資格試験 1

2級建築士の試験を受けた時の話である。結論をいうと紙一重で受かったのだが勝者として語るつもりは一切ない。運悪く落ちてしまった人々の気持ちを存分に憑依させながら二部構成で記事を書いていきたい。



これは決して被害妄想ではないのだが私たち現場作業員はどうもチンピラに写るらしく、そのことをある程度は認めつつも腑に落ちない思いを私は常に抱いていた。確かに一定数のチンピラっぽい人間はいるがそんなものは何処にでもいるし、人間一皮むけば誰でもヒャッハー系になれる素質を持っているだろう。仕事柄どうしても出てしまう服装の乱れや野性味が人々に粗悪な印象を与えるのだが、それをカバーするために人一倍あいさつに気を付けている心優しい職人さんはたくさんいるし、それでも彼らを蔑みの目で見るのであればそれはただの人種差別であろう。私は運良く差別的な言葉を浴びせられたことはなく、性格も鈍い方なのだが、あの視線はどうも胸に引っかかる。

何だお前らのその蔑んだ目つき?どうせお前らだってFラン大だろ?見下しやがって、、。
ならばどうする?
わかってる、、。結局これはオレの内面の問題だ。手っ取り早く自信をつけるには国家資格がいいだろう。ちょっとは箔がつく。所詮2級。楽勝だろ。

中学生のような動機で始めたのだが見立ても大甘であった。


私は「独学」にこだわった。ただの自己満足で取るための資格に何十万円もかける気がしなくマイペースで勉強を進めたかった。何より独学で受かったというカッコイイ響きが大きなエネルギー源になっていた。会社の人から無料で教材は手に入れることはできたし、わからない事があればスマホで調べればいいだけである。さっそく勉強を開始したのだが、、、。全然わからない。

えっ?ムズくない?
こんな用語初めて聞いたんだけど、、。一応同じ業界なんだけどな、、。

勉強をする上で最もあってはならないことは「何がわからないのかが分からない」状態に陥ることである。文章の中に理解できる単語が少なすぎるとこの状態に陥りやすく、吸収率も10%以下になり最高にイライラする。これが独学の弱みでもあるのだが、逆に強みでもありイライラしてきたらさっさと勉強を切り上げ、気が向いた時に用語の意味から検索すればいいだけである。時間はかかるが教材に包丁を突き刺すよりはマシであろう。もし資格学校のような大衆の場でこの状態になったらどうなるのだろうか?高い金額を払ってまで理解できないストレス、仕事帰りのストレスはどうなる?法治国家でなかったらマシンガンを乱射するものも現れるのではないだろうか。結果論になるのだが私の判断は間違っていなかったと思う。にわか建築士の供給なんて十分に足りており、命の危険を冒してまで取る資格ではない。


偉そうに語ったが、私が試験に臨むまでに三年かかっている。自分も追い込むこともできない凡人のくせに落ちたくない羞恥心だけはあり、結果だけ見れば一発合格なのだが実際は三回目で受かったのと何ら変わりはない。長い勉強期間、計算の分野でどうしても理解できないところがあり、腹が立ちすぎてそのページを一週間鍋でふやかした後、トイレに流すという復讐を達成している。そんな事がありながらも模擬試験の結果が合格ラインに達したので安心して本試験に臨むことにした。

余談だが資格学校の生徒でなくとも模擬試験、それに付随したセミナーを受けることができる。模擬試験は有料なのだがその後の無料サービスが素晴らしく、「えっ?僕これ以上お金払わないっすよ?」と聞き返すほどの有料級の教材をもらうことができた。今思うとあの教材には本試験と似通った問題が多く、合格の一番の決め手になったような気がする。さすがプロが作ったものは違う、、。



試験の一番の楽しみはやはり自己採点であろう。
本番中にやることなんていつもと変わらなく、ただ合格点以上を取ればいいだけである。私の普段の成績からすると合格率80%といった感じで、下手すると落ちる危険もあり、けっこうドキドキしていた。試験科目は四つに分かれており四つ全てで合格点以上を取る必要があるのだが、私は性格上、苦手科目から採点することに決めている。こうすることによって採点が後にいくにつれ合格率が上がっていき、こんな楽しいことはないだろう。どうせ祝ってくれる彼女もいないんだ。一人で二人分楽しんでやる。よし行くぞ。


最初の科目は「構造」。
オレの苦手とする計算分野。ここさえ乗り越えればもらったようなもんだ。あのトイレに流したページも成仏するだろう。さあ始めよう。

○○×○○――。

よし。いいぞ。そのまま行け。

――○○○○。

結果―、過去最高点。

きたぁーー!マジで楽勝!見たかオラッー!

これを古びたアパートで一人叫んでいるのだから誠に寂しい男だと思うのだが、そんなことは気にせず彼は勝ちを確信したのか祝杯を上げはじめた。手にはバドワイザー。脳内はバドワイザーガールに囲まれているらしい。

狙い通り、他の科目も順調にクリアしていき最後の科目「施工」がやってきた。我々作業員にとっては易しい分野であって用語も聞きなれたものが多い。

一応採点してやるか。まあ余裕だろ。もっと気持ちよく飲みてーしな。

彼は今、脳内の女達との「施工」を愉しむことしか考えていない。

×○○××――。

ん?あれ?

――××○○×――。

えっ?ちょっと待って。

――××○○。

マジ?これ落ちたんじゃない?
ちょっと待てよ、、。オラァー!

男の動揺を感じ取ってか彼女たちは消えてしまっている。ようやく夢から現実に戻ってきたようである。

ふぅ、ふぅ。落ち着け。
もう一回最初から採点しよう。女に夢中で集中できなかった、、。

ゆっくり正確に採点してみた結果―、

合格点ピッタリ。

あぶねぇーー!!マジであぶねぇ、、。
よかったぁ、、。施工なんてノーマークだったよ、、。

命拾いした私はすっかりぬるくなったバドワイザーを一気に飲み干し、脂汗を拭いながら床に着いた。


合格点ピッタリということで答案用紙に一問でも記入ミスがあったら落ちるという不安を抱えながら合格発表を待っていたのだが、しっかり受かっていた。だが、喜ぶのはまだ早い。本番はこれから。

建築士試験の最大の難所「製図」という実地試験が待っているからである、、。

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