酒蔵で働こう2

日本酒造り働き手不足の最大の原因は女性がいないことにあると思う。野郎どもが三、四カ月も缶詰め状態になれば吐き出したい欲もあるだろう。それを知ってか給仕を雇う酒蔵側も「蔵人さんとは距離を取ってください」と警鐘を鳴らしているのだが、どうも彼女はその垣根を越えたかったらしい、、。





彼女の取った作戦はまず杜氏さんと仲良くなることである。酒好きの彼女は杜氏が酒のスペシャリストであるという事は理解しており、多くは事務仕事だということも給仕をしていく過程で気付いたのだろう。この中世的な顔立ちをした杜氏さんは人よりモノが好きと言った性格で、酒造り道を極める科学者といった感じであった。晩酌の時「○○さんよく毎年120連勤も出来ますね~。キツくないんっすか?」と聞いた際「120連勤なんて普通やん。200連勤くらいしないと働いた気しないねん」という回答に蔵人全員の箸が止まったことを今でも良く覚えている。本物のサイエンティストじゃないと務まらない仕事なのだろう。酒造りが始まると人間関係をまとめるのは古参の仕事であって、杜氏は下らない腹の探り合いに構っている暇などない。それを見抜いた彼女は「杜氏さんからの許可は得たし、それにまだ蔵人さんには近づいてないもん」という十分な言い訳を作り終えた上でこちらを見つめていた。そんな事情など知らない素人三人衆は、向けられる美女の視線に耐えきれず自分から話しかけるのだから彼女の作戦は成功したと言っていいだろう。


では何故彼女はこちらに近づきたかったのだろう?
同性からの意見だが私たちの中にそんな魅力的な男がいたとは思えない。古参は窓際感が強く、私たちのアウトロー感も抜けきってはいない。杜氏さんは外見もカッコいいのだが研究に忙しく女に興味なしといった感じである。私が思うに彼女はストーリーに参加したいの一心だったのだろう。仕事中よく古参が口にしていた言葉が「こんな酒造りは全国で初めてだよ。ホント一本のドキュメンタリー作れるよ」であった。「いやいやいや。酔いすぎだろ」とその時は酒の肴にしていたが、振り返ってみると3/5が素人というのは確かに全国でも初なのかもしれない、、。それを杜氏自ら津々浦々集めたキャストがSAKEを造るのだから日本酒好きには堪らない話であって、それがわが町で撮影されるとあっては是が非でも映りたくなるのだろう。おそらく私が彼女の立場でも同じことをしたと思う。とはいえ彼女も大人である。酒造りも終わりが見え、蔵人たちの気持ちが緩みだした頃を見計らって好き光線を放ってきた。


「あの人いくつなんだろうな?」
「マスクしてるからわかんないよね?」
「相手いるのかな?」
「愛想いいよね?」


男たちの探り合いが始まる。
興味のないフリをして強がっている者もいたが彼女の料理と愛嬌がなければ今回の酒造りは成り立っていない。既に立派なキャストの一員であり、そしてそれは主役に変わりつつある。私たち三人のキャラクターは、チャラい狼が一人、寡黙な猫が一人、普通の人間が一人といった感じであり、彼らに比べ社会人経験が長いわたしは普通の人間に当てはまることになる。彼女と一番良く話すのは狼であり、ムードメーカーの彼は周りをよく巻き込むのだが中々いい仕事をするものである。


「あのオバちゃんにZEN吉さんのこと伝えといたよ!全国各地に女いるってね」


「はあ~?何してくれてんの?いるわけないじゃん!ちょっと、、。マジで訂正してきてよ」


「いっていって。気にしてないって。いいじゃんもうすぐ終わるんだし」


「いや、無理無理。来年も来るかもしれないし。終わり方って大事じゃん。あと、オバちゃんって年じゃないからあの人」


「え~。どーでもいいじゃん~」


と、言っていた気まぐれな彼は数日後、いい手土産を持ってきた。


「ZEN吉さんZEN吉さん!あのオバちゃんZEN吉さんがお姉さんって言ってたよって言ったらスゲー喜んでた!!コレ行けんじゃない??あと、オレら全員と仲良くなりたいみたいで連絡先渡してきたんだけど、、。いる??」


