真冬のヒッチハイクは聖人の誕生日
私はヒッチハイクなどする度胸はなく、かと言って乗せる度胸もない。が、氷点下でのあの行動は凡人をイエス様に押し上げる効果があるらしい、、。下心は一切ない。なぜならソイツは豚小屋で生まれたようなオッサンだったからである。
ヒッチハイクを行う奴を尊敬する。ただし一人、それも荒野でだ。
どうゆう心境なのだろうか?
文明を切り捨てることに酔っている登山家のような澄んだ瞳をしているわけでなく、不自由を楽しんでいるパーティーピーポーなわけでもない彼らが受ける評価とは「何だこの不審者は??」といったところであろう。その評価は至極まっとうなもので、彼らは自らが望んだわけでない何らかのトラブルに見舞われ、その悲壮感が全身に纏わりついたトラブルメーカーとなって人々を遠ざける。それはそうだろう。スマホは普及していなかったがケータイはある時代なのだ。そんな自己管理ができない奴など馬のクソでも食っていればいい。と、当時、冷凍黎明期に差しかかっていた私の心も、あの男の姿によって動かされることになる。
「ん?何だアイツ!?何やってんだ!?」
その男は峠道を歩いていた。
普段なら「へぇ、、。こんな真冬に物好きもいるものだなぁ」と感心するのだが、彼の掲げているダンボールが私に恐怖を植え付ける。書かれている文字は「→」のみ。いや、書かれているというよりは貼られている??染み込んでいる??とにかく、得体の知れないアート文字を掲げるくたびれたオッサンなど恐怖の対象でしかなく当たり前のようにスルーした。
スルーせざるを得なかった。
彼の立っている場所は対向車側であり、こんなアイスバーンで急にUターンしようものなら後続車から追突されるだろう。時間も悪い。日が落ちかけている。こんな寒い日は愛する人と鍋でも囲みたくなるだろう。おまけに顔も悪い。まるで敗戦国の兵士である。だが、これだけインパクトのある映像もないだろう。私の頭はこの男のことでいっぱいになっていった。
マジで何なんだアイツ?
あの表情。必死すぎるだろ。そっちに何があるんだ?今日じゃないとダメなのか?ホントに歩いていくつもりなのか?マジで死ぬぞ。ケータイはどうした??落としたのか?近くに交番くらいあっただろうがよ、、。ダメだ。我慢ならない、、。戻ろう。
今考えると恐ろしいことなのだが、何か新しいものが生まれる気がして引き返すことにした。正義感というより好奇心の方が強く、これだけのリスクを冒したのだからすでに新しいものが生まれているのかもしれない。なんせ相手は刃物を持っている可能性もあるのだから本来の小心者からすれば信じられない行動力だろう。
キキィーー。バンッ
私の車が男の前に止まると、ギョロっとした眼が私を睨みつけ、私は正気に戻る。
や、ヤバい、、。
コイツたぶん人を殺ってる、、。
なんて馬鹿なことをしたんだオレは、、。酔っちまった。勝手にストーリーを作っちまった。モテないあまりに都合の良いストーリーを、、。
いや待て!!こんな所で死んでたまるか!!
