーヒーが沸くんだよ!深みゼロの水下痢みてーなヤツがな!


「あ、そうそう。コレお客さんから差し入れね」


ふう、、。やっぱりお客さんは神様だな、、。常に我々の味方はあなたたちだけですよ。


「はい。MAXコーヒー」


甘ぁ~~!!!
どんなチョイス??疲れた時に甘いもの欲しくなるっつっても限度あんだろうが、、。成分500%砂糖の毒の固まりだろ、、。


「おー!ありがとうございますぅ~。コイツ甘いもん好きなんでオレの分も渡しときますね。ほら!せっかくだから今飲んじまえ」


いま~~??
今はマジで死ぬって!干からびた状態でのMAXコーヒーってMAX鈴木でも飲めねーよ。ってか何なのこの「差し入れすぐ食わないヤツ悪」文化。さっさと無くせよマジで。その「アタシの事好き?」みたいな顔で見られんのが最高にめんどくせーんだよ。


「ほら、一気!一気!」
「一気!一気!」


てめーら覚えとけよ、、。
末代まで呪ってやるからな。


ンゴクゴク、、。


「はい!1本目~!次いってみよう!」
「一気!一気!」


ンゴクゴク、、。


うっ!!


ギュルルル、、、。


ほらね。やっぱそうなるよね、、。
でも安心しろ。ここは工事現場だ。必ずトイレがある。急げ!!


ダッ!!


「はいダメ~。どこ行くの~?まだ残ってるじゃない~」


「ちょっ!!マジでどいて下さい!!オレのMAXがもうMAXなんです!!」


「ダメダメ~。お客さんに失礼じゃない」


「漏らした方が失礼だろうが!!マジでどけよゴミ!!サル!ゴリラ!!」


ガン!!!


「テメーー!!先輩に向かって何だその口の聞き方はー!?」


「わかった!!わかったから!!!」


あっ!!!


MAX、、、。




汚ない話ですいませんでした。
缶コーヒーには敬意を払いましょう。

山よ、オレの恋路を邪魔するな

根が甘えん坊の私は年上の女性に恋に落ちることが多いのだが、私もいい年である。当然、相手の年齢も高くなるのだが、彼女たちには絶対に太刀打ちできないパートナーがおり、いつも煮え湯を飲まされる。おい山。いいからお前は座ってろ。




何も私は山が嫌いなわけではない。
何て素敵な奴なんだ!ゆえの嫉妬だと思ってもらって構わなく、素敵な奴というかズルい奴だろう。シンプルに「山」と魅せといて、小山・大山・雪山・恐山などジャンルを絞ればキリがなく、迂闊に「僕、山が好きなんですよね~」と言おうものなら全ての女性から泉ピン子の如きバッシングを食らうだろう。


いや、そもそもね、このネーミングに問題があるんだよ。何だよ「山」って。こんなアホな字ねーだろ。平仮名にしちまえよ。のクセに中身は福山+ブラピ+大谷+、、、と来たもんだ。もうギャップ萌えどころの騒ぎじゃねーんだよ。金魚がフンに食われてんだよ。
何だよ「~山」って。その最後に付く山っている??富士山じゃなくて富士でよくない??いい加減一人立ちさせてやれよ。イケメンの優しさも時には罪になるんだよ。


こういうどんな服装も似合うモデルは、雑誌で眺めている程度がちょうど良いと思うのだが彼女たちの見解は違うらしい。


「山登りって結構色んな所行くんですか?」


禁断の質問だと分かりつつも、コレ以外の切り口を知らない私の初デートはいつもこの手のスタートになる。


いや、オレだってさ、こんな元カレを探るような質問したくないよ。でもさ、趣味の欄に書いてるんだもん。でっかく。「ハイキング・山登り・トレイルラン」って、、。何がどう違うの??ディーンフジオカと藤岡弘くらい違うの?分かりやすく教えて下さいお姉さま。


「アタシはあんまり色んな所行くわけじゃなくてー、そうだなぁ、、一つの山を大事にするってゆうかー、春はお散歩、夏は登山、秋はトレラン、冬はスノボみたいな感じで(恋)」


つまり??
アナタのその恋に落ちてる相手はディーンなの??弘なの??オレにもチャンスはあるの??


「あっ!ごめんね。ついつい夢中になっちゃったね。それでZEN吉さんも景色を眺めるのが好きなんでしょ?例えばどんな景色?」


ふぅ、、。これはセンスが問われるな。
景色は好きだ。これは本当だ。だが目的は魂をどこかに飛ばすためであって生き物が視界に映らなければ何だっていい。山だって海だって工場だって、、。しかし、コレをそのまま伝えるのはナンセンスだろう。自分の色を出しつつ本音を言おう。


「もちろん山が好きですよ。でも最近は、、うーん、何だろう、、季節が感じられるカラフルっていうよりかは、、」


「うんうん!よりかは??」


よし。いいぞ、、。
やっとオレの方を向いてくれたか。


「枯れた同系色に惹かれるんですよね。灰色とゆうか焦げ茶色ってゆうか、、。何かあーいう景色も落ち着くなぁって」


「わかる!!わかるよ~!!アタシも若い頃はカラフルな色合いが好きだったんだけど、今は枯れた岩肌も好きなの。すごい落ち着くの。ZEN吉くんって趣が深いんだね(恋)」


グッバイふじおか。ここからはオレの時間だ。
でも、ごめんなさい。僕は若い頃もカラフルな山に興味がないんです。なぜなら見に行く相手がいなかったから(泣)


