モテない奴が外人にモテるってホント?

そんなわけはない。実証済みである。だが、「モテるかもしれない、、」となるのは事実であり、実証済みである。今回の私の失恋相手は格上人種のアメリカ人であって、現在も色濃く心に残っている。キャシー。君との想い出が忘れられない、、。


今回のストーリーは完全に自己治療のために書いている。
「想い出」を「思い出」にするためのものであって、「想い出」とは現在のことであり、用は未練があることを表す。そんなウジウジした男にはなりたくないと、モテないなりのプライドを持っていたのだが今回それが崩れた。一方、思い出とは「いい思い出だったなぁ、、」と完全に過去の出来事であって、こう思えないことには現在にも未来にも進むことはできない。フラれ慣れている私はフラれた直後に「思い出」となるはずなのだが、今回は少し様子が違っていて執筆という作業に頼らなければ「想い出」にサヨナラできず、それだけキャシーの存在が大きかったということなのだろう、、。


キャシーとの出会いは私が実家に帰省して、たまたま家業の手伝いをしている時、彼女もたまたまアルバイトに来ていたらしい。

おっ!外人じゃん、、。
いつのまに外人まで雇うようになったんだ?しかもアジア系じゃなくて欧米系じゃん。やっぱりカッコいいなあっちの人は、、。
よし。話しかけよう。

相手が外国人ということで変なフィルターが取れ、スムーズに話しかけることができ、それを察知した彼女は自分から話しかけてくれた。

「キャシーです。おはようございます」

日本語うまっ!!
もしかしてハーフか?いや、変に特別扱いするのは止めよう。無意識に傷つけることになるかもしれない、、。

「おはようございます。ここの息子のZEN吉です。手伝いに来てくれてありがとうございます」

「はい。よろしくお願いします」

と言った彼女の表情は、赤毛のアンのような少女と大人びたクールさが混じりあった絶妙の笑顔であり、なかなかこの手の笑顔はお目にかかることはできないだろう。この時は知らなかったのだが外国人に言ってはならない失礼な質問というのが幾つかあるらしく、そのうちの一つが「どうして日本に来たんですか?」である。これは「何でアンタここにいるの?」と受け取られるらしい。
なるほど。転勤や出張先でこの手のニュアンスで質問をされたことがあるが、確かにプラス要素はゼロだろう。これを仏頂面で言われると「はぁ?いるからいるんだよ!オマエこそなんでいるの?内弁慶がよ!」と蹴りを入れたくなる。
何にせよ、運よくこの質問を回避した自動ニヤケ面タイプの私と彼女とのファーストコンタクトは最高であり、「キモい笑顔」と言われている私の表情もあっちの人から見れば「屈託のない笑顔」となるらしい。

その日の仕事はキャシーと二人でする作業が多く、何せ私は小さい頃から嫌々手伝わされてきたのだから初心者をリカバリーする能力くらいはあり、自然と会話も弾んでいった。

うわぁぁぁ。
初めてこの家に生まれて良かったと思ったわ。しかも会話のリズムも最高なんだよな、、。だって全部相手の先制攻撃なんだもん。

「結婚しているんですか?」
「いいえしてません。キャシーさんは?」
「じゃあ彼女はいるんですか?」
「いいえいません。キャシーさんは?」

こんな楽しい会話ないだろ。
だって全部返しが「アタシも」なんだもん。
今わかった。結局会話なんてもんはなー、、、
「オレも」と「アタシも」が正義なんだよ!!!


仕事が終わる頃になると彼女が大の温泉好きということも分かっており、我々日本人は自覚が無いが、これだけの火山国というのは世界では稀らしい。私も温泉は好きだ。心のマグマに火を灯そう。

「いや~。やっぱり働いたあとは温泉行きたくなるよね~」

「、、、、、、、、、、」。

しまった!!

調子に乗りすぎた!!

なんだその猿みたいなナンパは?普通に考えて引かれるだろ、、。「はぁ?何でオマエごときにスッピン見せなきゃなんねーんだよ。ちなみに今アタシの裸想像しただろ?早漏野郎が」ってなるだろ。

ゴゴゴゴ、、、。

地下でマグマが鳴り響く。

「うん!じゃあ今から一緒に行こうよ!」

来たぁぁぁ!!
昇竜拳昇竜拳!ヨガフレーム!ヨガフレーム!ヨガファイヤー!!
まじ??こんなピュアな温泉、母親の羊水以来だわ。


その後、仲良くドライブしながら温泉に行き、もちろん混浴ではないのだが、そんな生々しいものよりよっぽどハッピーなものを見ることができた。それは「湯上り美人」。これは極一部の女性にしか当てはまらない空想上の生き物だと思っていたのだがキャシーはこれに当てはまり彼女は普段から化粧をしていなく、温泉によって温められた彼女の顔はピンク色のナチュラルメイクとなって全ての男を魅了していた。そしてオヤジ共の視線をかきわけながら女神がこちらに近づいてくる。

