下りカーブはジブリへの入り口

ジブリ好きの人に訪ねたいのだが、あの世界に入り込むためのトリガーとなっている景色はないだろうか?少なくとも私にはそういう瞬間があり、さまざまな場面で引き込まれるのだが、最も多いのが下りカーブを曲がっている時である。




作品は問わない。
独特な表現になるが、現実という洗い物が乾燥機でフワフワ回っているような状態を「ジブリの世界」だと私は思っており、そこには一切の汚れはなく心の透明度も抜群である。この状態になると、自分は回っている洗濯物のはずなのに、それを眺めている鑑賞者のようでもあり、さらにそれを眺めている通行人のようでもある。まるで大地の成り立ちを見届けた妖精にでもなったような心持ちで、この開きは現実でモテていない奴ほど大きいと思われる。

乗り物も問わない。
が、一人がいいだろう。どうせ私たちはいつも独りなのだ。パートナーを作るのは夢の世界に入ってからでもいいだろう。




「ハァハァハァ」


中学生の私はマラソンをしており、私はそれが得意だった。
所詮中坊が走る、1~5㎞くらいの距離など才能でも何でもなく孤独力の問題で、一部のずば抜けた者を除いてマラソンという競技は弱者が強者に一泡吹かせるためのチャンスタイムなのである。


ハァ、ハァ、、。よし!このまま行けば1位でゴールできるぞ!
あのダブルゼータガンダムたちはおしゃべりに夢中でここからの巻き返しはないだろう、、。お前ら。ようやくオレに花を持たせてくれる気になったか。そもそもオマエら何で短距離も長距離も速いの??無敵かよ。マジで水陸両用だろ。

まぁいい。問題はノーマルタイプのガンダム達だ。コイツらに抜かれるのが一番ハラワタが煮えくり返る。


チラッ。


よし!この勝負もらった!!
後ろにいるのはザク、ドム、タンクの奴らだ!お前らもヒーローになりたかったんだろ??甘いな。ちゃんと努力したか?その青ざめた面を見るかぎりはどうせバカみたいに給食を平らげたんだろ?バカが。オレの顔をよく見ろ。シャア専用ザクみたく程よく赤ばんでるだろ。モテたかったら腹五分目に抑える習慣をつけとくんだな。


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ、、」


も、もう少しだ、、。あの坂を超えたら○○ちゃんが待ってくれている、、。あの体育教師。普段はクソのくせに粋な演出してくれるじゃねーかよ。○○ちゃんが腹痛で休みだからゴール付近で応援ってな。最高じゃん。つーか普通に保健室で休ませてあげれば??やっぱりクソだが今の○○ちゃんを救えるのはオレの勇姿だけだ。待っててくれ。


と、その時、段違いの馬力を搭載したエンジン音が聞こえる。


「シャーン、シャーン、シャーン」


き、来やがった、、。ゼェ、ゼェ、ゼェ、、。
ゼェェタァァァー!!てめえいい加減にしやがれ!
素朴な○○ちゃんはなー、てめえみてーな満点男じゃ不釣り合いなんだよ!興奮しすぎて生理悪化したらオマエ責任取れんのか??神に愛されたナチュラル鬼畜なオマエにその配慮があるのか?ねーだろ!!現にオレの心を踏みにじってるだろ!!


お、落ち着け、、。負け犬根性は良くない。
まだ抜かれた訳じゃない、、。しかも坂は登りきった。あとは下るだけだ。下りに体力なんて関係ない。重力に任せて足を回転させるだけだ。い、行けるぞ、、。ヒーローになれる。


場面は整った。
私の眼前に下り坂が広がる。
ここで良いのは曲がっていることである。直線はダメだ。結末が分かるからである。物語は曲線で出来ている。その曲線が円となって物語を紡いで行く。立ち位置は何処だっていい。役者か観客か作り手か。あるいは独占してもいいだろう。


勝った、、。やった、、。
ゼータ、いや、巨神兵を倒した。これでシータを救えるぞ、、。


実際は頂上付近で抜かれたのち、あっという間に視界から消え去るくらいの差をつけらている。だが、それがいいジブリの世界に入るためには現実世界である程度すり減っていることが絶対条件であって、その次に大事なのが視界に人間を映さないことであり、あとは観たことがあるシーンと景色を照らし合わせればいいだけである。私は下りカーブを走っている臨場感がその入り口となっている。


うおっ!!何だこの景色?
懐かしい、、。突き抜けてくるようだ、、。きっとオレの先祖が何処かで見た光景なんだろう。DNAがざわついてやがる、、。


デジャヴとも違う気がする。私の中ではデジャヴというのは一時停止であって、今は再生中である。過去、現在、未来がおよそ4:4:2の比率で上映されている。それが「ジブリの世界」。


キキーッ!