現在進行形で悲しい奴である私に同調してくれたのか、彼女は聞くモードになっており、こういうパターンになるとモテない奴は必ず調子に乗りそして失敗する。


「ははっ。趣が深いなんてそんな。僕、灰色が好きなんですよね。石とかコンクリートとか」


「アタシも好き。ステンレスの食器とかカーテンとか」


来たぞ来たぞ。
これ最後に「アナタ」で終わるしりとりだろ。


「爪とか銀歯とか」


「えー!変わってるねー。アタシは服装もグレーのパンツスタイルが多いかも、、。それくらいかなー」


へー。いつもグレーのパンティ履いてるんだ。コットン素材かな。奥の銀歯もキレイだな。触ってみたいな。


「ちょっと何言ってるんですか!食事中だよ!」


げっ!!
声に出てた、、。
つーか紛らわしいこと言うなよ。ズボンって言えよ。


「そこまで行ったら趣が深いって言わないよ。倫理観の問題だよ」


「はい、、。すいません、、」



こうなってしまうとモテない奴の顔面はみるみる土色になっていき、モグラとなって逃げたしたくなる。当然そんな奴との会話はつまらない。


どうすんだよこの空気、、。
だって、好きなこと言うタイムを仕掛けてきたのソッチでしょ?つーか「山」オマエ責任取れよ。お前がハッキリしないから彼女もオレも落とし所がわからなくなるんだよ。


「あ、あの、、」


「何ですか?」


うわ、まだ怒ってるよ、、。めんどくせー女だな。
山よ、オレを助けろ。


「さっきはすいませんでした。僕少しドライな一面もあってこうゆうこと言っちゃう時もあるんです。だから、もう少しエネルギッシュなことしたいなって、、。良かったら○○さんと山登りしたいです。連れてって下さい」


「うーん、そうゆうことなら、、」


そうゆうことなら??
一人で行け?アタシと山Pの邪魔しないで?


「いいよ!一緒に行こう!案内してあげる」


エス!!
ナイス山P!そろそろ彼女を解放してやれ。



彼女の機嫌はすっかり元通りになり、すんなり二回目のデートに持ち込むことが出来た。しかもプランは全て彼女任せで、こんなに楽しみな次回予告もないだろう。
プラン決定のメールが届いたのは二ヶ月後。それだけで彼女の本気度が伝わって来るだろう。


「久しぶりです。連絡遅れてごめんなさい。ZEN吉くんと行く登山道の下見してたんだ。何個か候補があるから教えるよ」


う、嬉しい、、。
めっちゃ調べてくれてますやん。正直もうフラれたと思ったよ。コレは嬉しい、、。
のか??ちょっと本気度が強くないか?オレ的にはその下見に同行するくらいが丁度いいのだが、、。まあ、いい。デートコースを聞こう。


「ありがとうございます!楽しみですね!何処ですか?」


「ZEN吉くん、絶壁の岩肌が好きって言ってたよね?だから必然的にコースも上級者向けになるんだよ。それじゃ言うよ。○○山~コース(親不知)、○○山~コース(白骨林)、○○山~コース(森林限界)。どうかな??」


いや、死ぬだろ。
名前からしてやべーだろ。調べる気すらなくすわ、、。とゆうか絶壁登りたいなんて一言も言ってないから、、。完全に世界入ってるだろ。


「え、、と。すごい楽しそうなんですけど、、。もう少し軽いのはありますか?ついて行けなくなっても迷惑かけるので、、」


「えー!やっぱりキツかったかぁ、、。あとの岩壁はねー、、。○○岳と○○岳くらいかなー」


おいタケシふざけんな。
お前は出しゃばんな。それ死人出てる山だろ。だから岩壁から頭離しなさいって。あんたイカれてるよ。そもそも浮気しまくってるじゃん。一つの山を大事にするとか言ってなかったっけ??


「すいません。○○岳はちょっと、、。もっとハイキング的なのじゃダメですか??○○さんとの会話も楽しみながら登りたいので、、」


「う~ん。そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、、。ふう、、。アタシ今回の登山で知ったことがあるの」


「へぇ、、。まだ知ることあるんですね?何ですか?」


「アタシって山が好きなんだなぁって、、。つまりね、、」


つまり??
もう分かったけどやさしく言ってね。


「アナタじゃ全っ然!!物足りないのっ!!」


うん。倫理観。
あなたのソレは何色だ??





山に罪はない。
山は山であるべきである。
でもね、、。
もう少し低くてもいいんじゃない??

サウナでぴちゃぴちゃ音を立てる奴って何なの?

「ふう~。ぴちゃぴちゃぴちゃ、、」。ふう~じゃないだろう。本当に何なんだろう?温泉ほど無防備になる場所もなく、だからこそルールは大切にするべきであり、大きく注意書きをしてほしいのものである。「ぴちゃぴちゃ音を立てないでください!!」と、、。



「黙浴」。
最近よく目にする言葉であり、久しぶりに「いい言葉だなぁ」と入る前からフレッシュな気持ちになることができる。温泉に来る動機はさまざまあるだろうが、本来の目的は心身の不純物を落とすことであって、それ以外の動作・音は全て不純物であり、黙浴とは「いいから黙って入浴してなさい」というメッセージなのだろう。そんな母親の厳しい教えを受けた子供たちも父親と二人きりになると解放された気分になるようで脱衣所の段階でコサックダンスを踊っていた。