「すごい気持ちよかったね。帰ろうか」

ドキッとしたピンク色の効果音が私の心臓を押しつぶし、それ以降の口数はいつものように少なくなっていった。辺りはすっかり暗くなっており、桃色の想いが真っ黒な夜空に飲み込まれ群青色となって私にあることを思わせる。(こんな日が続けばいい)と。


「キャシーさん。連絡先教えて下さい」

別れ際、私は真顔でこう言った。ちなみに私は「キモい笑顔」と言われているが真顔はもっとキモいと言われる残念な生き物シリーズの一人である。

「Yeah!アタシも聞きたかった!ありがとう」

彼女はノータイムでこう言ってくれた。その笑顔は初めて会話した時のものより子供っぽくなっており童話の主人公のようである。


「これで次も会えるね。またねZEN」

「う、うん。またねキャシー」。

全て初日の出来事である。
こんな上手くいく一日は人生十周しても訪れないだろう。




ピピピピ。

「お疲れ様です。ZEN吉です。えーと、あのですねー。最近両親の具合が悪くてですねー。何とかこちらのエリアに仕事を振ってほしいんですが、、。はい。そうです。ありがとうございます」。

よし。完璧。
なんせ輪廻転生こんなことはないんだ。両親の一人や二人殺しても罪にならないだろう。


ピピピピ。

「ハーイZEN!今から会えない?ゴハン行きたい」。

よし。来た。
グングン来てます。
何で?アメリカ的にこれが普通なの??オレがしてることってただ大げさに笑っているだけだぞ。まぁ、楽しいから笑ってるんだけどさ、、。それだけでこんな好意持ってくれるもんなの??そんな単純なもん??

表情とはつまるところ皺であり、皺とは山脈であり、その成り立ちはその人の歴史を表す。呪文のような英語ではこの0.何ミリ単位の皺を見極めながら会話をしており、意思疎通の第一手段は表情にあると言っていいだろう。「目は口程に物を言う」ということわざは、あちらの人にはピンとこない言葉なのかもしれない、、。
私が彼女に惚れた理由は下心、異文化交流もさることながら彼女が作り出す表情という造形美に魅せられたのであって、彼女が私のことをどう思っていたかは分からないが、彼女なりに私の表情から感じとる何かがあったのだろう。一時的な気分ではなく、いや気分だったのかもしれないが彼女は自分の洞察力を信じそれに引っかかった私に近づいてきた。と、そう思いたい。


当たり前だが、彼女は天真爛漫な部分だけではなく不安も抱えている一人の女性である。何回か会ううちにその不安な部分を私にも見せてくれるようになったのは、嬉しい反面どうしていいかよくわからなかった。

「ZEN。アタシはね。チャレンジすることが好きなの。だから日本に来たし、何かすごいやりたい事があるわけじゃないけどチャレンジする気持ちを失いたくないんです。でも、自信がないの。不安なんです」

なんて答えるのがいいんだろう、、。
これだけ日本語ができてグローバルな人間の需要がなくなることなんてないんじゃないかな、、。とゆうかキャシーって真面目なこと言うときって絶対敬語になるよな、、。日本語教育は敬語から入るっていうからこれが初心なんだろうな。よし。安心させよう。

「そんなに心配しないで。キャシーみたい日本語上手で明るい人なんてそうそういないんじゃないかな?上手くいくよ」

「どうしてですか?ZENはキャシーじゃないからそれはわからないと思います」

うっ、、。まぁ、そうだけど、、。
敬語ってこえーな、、。ある意味一番破壊力ある言葉だろ。

「そうだね、、。わかったようなこと言ってごめんね」

「No、、。コッチこそごめんなさい」。

男女問わずこういう空気は苦手である。
なぜなら私にこれを打開する力がないからで、それを察した彼女から放たれたセリフが空気を変える。

「ハ、、、、、グ」

ん??何??
何だって??