「ナイス!!そりゃいるでしょ~。ちなみに○○さんには渡したの?」


「あー、一応ねー。ニヤリって笑ってたよ」


連絡先ゲットで一番喜んでいるのは猫だろう。この猫はプライドが高く仕事はできるが、怒られるやフラれるといった事に耐性がなく、その結果自由な旅人という生き方をしているのだろう。古参との相性も悪い。この手の上司にトラウマでもあるようで心底嫌いな感じを出していた。その時場を取り持ってくれたのが彼女のような女性社員だったのではないだろうか?
狼にとって彼女はストライクゾーンから外れているようで、やるやらないの基準ではやらないと言っているが本心はどうか分からない。所詮三、四か月程度の付き合いである。
そして私は?
そりゃやりたい。四か月監禁など人生で初である。


蔵仕事の終盤とはほぼ後片付けである。機器の扱いは皆すでに慣れたもので、とやかく言われるまでもなく効率よく掃除したいのだが、ここで黙って居られないのが古参というものである。


「皆さん。私の言う事を最後まで聞いて下さい!!」


ちょうど虫の居所が悪かった狼がそれに食いつく。


「あ~!うっせーなー!!あとキレイに片付けるだけでしょ?ぜってー来た時よりキレイになってから!!」


それは誰の目から見ても明らかである。蔵に来た時、ここで仕事するの?というくらい散らかっていた。去年までは私たち以上に言う事を聞いてくれない連中だったのだろう。過去の話を掘り出すのはウザいだろうと控えていた私達だが最後になってそれが弾けた。猫も論理的な口調で乗っかってくる。コレはあまり良くない。


「今回の酒造りで○○さんの指示でやった所って、ほとんど二度手間でしたよね?放っておいてくれた方が全部上手く行ったんじゃないんですか?」


まぁ、結果から言えばそうなのだろう。では古参の指示でやらなかった場合はどうなったのだろう?上手く行ったのかもしれないし行かないのかもしれない、、。結果だけ見て文句を言うほど楽なことはない。責任を取るのは古参、杜氏、酒蔵側である。口論の場所も良くない。いや、良かったと言うべきか、台所の近くなのである。彼女は聞き耳を立てている。それを計算に入れつつ人間らしいことをオレは言おう。


「まぁまぁ。あと少しなんだし穏便に終わろうよ。いい思い出にしたいじゃん。○○さんの指示がなかったらオレら何も分からなかったのも事実なんだしさ、、。ほら、今日も美味しいご飯用意してくれてるんだしそれでチャラにしようよ」


「美味しいご飯」という言葉が効いたのか場はゆっくり収まった。
我ながら完璧だと思う。もう酒造りは終わったのだ。あと欲しいのは桃色の思い出だけである。さて、彼女の胸中はいかに?




最後の蔵仕事が終わると、杜氏、古参、狼は一斉に帰っていった。
ワンチームを謳っているが蔵人とは案外ドライな関係なのだろう。観光という名目で私と猫の二名が残っており、それを真に受けた彼女と三人で一日を過ごすことになった。彼女の車でのドライブは彼女自ら厳選してくれたコースであって、譲れないエンドロールがあったのだろう。締め括り役になれた彼女は常に上機嫌で、一つ不満があるとすればあの時の口論だったらしい。