ちっ。何だこのガキは?オレのエリアに入ってくんじゃねーよ。
父親は何やってんだよ?何でオマエまで踊ってんだよ。しかもチョット上手いのがムカつくんだよ。

私は子供は嫌いではないのだが、それはあくまで家や公園で遊んでいる時であって、こういう場合は親子共々プロレス技を喰らわせたくなる。

「んっ、んんっ。ごめんね~。ちょっと避けてくれるかな~」

いいか?最終警告だぞ。
これでこれ以上続けようものならジャイアントスイングで女風呂一直線だぞ。正当防衛で女風呂を覗いてやる、、。

私の怒気を感じ取ったのか父親が注意をし始めた。

「おい!○○!!そんな狭い場所で踊るのはやめろ!ママに言いつけるぞ!」

広さの問題じゃねーんだよ!!お前ら以外にも人がいるんだよ!家じゃねーんだよ。

「はーい。ねぇパパ。コレなんて書いてるの?」

よし。いいのに気付いたな。
その言葉はな、お前らの教典になるべき言葉なんだよ。

「ん?何だろうな?ちんよく?ぜんよく?まぁ気にするな。海水浴みたいなもんだろ」

ばか!全然ちげーよ。調べろよ!今すぐ!Google先生に教えてもらえよ!

「キャホー!!ドボーン!!」

私の願いは通じず、南の島に来たかのようにこの父子は湯ぶねの中を泳ぎまわっていた。




まぁ、たまにはこういう光景も良いだろう。私も子供の頃は所狭しと駆け回り、すっころんで頭を打ち付けながら大人になっていったものである。この父親も責めることはできない。限られた親子の時間は多少の迷惑をかけてでも味わうべきである。私が物申したいのは、温泉を日常的なものにしてしまったボス的な奴らであって、奴らは掛湯の段階からボスのBGMを流し込んでくる。


「バシャバシャ、バッシャッーン!!」

はい出た。海坊主1号。
マジで何なのコイツらの掛湯??汚物まき散らしてるだけだろ。扉開けた時の絶望感がハンパねーんだけど、、。

「ふう~。コンコン。バッシャッーン!!」

わかったって。リズムに乗んなよ。さっさとどけよ。

「パシャパシャ。タッタッタ、ザブン」

つーかオマエ体洗った??


おそらく洗っていない。コイツらはシャワーというものを嫌っており嫌っているというよりその威力を信じておらず、手桶のバッシャッーンが何より最強で、それが全ての汚れを落としてくれると信じ込んでいる。しかも何故かタオルすら持っていないことが多く、「オレは清廉なのだから拭く必要などないだろう」という自信の表れなのだろう。こういう奴は現場を仕切りたがるクセがある。

「お~い!坊ちゃん!!体に泡付いたままだよ!」

「はい。ごめんなさい」

「お父さんもちゃんと注意しないと!あと話し声もうるさいよ」

「はい。気をつけます」

いや、お前の声の方がうるさいから。
お前のバッシャッーンの方が汚いから。
ダメだ、このフロアは。さっさと逃げよう。

本質を解かっていないリーダーがいる現場ほど息苦しい場所もないだろう。私は運が悪かったとあきらめ、今回はサウナだけで済ますことにした。運よくそこには誰もおらず、リラックスした空間を過ごしていたのだが、そこにヒョコっと海坊主が顔を出す。

き、来やがった、、。
ゆでだこが、、。何で来んだよ、、。もう十分だろうがよ。

ジジイはすでに赤くなっており、入り口付近でさっさと出ていくだろうと思っていた私の思惑とは逆に足音が近づいてくる。

ザッザッザ。

おいおい。コレ以上近づいてくんなよ、、。パーソナルスペースってもんがあるだろうがよ。

「よっこらせ」

えぇー!!
隣ィィーー!!
ホント何コイツ??マジで気持ち悪いわ、、。

が、そこは「黙浴」。リアクションを出すことはルール違反であって、体の不純物も出し切れていなかった私はじっと耐えることにした。

「ふう~~。ぶふう~~」

黙ってろジジイ。ぶっ殺すぞ。
温泉を私物化しているテメーが誰よりもルールを守っていない。絶対、係員に報告してやる。
てめーの魂胆はわかっている。オレの今座っている場所がオマエの指定席だったんだろ?
くくく。だったらどかしてみろよ。その前に「タコから」ができあがるだろうよ。


「ハァ~ン、ハァ~ン」

っち。さすがにコレはきついな、、。
この距離で聞くジジイの喘ぎ声は、、。置き換えろ。目を閉じよう。新しい熟女物だコレは。

「ぴちゃ、、」

ぴちゃ??
何だ?空耳か??想像力がバグったか??

「ぴちゃぴちゃぴちゃ」

キモいキモいキモい!!
どっから音出してんの!?男にそんな機能あったっけ!?

さすがにコレには怖いもの見たさに薄っすらと目を開ける。すると

おえっ!!
コイツ自分の腹でギターフリークスやってやがる!!
しかも緩みきった千段腹だから、どこ触っても音が鳴りやがる。何て張りのないキモい音なんだ、、。おえっ。ダメだ。まじで死ぬ、、。

これだけの不協和音を聞いたのは人生で初めてである。だが、ジジイも命懸けだろう。これだけの音を出すには相当の水分を使うはずだ。あと一分もすれば唐揚げが焼きあがるだろう。


「ピッピッ!ぴちゃちゃ、ふぅーふぅー」

やめろぉぉー!!
リズム変えてんじゃねー!!そんなAVは見たことねぇー!!

「ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ」

うおぉぉぉーー!!
死ぬぅぅーー!!

「ぴちゃっ!!バタンっ!」

バタン??
もしかして、、。

そこには力尽きたジジイが横たわっていた。

やった、、。勝った、、。
早く係員を呼んでこよう、、。

 

ボコッ!あっ!