海岸線の下りカーブは海に落ちていくような感覚になる。ブレーキを踏んでいるはずなのにガードレールを突き抜けて行くような、、。そのまま落ちていけばキキが飛んで来てくれるような、、。


いいなぁ、トンボのやつ、、。
結局あの二人はどうなったんだっけ??結ばれたのか?まぁバッドエンドはないだろうな、、。そうだ。オレにも待ってくれている人がいるんだった。○○ちゃんが手を広げて呼んでいる。


タッ!!


今度はサツキのように走り出す。
景色は春の海風から田園へと移り変わっており、真夏の日差しが容赦なく私を襲う。


暑い。早く会いたい。今ならネコバスに乗れる気がする。そして病気の○○ちゃんにトウモロコシを届けてプロポーズしよう。子供は二人。家族四人で小さな村に住もう。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ、、」


夢の世界が終わりかけている。
目が覚める時はいつも身体的な疲労か視覚的なものが原因であって、今回は同時に訪れた。


「お疲れ~!○○くん!すごい追い上げだったね!アタシずっとここから観てたんだよ!最後にアイツ抜き去った時なんてアタシ感動して腹痛治っちゃた。とにかくお疲れさま!パタパタ」


は?何それ??
君そんなメスネコみたいなキャラじゃなかったよね??あなたは素朴を突き通せって。○○くんは無理だって。後で女子から総シカト喰らうぞ。あんたにはオレがいるじゃない。いや、チョット待て。お前さっきオレのこと何て言った??「アイツ」って言わなかったか??言ったよな。そりゃねーだろ。○○くんに惚れるのはいいけどさ、オレを蹴落とすのはナシだよ~!だって本人に聞こえてんだもん。せめて居ない所で言うのがヒロインの務めだろーがよ。


こんなに悪い寝覚めも中々ないだろう。しかもそういう日は悪いリズムが定着しており、何をやっても上手くいかない。


「おう!ありがとよ!おうっ!ZEN吉もお疲れ!お前マラソンこんなに速かったんだな。やる気引き出してくれてありがとなっ」


「ぜ、ZEN吉くん!?い、居たんだ?お、お疲れさま」


どっちもやめてくれ。
これ以上デキスギくんにならないでくれ。せめて敗者に唾を吐くようなクソ野郎であってくれ。○○ちゃんもせめてオレの存在に気付いてくれよ。恋は盲目どころの騒ぎじゃねーだろ。マラソン終わりの息切れに気付かないってオマエ、、。眼球落としたレベルだろ。


「やっぱりスポーツはライバルいた方が面白れーな。あ、そうそう。応援してくれるのはありがたいんだけどよ、頑張って走ったやつをアイツって呼ぶのはどうかと思うぞ。ふうっ!Tシャツ変えてこよっと」


タッ!


しーん、、。


「ふう、、、。ZEN吉くん。アタシがどうゆう想いで今日を迎えていたか分かる?分かるわけないわよね。ニヤニヤしながらキモい顔で走っているあんたにはアタシの気持ちは絶対にわからないわ。ちょうど上位の女子がいなくなるタイミングに合わせて仮病を使ったのよ。それだけアタシの心は純情なの。ただ○○くんを思いっ切り応援したかっただけなのに、、。それなのにオマエの現実離れしたあの面のせいで、、。どうやったらあんな顔ができるの??何を思っているの?ふう、、、。とにかくアタシの恋は終わったわ。それだけは心に刻んどいて。じゃあね」


しーん、、、。




時は経ち、私は大人になっている。
下り坂は未だに直線のまま。緩やかでいいので弧を描いてほしいものである、、、。