資格試験 2

建築士試験は「学科」に受からなければ実地試験の「製図」に進めないのだが、受験生にとって悪魔のような救済措置がある。それは「学科」で合格点までわずかに届かなかった者ももしかしたら受かるという仕組みで、用はお上が決める合格者数の調節である。

もしかしたら受かると言っても確率にすると10%以下で、合格発表までの間その受験生たちはどういう気持ちで待っていればよいのだろうか?「製図」の準備には金もかかり、無策で受かるようなものではなく、一か月半後の学科の合格発表を待っている時間などはない。周りからは絶対落ちているから無駄なあがきはするなと言われるが、受かっている可能性を捨てるわけにもいかず精神不安定な状態で勉強に取り組まなければならない。
そしていざ合格発表で落ちていることが分かれば、それまでの努力の無駄骨感は凄まじく「ほら、だからムダだって言ったじゃん」なんて言われた日には思い切り右ストレートを喰らわせてもいいだろう。運良く合格点ピッタリだった私はこの想像をした時、身震いしたのを覚えている。



さてこの製図。
イメージ的には「図工」の感じがするのだが、こんなもの最早「体育」である。しかもフルマラソン

学科試験の時に100㎏超のデブを何人か見かけたけど、あいつらどうしたのかな??動けるデブだったのかな。

とにかくひたすら図面を描き続け、まずは走るスピードを上げて行かないと勝負にならならない。作図スピードさえ付いてしまえば意外と何とかなるもので、建築士を目指すものに図工が大嫌いな人間は少なく、後は自分に酔いながら図面を作成していけばいいだけだ。

と、言っても所詮は素人。
自分の能力を確かめるためにも模擬試験に参加することにした。



製図試験は相対評価であり、いくら自分の出来が良くても周りがそれ以上に良ければ落ちてしまうといった残酷なものである。ライバルたちの実力を計るといった意味も含め資格学校が開催している模擬試験に参加したのだが、Aランクの者というのは試験開始前からわかるものである。

ちっ、ニヤニヤしやがって。
建築学生が。女としゃべってんじゃねーよ。うらやましいなコラ。

この者たちは数パターンの模擬試験全てで合格基準に作成させる能力を持っており、もう怖いものがないオーラが全開なのである。もちろん講師のお墨付きである。

だから学校に通いたくなかったんだよ、、。
こんな姿毎日見せられたら憤死するわ。早くお前らも社畜の仲間入りしろよ。


試験が終わると思った通り、Aランカーたちは非の打ち所がない図面を完成させていた。ここで最も大事なことは私の現在のポジションがどこにあるかである。講師に教えを乞うふりをして会場全体を見渡した。

B級の下位だな。
まずい、、、。このままだと落ちるな、、。
今この会場にいる四割はB級中位以上の実力を持っている。本試験は上位50%が受かると言われているが、今のままでは運の要素が強すぎる。せめてオレもB級の中位まで実力を上げなくては、、。ならばどうする?
本試験まであと二週間を切っており、出来ることなんて知れている。あとはメンタルの調整だけだ。何かエネルギー源になるようなものはないか?

私は素材を見つけるためにもう一度周りを見渡した。すると奇異な視線を集めている一人の受講生を発見した。

いた!こいつだ!
Gランカーだ!
なんだその図面は?どうやったらそんな図面になるんだ?一面真っ黒で脂汗がしたたり落ち、ヘドロみたくなってやがる。どんだけテンパってんだよ。
その設計図でお客さんに何て説明するんだよ。土地の地目変更「ゴキブリ」にしときましたって言うのか。つーかそんなゴミ図面早く隠せよ。恥ずかしくねーのかコイツ。

人間というのは本当に醜いもので私の心は一気に軽くなった。志々雄真実が言った「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」というのはまさに真実であろう。あの時、力を与えてくれたG君には感謝してもしきれない。おかげで万全の状態で本試験に臨むことができた。



学科の時と同様に本試験でやることは変わらない。今さら能力が伸びるわけはないのだから冷静に周りにツッコミを入れるぐらいの精神状態がベストであろう。

何でみんなエナジードリンク飲んでんの?
この女なんて2本飲んでるよ。ストリップでも始めんのかよ。

このオッサンにいたってはタンクトップだし。キモいんだよ。オマエのわき毛なんて見たくねーんだよ。

本番中の記憶というのはこれくらいしかなく、なんせ5時間ぶっ通しで図面を書くのだからフルマラソンという表現は決して大げさではなく私も必死だったのであろう。

試験後の手応えは全然なかったのだが、即失格になるようなミスはしていなく自己評価では40%で受かっているだろうと思っていたのだが、その%は1級建築士の大先生と話していくうちにほぼ0%まで落ちることとなる。


資格学校では本試験時のダミーを持っていくと学校自慢のスーパー講師たちが採点をしてくれるサービスがあり、設計図のような正解がないものは彼らプロに任せるのが一番であろう。

採点待ちをしていると教室からげっそりとやせ細った受験生が出てきた。おそらく落第宣告を受けたのだろう。

 

学校に通うためにローンを借りたのではないだろうか?会社には何て報告するのだろう?完全に生気を失ってやがる、、。もう少し優しい言い方をしてやれなかったのかな?

「はーい。次の人どうぞ~」

来たな。オレは負けないぞ。

教室に入ると浴衣姿で扇子をパタパタさせながら、ひとりの男が笑っていた。

何その恰好?
一応仕事じゃないのアンタ?
前から思ってたけど1級建築士ってクセ強い人多いよね?まあいいや、、。人は見かけによらない。

「えーと、これなんですけど。あんま自信ないすけど、、、」

ダミー図面をわたすと男はもの凄いスピードで×印を付けていった。そしてキッパリ

「うん!全然ダメ!」と言ってきた。

いや、言い方ってもんがあるだろうが、、。
しかも何で嬉しそうなんだよ。ダメなのお前の人間性だろ。

「そんなダメすかね?ここなんかオレなりに工夫したんすけどね、、」

「ダメだよ~。オレが客なら絶対こんな家買わないね。ここなんかもっとこうしてよ~。こんなの初歩中の初歩よ?」

こいつホント講師か?
オレただの素人の受験生だぞ。こんなのただのイジメだろ。マジで来なきゃよかったわ。

その後も容赦ないダメ出しが続き、私の渾身のダミー図面は×印で原型をとどめないほど埋まってしまっていた。

「もうわかりました。つまり今回は落ちたってことですね?」

と、投げやりな捨て台詞を吐くと

 

「いや、それはどうかな~。ただかなり厳しいのは間違いないね」と変な優しさを見せてきた。

もう一思いに殺してくれよ、、。
まあ、これで良かったのかもな、、。ダメなところはわかったから、また来年頑張ろう、、。



その後、合格だという報告を聞いた時はうれしいというより驚いた。
何やら合否が決まっていない採点では、かなり低めに評価することで受験者が落ちていた時のクレームを防止する効果があるらしい、、。あとは建築への正しい知識を得るための愛のムチだとか、、、。

ホントかよ?
オレには楽しんでいるようにしか見えなかったけどな、、。



資格試験に挑んで良かったと思うことは、いい「思い出」を作れたことである。
試験のような勝ち負けがはっきりとしているものはストーリーが面白くなる。それに比べれば勝った自信なんてものはちっぽけなものなのだろう、、、。