 

限界だった私は拡散したジジイの体液を踏んでしまい、転ぶと同時にジジイにエルボーを喰らわせてしまった。

「あっ!すいませんっ!!違うんです。今のはわざとじゃないんです!!とゆうか全部オマエが悪いんです!!すぐ助けを呼んでくるからお願い、、。死なないで!!」

するとジジイがむくっと起き上がる。

げっ!!
コイツ不死身か、、。

「あんちゃん、、。黙浴だよ、、。バタンっ」

ヒィっ、、。

私は錯乱したまま係員のもとへと走り出す。

「係員さん!!係員さん!!」

「落ち着いてください!!どうしましたか!?」

「サウナで!!サウナで!!」

「サウナで??」




「ぴちゃぴちゃ音を立てないで下さい!!」

真冬のヒッチハイクは聖人の誕生日

私はヒッチハイクなどする度胸はなく、かと言って乗せる度胸もない。が、氷点下でのあの行動は凡人をイエス様に押し上げる効果があるらしい、、。下心は一切ない。なぜならソイツは豚小屋で生まれたようなオッサンだったからである。



ヒッチハイクを行う奴を尊敬する。ただし一人、それも荒野でだ。
どうゆう心境なのだろうか?
文明を切り捨てることに酔っている登山家のような澄んだ瞳をしているわけでなく、不自由を楽しんでいるパーティーピーポーなわけでもない彼らが受ける評価とは「何だこの不審者は??」といったところであろう。その評価は至極まっとうなもので、彼らは自らが望んだわけでない何らかのトラブルに見舞われ、その悲壮感が全身に纏わりついたトラブルメーカーとなって人々を遠ざける。それはそうだろう。スマホは普及していなかったがケータイはある時代なのだ。そんな自己管理ができない奴など馬のクソでも食っていればいい。と、当時、冷凍黎明期に差しかかっていた私の心も、あの男の姿によって動かされることになる。




「ん?何だアイツ!?何やってんだ!?」

その男は峠道を歩いていた。
普段なら「へぇ、、。こんな真冬に物好きもいるものだなぁ」と感心するのだが、彼の掲げているダンボールが私に恐怖を植え付ける。書かれている文字は「→」のみ。いや、書かれているというよりは貼られている??染み込んでいる??とにかく、得体の知れないアート文字を掲げるくたびれたオッサンなど恐怖の対象でしかなく当たり前のようにスルーした。

スルーせざるを得なかった。
彼の立っている場所は対向車側であり、こんなアイスバーンで急にUターンしようものなら後続車から追突されるだろう。時間も悪い。日が落ちかけている。こんな寒い日は愛する人と鍋でも囲みたくなるだろう。おまけに顔も悪い。まるで敗戦国の兵士である。だが、これだけインパクトのある映像もないだろう。私の頭はこの男のことでいっぱいになっていった。

マジで何なんだアイツ?
あの表情。必死すぎるだろ。そっちに何があるんだ?今日じゃないとダメなのか?ホントに歩いていくつもりなのか?マジで死ぬぞ。ケータイはどうした??落としたのか?近くに交番くらいあっただろうがよ、、。ダメだ。我慢ならない、、。戻ろう。

今考えると恐ろしいことなのだが、何か新しいものが生まれる気がして引き返すことにした。正義感というより好奇心の方が強く、これだけのリスクを冒したのだからすでに新しいものが生まれているのかもしれない。なんせ相手は刃物を持っている可能性もあるのだから本来の小心者からすれば信じられない行動力だろう。


キキィーー。バンッ

私の車が男の前に止まると、ギョロっとした眼が私を睨みつけ、私は正気に戻る。

や、ヤバい、、。
コイツたぶん人を殺ってる、、。
なんて馬鹿なことをしたんだオレは、、。酔っちまった。勝手にストーリーを作っちまった。モテないあまりに都合の良いストーリーを、、。
いや待て!!こんな所で死んでたまるか!!
武器を探せ、、。たしかこの前使った、、。
あった!!ドライバーだ。コレで頭のネジを正してやる。話くらいは通じるだろう。

 

「えーと、、。もしよかったらアッチの方まで乗せて行きましょうか?」

そう話しかけると、緊張の糸が切れたのか腰をくだいた彼は

「え、、。ホントですか、、。助かります助かります」

と、よろめいていた。おそらく限界だったのだろう。
まだ私は警戒を解かない。演技ではないと思うが、人間が怖いのは力が戻った時だ。目一杯前に出した助手席に彼を座らせて、少しでも不審な動きがあれば脳天にドライバーを突き刺してやるつもりである。

「あの、、。何で乗せてくれたんですか?ちょっと前にすれ違った人ですよね?わざわざ戻って来てくれたんですか?」

そう。
この男とは先程ばっちりと目が合っている。必死すぎるほど必死な目だった。その目で見つめられたらストーリーが始まるのは必然だろうよ。なんでオッサンなんだよちくしょう。

「いや、、。えーと、、。ホントに大変そうだったので、、。こんな寒い中、冗談でこんなことはしないだろうなって、、」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

なんでオッサンなんだよバカヤロー。

「止まってくれる人は他にもいたんですが、、。面白がって写真だけ撮られました」

「え、、、。ホントですか??日本の民度も落ちたものですね、、。取りあえずコンビニでも寄りましょう。温かいものでも飲みましょうよ」

「あ、でも私お金ないんです、、」

「はい。落としたか、無くしたんですよね。おごりますよ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

なんでオッサンなんだよバカヤロー。



温かいおにぎりとお茶を数秒で平らげた彼は、みるみる元気を取り戻し口数が多くなっていった。このままだと運転中に負ける可能性が出てきたのでコンビニの駐車場で事のてん末を聞き出すことにした。これまでの彼の印象は一定の知識人であるということと、本当に困っているということで彼の放つ臭気は5日間はまともな生活が出来てないことを推測させた。