「ハァグして」

び、びっくりドンキー、、、。
ちょ、ちょっと待って。まだメニュー見てないって、、。
いつもフライドポテトばっかり食べてごめんなさい。

両手を広げてきた彼女に導かれ私は彼女を抱きしめる。

「ありがとうZEN。落ち着く、、」

レギュラーバーグ、チーズハンバーグ、和風ハンバーグ、ポテサラハンバーグ、、、。

私の頭には無数のハンバーグが流れ込んでいた。




楽しいことには終わりが来る。
が、そうならないでほしい。できるなら長く、緩やかな終わりと始まりを繰り返す関係(用はパートナーである)を望んでいた私の情熱も物理的な距離によって冷やされることとなる。
彼女の新天地での仕事が決まり、それとほぼ同時に私も元のエリアに戻ることとなり、いつものように会える距離でないことは確定していた。彼女も私のことを大切に思ってくれていたようで真剣に話をしてくれた。

「ZENとZENの家族を見ていると何だか安心するの。アタシも田舎で育った人間だからこうゆう気持ちになるんだと思う。キャシーはもう30だよ。次のパートナーとは真剣に付き合いたいんです。結婚も子どもの事も考えたいの」

薄々感じていたがキャシーと上手くいっている一番の理由はコレだろう。
ただ会ったタイミングと場所が良かっただけで、私の笑顔というよりは私の家族の笑顔による影響が大きく、彼女の家庭と同じ情景が流れたのだろう。確かに、彼女の家族との写真を見せてもらったことがあるが、私たちの目に写るカントリーロードは同じである。

「ZEN。アタシはね、たくさんの商品の中から選んで買い物をする人間なの。○○市に行ったらきっと他の出会いもあると思います。アメリカではこうゆう恋愛の仕方は普通なことなの。でも、アタシはZENを傷つけたくないんです。ZENはどう思ってる?」。

む、無理だ、、、。
その恋愛の仕方はいい。別に日本人もやっている方法で、違いがあるとすれば公言するかしないかの差だろう。
だが傷つかないのは無理だ。だってコレってもう付き合ってるって言ってよくない??コレで付き合ってないんだったらもう「尽きあってる」だろ、、。
とゆうかオレの本音はどうなんだ??
このキャシーの本音に応える度量はあるのか?ただの憧れじゃないのか?もしアメリカで暮らすことになったらどうする?
わからない。わからないけど本音を言おう。脆弱者にだってプライドはある。

「キャシー、、。僕はね、、、」




数か月後、キャシーからメッセージが届く。

「ZEN。久しぶりです。ZENとは引っ越ししてからも何回か会ってるけど、もちろんアタシもデートをしています。最近良い人と出会いました。ZENのことすごく気になったけどその人と進むことになりそうです。ZENはキャシーにとって大切な人だからちゃんと伝えたかった」。

当然、ショックを受ける。
モテない私にとってはよくあることなのだが、今回のショックは成分がいつもと違い、「後悔」の占める割合が大きい。その原因となったあの時の会話を思い出す。

「キャシー。僕はね、、、。キャシーのことが好きだよ。でもその好きが自分でもよくわかっていないんだよ。尊敬なのか抱きしめたいなのか、ずーっと一緒に居たいなのか、、。それがまだわからない。ただ、キャシーと一緒にいるとすごい楽しいよ。選ばれなかったらショックは絶対に受けるけどそれは仕方がないことだよ」

「Hmm、、。そうね、、。ありがとう」。

何が「まだ」だよ。
そんなこと言っている奴、一生わかんねーままだよ。
お前とキャシーじゃ流れている時間が違げーんだよ。
本音言うって言って「わかんねー」って単語入れてる時点でズルいんだよ。脆弱者にもなりきれてねーよ。
仕方ないって言ったんなら今さら後悔してんじゃねーよ。何で泣いてんだよ。キモいんだよ。

「そんなん結果論でしょ」という私がよく使う凍りきった言葉は、本来このパターンにこそ当てはまるはずなのだが、なぜか通用しない。キャシーとの出会いによって温められた血流は静脈の逆流を許さず、熱を帯びて永久保存されていた涙をも溶かし始めていた。その瞳でメッセージの続きを読む。

「ZENとの思い出はずっと大切にします。人生何があるか分からないけどキャシーはZENのことずっと応援しています。ありがとう」。

いや、こんなん反則でしょ。
オレだって忘れられないわ、、。でもそんなにすぐに「応援」とはならないわ、、。
だってまだ「今」の出来事なんだもん。
「思い出」とか「応援」って完全に勝者のセリフじゃん、、。




いや、違う。
私だって「思い出」や「応援」はよく使う。これは覚悟の問題だ。
彼女は「わかんないけど、~だ」という言い方をよくしていた。対して私は「~だけど、わかんない」という結論を濁す言い方をすることが多く、それを優しさと捉えることもできるが後悔の最大の原因にもなっているだろう。ブログや酒の肴にするならこの言い方を続ければいいだろう。だが本気の愛情に対しては彼女のようなストレートな表現をすることで「後悔」は生まれず、そこには勝者も敗者もなく、残るのは過去だけである。

さて、そろそろ私もキャシーに返信をしなくては、

「キャシー。素敵な思い出をありがとう。君の幸せを応援しています」


 

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