一人称でキャラクターを作り上げよ

男に生まれて良かったと思うことの一つに一人称の多さがある。キャラの使い分けが苦手な男子にとって、この日本語の特性を生かさない手はなく、逆にこれを使いこなせなければ一生「俺」一辺倒の人生を送ることになる。私はそんな人生は嫌だ、、、。

 

 

 

 

接客業を生業にしている人達にとってこの問題は無用であろう。逆に仕事時のキャラクターが定着し過ぎて、我々「俺一族」に羨ましさを感じているのかもしれない、、。

 

 

それはさておき、私が「僕」を取り入れようと思ったキッカケは先輩がお客さんと話している時である。年上の現場監督にもタメ口で話すこの人も、ぶっ飛び切っている訳ではなく一応社会人の自覚はあるようである。

 

 

「ここの袖壁はですね、、左に50フカした方がキレイだと思いますよ」

 

 

そんな職人用語ばかりじゃ分からんだろ。

確かにアンタの言う通り、そっちの方が見た目がキレイだし間違いないが、お客さんに伝わらなきゃ意味ないだろ。ほらみろ。オレらが言いたい「左に50㎜のカベをくっ付ける」が完全に「左の袖を50㎝を伸ばす??ゴムゴムの話ですか??」に?化してやがる。どうすんのこれ?

 

 

「とにかく!僕がおかしくないようにバッチリ納めとくので安心してください!」

 

 

ゴリ押ししやがった、、。

まあ、これが正解かもな、、。

お客さんも安心して帰って行ったし、わざわざ設計し直す問題でもないだろう。こういう細かい事で工事が滞るのが職人にとって一番のダメージになる。オレ達はただドンッと構えていればいいだけだ。だが一つツッコミ所があるとすれば今「僕」の発音がおかしくなかったか??

 

 

年齢と発音が合っていない、、。

「僕」を使い慣れてない俺たちにとって、使用時は小学生にタイムスリップすることになる。すなわち「ぼくドラえもんです」と同じく「ぼ」の発音が異常に高くなり、それを髭面で言われた日には説明を聞くどころではなく笑いを堪えるのに必死である。おそらくさっきの客もそうだったのだろう。それなのに勘違いしたこの男は

 

 

「ZEN吉よー。やっぱ職人ってはよ、自分に自信持たなきゃよ。お客さんに不安が伝わるなんて一番あっちゃならねーことだぞ」

 

 

と、誇らしげに語っていた。

裏話として若くしてデキ婚したこの先輩は、両親に挨拶する際「ぼく」を噛みまくってテンパりまくった挙げ句「とにかく!俺が娘さんを必ず幸せにします!」で乗り切った背景がある。

 

 

今はそれでいいだろう。

自分の主戦上でプライド高く「俺」を通せるうちはそれが正義だろう。だが、オレは違う。そもそもそんなプライドなんて持ち合わせちゃいない。この戦い方をしてると必ず後悔する時が来る。よし。現場以外では全て「僕」を使おう。こういうのは回数を重ねるのが大事だ。

 

 

私の人生を振り返ってみると、口に出して「僕」と言ったのは300回程しかない気がした。野球部出身ということで、引きこもりの割には敬語が使えたが、これが良くなかった。中学生のある時期辺りから「すいません!オレのミスっす!」が私の中では最も汎用性の高い敬語であって、しかも部活動の延長のような建設現場では、これさえ使いこなせば用が足りるのである。足りるというか迂闊に僕と言おうものなら「僕ぅ~?お前チンコ付いてんのか?」とバカにされる始末である。そういう経緯もあり、職場とプライベートで一人称を使い分けていたのだがプライベートが寂しい奴にとって、それだと時間がかかりすぎるのである。

 

 

 

ダメだ、、、。

素人感が全然抜けない、、。もっと五条悟のようにナチュラルな僕を使いたい。どうする??こんな所で、まごついてちゃ歳ばかり食うだけだ。急げ、もう三十代なんだ。本当は「私」を使い初めてもいい年齢なんだ。

 

よし。仕事を変えよう。

やっぱ「チンコ付いてんのか」が常用語になっている奴らと一緒じゃムリがあったんだ。とりあえず環境を変えて、二級術師になってからまた戻って来ればいい。三千だ。三千回連続で「僕」を使えば花開くだろう。それまで「オレ」は封印しよう。主語なんてなくたって日本語は成立する。仕事はそうだな、、、何でもいいか。いきなり接客業だと無理があるから、簡単な季節アルバイトにしよう。一年くらい転々として「チンコ族」しかいない職場だったらさっさと辞めてしまえばいいさ。

 

 

こうして、恐ろしくレベルの低い旅が始まったのであーる。

 

 

 

 

 

居酒屋で働くことにした。

昔ながらの観光地にあるこの店では過度な接客は必要なく、初心者には丁度良いと思ったからである。大将の言葉遣いが荒く、バイトが直ぐ辞めてしまうのが難点だが、現場育ちの私にとって辞めるほどの暴言ではなく、三ヶ月間この町で過ごすことになった。