「さて、どうしてこんな日にヒッチハイクなんてしているんですか?」

「え、、と。私日本人じゃないんです」

おっと、、。いきなりスゲーの来たな、、。

「えっ?生まれが日本じゃないってことですか?」

「生まれは日本なんですが、20年前に東南アジアの方に帰化したんです。ちょうど身寄りが一人もいなくなって、あちらは物価が安いので、、」

ふーん。そうなんだ、、。
なんで身寄りが居なくなったんだろう?もしかして殺、、。
いや、やめておこう。コイツは明らかに人と違う人生を送っている。見てみろこのダンボール。ある意味芸術だろ。

「あ、これですか?ははっ。恥ずかしいですね、、。なんせ必死だったので、、。地名なんて覚えていないですし。とにかく目立つようにってゴミの中から色んなものくっつけて作ったんですよ」

いや、すげーよアンタ。すごい生への執念だよ。そりゃ写真撮られるよ。だってカラスの羽くっつけてるんだもん。ホントすごい感性だよ。でもさー、、。車の中にまで持ってこないでくんない?

「あ、そうそう。ヒッチハイクしている理由でしたね。察しの通り、財布を盗まれて一円もお金が無いんです。私一回も雪見たことが無かったので今度日本に来たときは絶対北の方に行くって決めてたんです。20年ぶりの日本で舞い上がってたんでしょうね、、。少し目を離した隙にやられました、、」

「もちろん交番には行ったんですが、なんせパスポートも無くしてしまったもので、、。日本というのは一度帰化した者にはとても冷たいものなんですよ。当然なんですが日本人を名乗ることもできませんし、証明書がなければお金を貸してくれることもしてくれません。仕方がないので紛失した場所で張っていたんですが体力が尽きてしまいました。東京の大使館まで行けば何とかなるんですが、、」。

ふーん。なるほどね、、。
妙に説得力があるな。多少の誤差はあるだろうが嘘は言ってないだろう。例え嘘だとしてもそれが許されるだけの行動力がコイツにはある。良かったな犯人。見つかっていたらマジで一家皆殺しになっていただろうよ。

「それでは東京の大使館へはどうやって??まさかまた歩いていくつもりですか?」

「はい。もたもたしていても何にもならないので」。

マジかコイツ、、。いや、このお方、、。ぶっ飛んでいらっしゃる。

「いやいや。ホント大丈夫ですか?冬ですよ。食べ物は?」

「大丈夫ですよ。私、今感動しているんです。日本も捨てたもんじゃないなって。あなたを見ていると昔の良い日本を思い出すんですよ。多分、あなたのような方はまだいるはずですよ」。

なんでオッサンなんだよバカヤロォォー!!


この人は何かを超越してやがる。ダメだ。他の奴にこの感動を味わわせたくない。神はオレ一人でいい。

「あの!!一万円。いや、五千円でいいので受け取ってください!それで少し暖かいところまでは行けると思うので、、」

そう言うと彼は少し戸惑ったのち

「ありがとうございます。代わりに何か私にもお礼をさせてください」

と言うと、私はすぐさま

「それ下さい。あと僕のコレもあげます」

と言って、男たちのプレゼント交換が始まり、別れを告げた。


その後、彼がどうなったかはわからない。

わからないが、あの日の駅は混んでいた。そう。たしかあの日は、、、


メリークリスマス!!


二人の手にはドライバーとカラスの羽が握られている。

横文字ナルシストは胎内帰還してほしい

何故カタカナを使うのだろう?文章上ならばいいだろう。文を飾り付け、美しくする効果があるので、むしろ使うべきである。だが6文字以上のものを声に出すのは如何なものだろうか?その口元、いや、その顔。はっきり言おう。胎内からやり直せ。



白状すると私も使うのだが言い訳も聞いてほしい。
私は、文字数と同音語の多さを意識した上でこの「横文字」を使っているのであって、

「これはカタカナの方がスムーズだろうか?」
「文字数はどうだ?」
「まずい。同じ音・同じ意味の言葉が多いな、、」

などの脳内会議で議決した答えに自信があるために「横文字したり顔」が出てしまうだけであり、覚えたての用語を披露してやろうなんて気持ちは更々ない。とゆうかあえて披露しないようにしている。なぜなら死んでいった言葉たちに失礼だからである。



「キャー!!○○ちゃんの髪めっちゃサラサラ~!!」

小学高学年にもなると女共は裏表のある高レベルな会話をするようになる。そして箸休めのために男子を巻き込んでくることもたまにある。

「でしょでしょ。お風呂にあったお母さんのコンディショナー借りたんだ」

「えー!いーないーなー!アタシも今度それ使おう!ところでZEN吉ってさー。もちろんコンディショナーって使ったことないでしょ?」

「は?なにそれ?コン??今度のドラクエのラスボス??」

「、、、、、、、、」

「キャーハッハー!!バカじゃないのー!!リンスのことだよ~!!何でそんなことも分かんないの~!!CMだけはかじりついて見てるくせに~」

「そうそう!絶対テレビ傾けてでも見てるよ~!!」

「う、うるせーな、、。見てねーよ」

見事なまでに図星だったためにその時は何も思わなかったのだが、数年後になってイラつきが押し寄せてきた。それは温泉で「リンスインシャンプー」を見かけた時であった。

あ、まだリンスって言葉あったんだ、、。
何でリンスじゃダメなんだ??リンスの方が呼びやすいだろ。じゃあ「コンディショナーインシャンプー」って表記しろよ。なめやがって。
そもそもあの時、女Bは絶対コンディショナーって言葉を知らなかった、、。女Aにマウントを取られるのを恐れてオレをだしに使いやがった、、。なめやがって。
リンスに謝れ。オレに謝れ。くそっ!くそっ!コンディショナー、、コンディ、、。

うおぉぉぉーー!!