武器を探せ、、。たしかこの前使った、、。
あった!!ドライバーだ。コレで頭のネジを正してやる。話くらいは通じるだろう。
「えーと、、。もしよかったらアッチの方まで乗せて行きましょうか?」
そう話しかけると、緊張の糸が切れたのか腰をくだいた彼は
「え、、。ホントですか、、。助かります助かります」
と、よろめいていた。おそらく限界だったのだろう。
まだ私は警戒を解かない。演技ではないと思うが、人間が怖いのは力が戻った時だ。目一杯前に出した助手席に彼を座らせて、少しでも不審な動きがあれば脳天にドライバーを突き刺してやるつもりである。
「あの、、。何で乗せてくれたんですか?ちょっと前にすれ違った人ですよね?わざわざ戻って来てくれたんですか?」
そう。
この男とは先程ばっちりと目が合っている。必死すぎるほど必死な目だった。その目で見つめられたらストーリーが始まるのは必然だろうよ。なんでオッサンなんだよちくしょう。
「いや、、。えーと、、。ホントに大変そうだったので、、。こんな寒い中、冗談でこんなことはしないだろうなって、、」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
なんでオッサンなんだよバカヤロー。
「止まってくれる人は他にもいたんですが、、。面白がって写真だけ撮られました」
「え、、、。ホントですか??日本の民度も落ちたものですね、、。取りあえずコンビニでも寄りましょう。温かいものでも飲みましょうよ」
「あ、でも私お金ないんです、、」
「はい。落としたか、無くしたんですよね。おごりますよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
なんでオッサンなんだよバカヤロー。
温かいおにぎりとお茶を数秒で平らげた彼は、みるみる元気を取り戻し口数が多くなっていった。このままだと運転中に負ける可能性が出てきたのでコンビニの駐車場で事のてん末を聞き出すことにした。これまでの彼の印象は一定の知識人であるということと、本当に困っているということで彼の放つ臭気は5日間はまともな生活が出来てないことを推測させた。
「さて、どうしてこんな日にヒッチハイクなんてしているんですか?」
「え、、と。私日本人じゃないんです」
おっと、、。いきなりスゲーの来たな、、。
「えっ?生まれが日本じゃないってことですか?」
「生まれは日本なんですが、20年前に東南アジアの方に帰化したんです。ちょうど身寄りが一人もいなくなって、あちらは物価が安いので、、」
ふーん。そうなんだ、、。
なんで身寄りが居なくなったんだろう?もしかして殺、、。
いや、やめておこう。コイツは明らかに人と違う人生を送っている。見てみろこのダンボール。ある意味芸術だろ。
「あ、これですか?ははっ。恥ずかしいですね、、。なんせ必死だったので、、。地名なんて覚えていないですし。とにかく目立つようにってゴミの中から色んなものくっつけて作ったんですよ」
いや、すげーよアンタ。すごい生への執念だよ。そりゃ写真撮られるよ。だってカラスの羽くっつけてるんだもん。ホントすごい感性だよ。でもさー、、。車の中にまで持ってこないでくんない?
「あ、そうそう。ヒッチハイクしている理由でしたね。察しの通り、財布を盗まれて一円もお金が無いんです。私一回も雪見たことが無かったので今度日本に来たときは絶対北の方に行くって決めてたんです。20年ぶりの日本で舞い上がってたんでしょうね、、。少し目を離した隙にやられました、、」
「もちろん交番には行ったんですが、なんせパスポートも無くしてしまったもので、、。日本というのは一度帰化した者にはとても冷たいものなんですよ。当然なんですが日本人を名乗ることもできませんし、証明書がなければお金を貸してくれることもしてくれません。仕方がないので紛失した場所で張っていたんですが体力が尽きてしまいました。東京の大使館まで行けば何とかなるんですが、、」。
ふーん。なるほどね、、。
妙に説得力があるな。多少の誤差はあるだろうが嘘は言ってないだろう。例え嘘だとしてもそれが許されるだけの行動力がコイツにはある。良かったな犯人。見つかっていたらマジで一家皆殺しになっていただろうよ。
「それでは東京の大使館へはどうやって??まさかまた歩いていくつもりですか?」
「はい。もたもたしていても何にもならないので」。
マジかコイツ、、。いや、このお方、、。ぶっ飛んでいらっしゃる。
「いやいや。ホント大丈夫ですか?冬ですよ。食べ物は?」
「大丈夫ですよ。私、今感動しているんです。日本も捨てたもんじゃないなって。あなたを見ていると昔の良い日本を思い出すんですよ。多分、あなたのような方はまだいるはずですよ」。
なんでオッサンなんだよバカヤロォォー!!
この人は何かを超越してやがる。ダメだ。他の奴にこの感動を味わわせたくない。神はオレ一人でいい。
「あの!!一万円。いや、五千円でいいので受け取ってください!それで少し暖かいところまでは行けると思うので、、」
そう言うと彼は少し戸惑ったのち
「ありがとうございます。代わりに何か私にもお礼をさせてください」
と言うと、私はすぐさま
「それ下さい。あと僕のコレもあげます」
と言って、男たちのプレゼント交換が始まり、別れを告げた。
その後、彼がどうなったかはわからない。
わからないが、あの日の駅は混んでいた。そう。たしかあの日は、、、
メリークリスマス!!
二人の手にはドライバーとカラスの羽が握られている。