 

 

飲食初心者にとって居酒屋の仕事は相当難しく、毎日「そりゃ辞めるわ、、」と思いながら仕事していたが、衝突が起きなかったのは私が気弱な上に「僕」を取り入れていたからである。気性の荒い亭主がいるのに潰れない店には必ず優しいママか女性スタッフがいる。女神のような彼女達でさえ混雑時には自分のことで精一杯になり、嵐が過ぎ去った後にはヘトヘトになる。その時近くにいて欲しい存在とは「下僕」である。それもそうだろう。山賊客の残飯を片付けている時くらいキレイな言葉を聞きたいのだろう。料理を作り終えた大将をお疲れ様でしたと労うのは早く同族に帰ってもらいたいと、彼女達のため息がそう答えていた。つまり「僕」の方が女受けがいいのである。

 

 

 

たかだが呼び方なんて。

と俺一族は思うかもしれないが、女受けうんぬんじゃなく男受けもいい。事実、幾度も「兄ちゃん地元の人??いい笑顔すんねぇ~」と誉められた。

 

 

それは表情だろ。

と思われるかもしれないが、これも違う。私も表情至上主義の一人であるが会話に置いては「僕」という食前酒を差し上げることで誉め言葉を頂くことができ、それを繰り返すことで良い関係を築くことができる。逆説を唱えると、表情豊かなフルコースを楽しんでいるところに「オレ」なんて言おうものなら、ハチミツをぶちまけるがごとき思想、である。マッチングアプリで散々紳士ぶったくせに、いきなり「オレさぁ、、」とかますのが良い例である。

 

 

でもさ、「僕」って他人行儀に聞こえない??

 

それは使用回数が圧倒的に足りていないだけである。千回を越えた辺りから術式が芽生え始め、様々な発音を使いこなせるようになる。その頃には恥ずかしさなんてゼロである。依然ぼくドラえもんですを使い続けても構わないし、相手が嫌がるなら「オレ」を使用すればいいだろう。

 

 

 

居酒屋の仕事はキツく、昼は仕事を入れなかった。日常を忙しくしてしまうと職人時代と同じ空気が纏わりつきそうで嫌だったからである。金は少しずつ減っていったがこれも一つの投資だろうとのんびりとした日々を過ごしていると女性スタッフが気を使ってくれた。12時間くらい平気で働ける二十代前半の女性である。

 

 

「ZEN吉さん、全然シフト入ってないけど大丈夫ですか?アタシお昼の仕事紹介しましょうか?」

 

 

一回り以上下の女性にこれを言われるのだから「下僕」は完成したのかもしれない、、。居酒屋の仕事に慣れた頃を見計らって、私の金銭面の心配をしてくれているらしい。有り難いのか情けないのか分からない。金がないと言った覚えはないが、あるとも言ってない。下僕はそんなことは口にはしない。

 

 

「うん。ありがとう、でも大丈夫。僕夜遅いと朝起きれないんだよね」

 

 

「そっかぁ、、。ZEN吉さん力あるから向いてると思ったんだけどなぁ、、。言葉にも耐性あるし優しいし、、」

 

 

コレもう勝ちじゃない??

逆ナンされてる?アピールされてる?オレはあなたのストライクゾーンなの?ヤバい、、。今までこうゆう事ないから分かんない、、。助けて、ドラえもーん。

 

 

「ありがと。ちなみにどうゆうお仕事??」

 

 

「ふふっ現場です」

 

 

現場かよ!!

さすがに行かんわ。だって行ったら「オレ」に逆戻りじゃん。つーか今の笑いオレが元現場系だって知ってたな。本当に可愛い子だな、、。ヤバい、、。好きになりそう、、。

 

 

いや、ちょっと待てよ、、。

下僕に仕事を斡旋するのは分かるがその繋がりはどこにある??二十歳そこらでその広さはあるか?まさか、、

 

 

「僕、現場系だって知ってたでしょ?誰か現場に知り合いでもいるの?」

 

 

「はい。大将に聞きました。ふふっ。彼氏が職人なんです。今、人手足りないって言ってて」

 

 

やっぱりな、、。

まあ、しゃーない。へこむことじゃあない。誉めて会話を終わらせよう。

 

 

「そうなんだ!○○さん絶対モテるから男ほっとくわけないもんね。彼氏どうゆう人なの?」

 

 

「ガッツガツのオラオラ系!でもすごい優しいの!」

 

 

「へぇ、、。そうなんだ、、」

 

 

「そのギャップがいいんです!アタシの回りもみーっんなそうゆう男がいいって言ってます!」

 

 

「へぇ、、。そうなんだ、、」

 

 

、、、、、、。

、、、、、、。

助けて。ドラえもーん。

 

 

こうして終わらぬ一人称の旅は今も続くのであーる。