「ブシュッ!」「ブシュッ!」「ブシュッ!」


全部使い果たしてやった。
ドロッとした発射音だけはコン「ディ」ショナーとマッチしている部分だろう。




まだまだある。一度マウンティングの味をしめた人間というのは大人になってもその癖は抜けないのだろう。その中毒性たるや課税対象にしてもよいくらいで、それだけで我が国の財源不足・人材流出は解消されるだろう。

 


いつだったか、尖がった靴が鼻につく営業マンがモデルハウス見学会でこんなことを言ってやがりました。

「えーと、こちらのエコキュートはですねー、コストパフォーマンスが非常にハイでしてー、イニシャルコストが○○万円となっておりまして、ランニングコストサブスクリプションで○○万円。もちろんパフォーマンス・コスト共に他の商品より圧倒的にモアになっております」

うん。圧倒的にわかりづらい。
仮にタダでくれるって言ってもいらないね。オマエの怨念が乗り移ってんだよ。もう英語表記の商品にしか見えねーよ。第三者の立場から見ても殺意湧くわ。ほら見ろ。お客さん引いてるだろ。

 

お客さんのキョトン顔を見て火が付いたのか、ナルシストの勢いはさらに増して行きました。


「もう少し詳しく説明いたしますと、、。コストの内訳がですね、、、。こちらのパイピングを含んだイニシャルが、、。トータルランニングコストが、、、」

てめぇー!!
普通に設置費が○○万円。維持費が年間○○万円ですって説明しろよ!!
なに勝ち誇った顔してんだよ!!申し訳そうな顔しろよ!!間違ってんだよ何もかも。商品は素晴らしいんだよ。エコキュートに謝れよ。

 

と、罵倒する私とは裏腹にお客さんは温和でした。おそらくお金もあるのでしょう。


「なるほどー。とりあえずこのエコキュートが素晴らしい商品っていうのは伝わりました。用はこの冊子に書いてある通りの商品ってことですね??是非検討させてください」

マジかよ、、。
スゲーいいお客さんだろ、、。神だよ、神。つーかオマエ営業として終わってんだろ。冊子通りでいいんですねって言われたらオマエの価値ねーだろ。チンカスだろ。

すると、

 

「ありがとうございます!あ、でもお客様。もう少し用語の勉強はしておいた方がよろしいかと思いますよ。セルフメンテナンスでランニングをケアできるパターンはマストでございますので、、」

という意味不明な切り返しによってピクニック感覚で来ていた大事なお客さんは、スコールに打たれながら去って行きましとさ。めでたくない。めでたくない。



ふう、、。お前は精子からやり直せ。

モテない奴が外人にモテるってホント?

そんなわけはない。実証済みである。だが、「モテるかもしれない、、」となるのは事実であり、実証済みである。今回の私の失恋相手は格上人種のアメリカ人であって、現在も色濃く心に残っている。キャシー。君との想い出が忘れられない、、。


今回のストーリーは完全に自己治療のために書いている。
「想い出」を「思い出」にするためのものであって、「想い出」とは現在のことであり、用は未練があることを表す。そんなウジウジした男にはなりたくないと、モテないなりのプライドを持っていたのだが今回それが崩れた。一方、思い出とは「いい思い出だったなぁ、、」と完全に過去の出来事であって、こう思えないことには現在にも未来にも進むことはできない。フラれ慣れている私はフラれた直後に「思い出」となるはずなのだが、今回は少し様子が違っていて執筆という作業に頼らなければ「想い出」にサヨナラできず、それだけキャシーの存在が大きかったということなのだろう、、。


キャシーとの出会いは私が実家に帰省して、たまたま家業の手伝いをしている時、彼女もたまたまアルバイトに来ていたらしい。

おっ!外人じゃん、、。
いつのまに外人まで雇うようになったんだ?しかもアジア系じゃなくて欧米系じゃん。やっぱりカッコいいなあっちの人は、、。
よし。話しかけよう。

相手が外国人ということで変なフィルターが取れ、スムーズに話しかけることができ、それを察知した彼女は自分から話しかけてくれた。

「キャシーです。おはようございます」

日本語うまっ!!
もしかしてハーフか?いや、変に特別扱いするのは止めよう。無意識に傷つけることになるかもしれない、、。

「おはようございます。ここの息子のZEN吉です。手伝いに来てくれてありがとうございます」

「はい。よろしくお願いします」

と言った彼女の表情は、赤毛のアンのような少女と大人びたクールさが混じりあった絶妙の笑顔であり、なかなかこの手の笑顔はお目にかかることはできないだろう。この時は知らなかったのだが外国人に言ってはならない失礼な質問というのが幾つかあるらしく、そのうちの一つが「どうして日本に来たんですか?」である。これは「何でアンタここにいるの?」と受け取られるらしい。
なるほど。転勤や出張先でこの手のニュアンスで質問をされたことがあるが、確かにプラス要素はゼロだろう。これを仏頂面で言われると「はぁ?いるからいるんだよ!オマエこそなんでいるの?内弁慶がよ!」と蹴りを入れたくなる。
何にせよ、運よくこの質問を回避した自動ニヤケ面タイプの私と彼女とのファーストコンタクトは最高であり、「キモい笑顔」と言われている私の表情もあっちの人から見れば「屈託のない笑顔」となるらしい。

その日の仕事はキャシーと二人でする作業が多く、何せ私は小さい頃から嫌々手伝わされてきたのだから初心者をリカバリーする能力くらいはあり、自然と会話も弾んでいった。

うわぁぁぁ。
初めてこの家に生まれて良かったと思ったわ。しかも会話のリズムも最高なんだよな、、。だって全部相手の先制攻撃なんだもん。

「結婚しているんですか?」
「いいえしてません。キャシーさんは?」
「じゃあ彼女はいるんですか?」
「いいえいません。キャシーさんは?」

こんな楽しい会話ないだろ。
だって全部返しが「アタシも」なんだもん。
今わかった。結局会話なんてもんはなー、、、
「オレも」と「アタシも」が正義なんだよ!!!


仕事が終わる頃になると彼女が大の温泉好きということも分かっており、我々日本人は自覚が無いが、これだけの火山国というのは世界では稀らしい。私も温泉は好きだ。心のマグマに火を灯そう。

「いや~。やっぱり働いたあとは温泉行きたくなるよね~」

「、、、、、、、、、、」。

しまった!!

調子に乗りすぎた!!

なんだその猿みたいなナンパは?普通に考えて引かれるだろ、、。「はぁ?何でオマエごときにスッピン見せなきゃなんねーんだよ。ちなみに今アタシの裸想像しただろ?早漏野郎が」ってなるだろ。

ゴゴゴゴ、、、。

地下でマグマが鳴り響く。

「うん!じゃあ今から一緒に行こうよ!」

来たぁぁぁ!!
昇竜拳昇竜拳!ヨガフレーム!ヨガフレーム!ヨガファイヤー!!
まじ??こんなピュアな温泉、母親の羊水以来だわ。


その後、仲良くドライブしながら温泉に行き、もちろん混浴ではないのだが、そんな生々しいものよりよっぽどハッピーなものを見ることができた。それは「湯上り美人」。これは極一部の女性にしか当てはまらない空想上の生き物だと思っていたのだがキャシーはこれに当てはまり彼女は普段から化粧をしていなく、温泉によって温められた彼女の顔はピンク色のナチュラルメイクとなって全ての男を魅了していた。そしてオヤジ共の視線をかきわけながら女神がこちらに近づいてくる。

「すごい気持ちよかったね。帰ろうか」

ドキッとしたピンク色の効果音が私の心臓を押しつぶし、それ以降の口数はいつものように少なくなっていった。辺りはすっかり暗くなっており、桃色の想いが真っ黒な夜空に飲み込まれ群青色となって私にあることを思わせる。(こんな日が続けばいい)と。


「キャシーさん。連絡先教えて下さい」

別れ際、私は真顔でこう言った。ちなみに私は「キモい笑顔」と言われているが真顔はもっとキモいと言われる残念な生き物シリーズの一人である。

「Yeah!アタシも聞きたかった!ありがとう」

彼女はノータイムでこう言ってくれた。その笑顔は初めて会話した時のものより子供っぽくなっており童話の主人公のようである。


「これで次も会えるね。またねZEN」

「う、うん。またねキャシー」。

全て初日の出来事である。
こんな上手くいく一日は人生十周しても訪れないだろう。




ピピピピ。

「お疲れ様です。ZEN吉です。えーと、あのですねー。最近両親の具合が悪くてですねー。何とかこちらのエリアに仕事を振ってほしいんですが、、。はい。そうです。ありがとうございます」。

よし。完璧。
なんせ輪廻転生こんなことはないんだ。両親の一人や二人殺しても罪にならないだろう。


ピピピピ。

「ハーイZEN!今から会えない?ゴハン行きたい」。

よし。来た。
グングン来てます。
何で?アメリカ的にこれが普通なの??オレがしてることってただ大げさに笑っているだけだぞ。まぁ、楽しいから笑ってるんだけどさ、、。それだけでこんな好意持ってくれるもんなの??そんな単純なもん??

表情とはつまるところ皺であり、皺とは山脈であり、その成り立ちはその人の歴史を表す。呪文のような英語ではこの0.何ミリ単位の皺を見極めながら会話をしており、意思疎通の第一手段は表情にあると言っていいだろう。「目は口程に物を言う」ということわざは、あちらの人にはピンとこない言葉なのかもしれない、、。
私が彼女に惚れた理由は下心、異文化交流もさることながら彼女が作り出す表情という造形美に魅せられたのであって、彼女が私のことをどう思っていたかは分からないが、彼女なりに私の表情から感じとる何かがあったのだろう。一時的な気分ではなく、いや気分だったのかもしれないが彼女は自分の洞察力を信じそれに引っかかった私に近づいてきた。と、そう思いたい。


当たり前だが、彼女は天真爛漫な部分だけではなく不安も抱えている一人の女性である。何回か会ううちにその不安な部分を私にも見せてくれるようになったのは、嬉しい反面どうしていいかよくわからなかった。

「ZEN。アタシはね。チャレンジすることが好きなの。だから日本に来たし、何かすごいやりたい事があるわけじゃないけどチャレンジする気持ちを失いたくないんです。でも、自信がないの。不安なんです」

なんて答えるのがいいんだろう、、。
これだけ日本語ができてグローバルな人間の需要がなくなることなんてないんじゃないかな、、。とゆうかキャシーって真面目なこと言うときって絶対敬語になるよな、、。日本語教育は敬語から入るっていうからこれが初心なんだろうな。よし。安心させよう。

「そんなに心配しないで。キャシーみたい日本語上手で明るい人なんてそうそういないんじゃないかな?上手くいくよ」

「どうしてですか?ZENはキャシーじゃないからそれはわからないと思います」

うっ、、。まぁ、そうだけど、、。
敬語ってこえーな、、。ある意味一番破壊力ある言葉だろ。

「そうだね、、。わかったようなこと言ってごめんね」

「No、、。コッチこそごめんなさい」。

男女問わずこういう空気は苦手である。
なぜなら私にこれを打開する力がないからで、それを察した彼女から放たれたセリフが空気を変える。

「ハ、、、、、グ」

ん??何??
何だって??

「ハァグして」

び、びっくりドンキー、、、。
ちょ、ちょっと待って。まだメニュー見てないって、、。
いつもフライドポテトばっかり食べてごめんなさい。

両手を広げてきた彼女に導かれ私は彼女を抱きしめる。

「ありがとうZEN。落ち着く、、」

レギュラーバーグ、チーズハンバーグ、和風ハンバーグ、ポテサラハンバーグ、、、。

私の頭には無数のハンバーグが流れ込んでいた。




楽しいことには終わりが来る。
が、そうならないでほしい。できるなら長く、緩やかな終わりと始まりを繰り返す関係(用はパートナーである)を望んでいた私の情熱も物理的な距離によって冷やされることとなる。
彼女の新天地での仕事が決まり、それとほぼ同時に私も元のエリアに戻ることとなり、いつものように会える距離でないことは確定していた。彼女も私のことを大切に思ってくれていたようで真剣に話をしてくれた。

「ZENとZENの家族を見ていると何だか安心するの。アタシも田舎で育った人間だからこうゆう気持ちになるんだと思う。キャシーはもう30だよ。次のパートナーとは真剣に付き合いたいんです。結婚も子どもの事も考えたいの」

薄々感じていたがキャシーと上手くいっている一番の理由はコレだろう。
ただ会ったタイミングと場所が良かっただけで、私の笑顔というよりは私の家族の笑顔による影響が大きく、彼女の家庭と同じ情景が流れたのだろう。確かに、彼女の家族との写真を見せてもらったことがあるが、私たちの目に写るカントリーロードは同じである。

「ZEN。アタシはね、たくさんの商品の中から選んで買い物をする人間なの。○○市に行ったらきっと他の出会いもあると思います。アメリカではこうゆう恋愛の仕方は普通なことなの。でも、アタシはZENを傷つけたくないんです。ZENはどう思ってる?」。

む、無理だ、、、。
その恋愛の仕方はいい。別に日本人もやっている方法で、違いがあるとすれば公言するかしないかの差だろう。
だが傷つかないのは無理だ。だってコレってもう付き合ってるって言ってよくない??コレで付き合ってないんだったらもう「尽きあってる」だろ、、。
とゆうかオレの本音はどうなんだ??
このキャシーの本音に応える度量はあるのか?ただの憧れじゃないのか?もしアメリカで暮らすことになったらどうする?
わからない。わからないけど本音を言おう。脆弱者にだってプライドはある。

「キャシー、、。僕はね、、、」




数か月後、キャシーからメッセージが届く。

「ZEN。久しぶりです。ZENとは引っ越ししてからも何回か会ってるけど、もちろんアタシもデートをしています。最近良い人と出会いました。ZENのことすごく気になったけどその人と進むことになりそうです。ZENはキャシーにとって大切な人だからちゃんと伝えたかった」。

当然、ショックを受ける。
モテない私にとってはよくあることなのだが、今回のショックは成分がいつもと違い、「後悔」の占める割合が大きい。その原因となったあの時の会話を思い出す。

「キャシー。僕はね、、、。キャシーのことが好きだよ。でもその好きが自分でもよくわかっていないんだよ。尊敬なのか抱きしめたいなのか、ずーっと一緒に居たいなのか、、。それがまだわからない。ただ、キャシーと一緒にいるとすごい楽しいよ。選ばれなかったらショックは絶対に受けるけどそれは仕方がないことだよ」

「Hmm、、。そうね、、。ありがとう」。

何が「まだ」だよ。
そんなこと言っている奴、一生わかんねーままだよ。
お前とキャシーじゃ流れている時間が違げーんだよ。
本音言うって言って「わかんねー」って単語入れてる時点でズルいんだよ。脆弱者にもなりきれてねーよ。
仕方ないって言ったんなら今さら後悔してんじゃねーよ。何で泣いてんだよ。キモいんだよ。

「そんなん結果論でしょ」という私がよく使う凍りきった言葉は、本来このパターンにこそ当てはまるはずなのだが、なぜか通用しない。キャシーとの出会いによって温められた血流は静脈の逆流を許さず、熱を帯びて永久保存されていた涙をも溶かし始めていた。その瞳でメッセージの続きを読む。

「ZENとの思い出はずっと大切にします。人生何があるか分からないけどキャシーはZENのことずっと応援しています。ありがとう」。

いや、こんなん反則でしょ。
オレだって忘れられないわ、、。でもそんなにすぐに「応援」とはならないわ、、。
だってまだ「今」の出来事なんだもん。
「思い出」とか「応援」って完全に勝者のセリフじゃん、、。




いや、違う。
私だって「思い出」や「応援」はよく使う。これは覚悟の問題だ。
彼女は「わかんないけど、~だ」という言い方をよくしていた。対して私は「~だけど、わかんない」という結論を濁す言い方をすることが多く、それを優しさと捉えることもできるが後悔の最大の原因にもなっているだろう。ブログや酒の肴にするならこの言い方を続ければいいだろう。だが本気の愛情に対しては彼女のようなストレートな表現をすることで「後悔」は生まれず、そこには勝者も敗者もなく、残るのは過去だけである。

さて、そろそろ私もキャシーに返信をしなくては、

「キャシー。素敵な思い出をありがとう。君の幸せを応援しています」


 

zen8.hatenablog.jp