「ねぇ、最後けっこう怒鳴り合ってたけどああゆうシーンは他にもあったの?」


「うーん、、。どうだろ?あったっけZEN吉さん?」


「なかったかもね、、。今回杜氏さんトラブル避けるためにかなり慎重に人集めたって言ってたし」


「でも、最後のはZEN吉さん居なかったらヤバかったかもね。みんな最後でピリピリしてたしね」


「ね。良かったよ。穏便に終われて」


「えー!そうなんだー!残念、、。わたし的にはもっと激しいのが見たかったのになぁ、、」


、、、、、、、、。


「あの、何かすいません、、」。





酒蔵では全てが体験できる。
ハードボイルドもラブストーリーも。そして文化も。酒蔵の社長さん、杜氏さんにも良くしてもらった私が二回目に行きたいと思わない理由がお腹一杯なのである。一話完結型のこのドキュメンタリーに参加してみたいと思った方はZEN吉までお声頂ければ、すぐ杜氏さんに取りあってみせますよ、、。


 

zen8.hatenablog.jp

 

酒蔵で働こう1

日本酒とは日本の文化である。昔はライスワインと言われていたが今ではSAKEが我が国のブランドである。それに対して働き手は圧倒的に足りていなく、文化を守るというのはそれだけ難しいことなのだろう。1シーズンしか働かなかった私がその感想を物語風に書いていきたい。






「ZEN吉さん、良かったら今年酒蔵に来ない?」


旅先でのバイト仲間が唐突にそう言ってきた。


「えーと、、オレ酒はあんま興味ないんですけど、、。ちなみに場所は?」


「静岡。冬は雪ないし、ええ所よ」


「静岡!!行きます行きます!!」


建設作業員として働いていた私は冬の現場に嫌気がさしており、噓みたいな話だが厳冬期でも工事は止まることはなく四六時中雪かきをしながら作業を進めている。酒造りの大変さも想像したが、このまま雪国にいるのと差ほど変わらんだろうと思い、答えを即決したのだった。11月~2月の四か月間を休みなしのぶっ通しで働くと聞いた時は正直ゾッとしたが、これも若いうちにしかできない良い経験だろうという事と静岡県に対する良いイメージが背中を押した。おそらく他のメンバーも似たような理由だったのだろう。私に声をかけてきた優しい男は酒造りの最高責任者である杜氏(とうじ)さんであり、酒に興味がなかった私は友達感覚で接していたのだが、メンバー集合の際、一人の古参が話す素振りを見て、杜氏とは神の依り代に近い存在なのだろうという印象を持った。


「みんな、遠い所から集まってくれてありがとう。長い戦いになるけど力を合わせて頑張って行きましょう」
「みなさん初めまして。僕、素人だけどよろしくお願いしまーす」
「初めまして、オレも初心者だけどよろしく」
「何だ、みんな初めてか。良かった~」
杜氏!!今年も至らない点があるかと思いますが、どうか宜しくお願い致します」


酒造りとは毎年ワンチームで動くのが理想だが、そんな理想論が続けられるのは稀らしい。今回のメンバーは私を含めた素人衆三人に古参一人、この四人で酒造りを行っていくことになり、杜氏というのは現場監督のようなもので事務仕事が多く、基本的に作業には参加しない。しないのだが、十分な酒造り経験が認められた蔵人が任命されてなるのが杜氏であって、正に文武両道といった所だろう。この明らかな年下に向かってヘコヘコするのはそれだけ杜氏が偉大ということなのだが私たち三人にとって彼は「友達」の域は出ておらず、変にかしこまる必要はないだろうといった空気であった。そしてこの空気のしわ寄せがすべて古参に向かうことになるのだが、彼にも問題はある。少し頭が固すぎるということである。


「○○さ~ん!早く指示くださーい」


「はいはい。もう少し待ってください」


「○○さ~ん。ここ、こうすればいいんですね?」


「今、わたしコッチやってるんであと30分待って下さい」


仕事が始まるとこのようなタイムロスが日常茶飯事で私たちのフラストレーションも溜まっていった。もちろん、この古参も素人三人衆を相手にするのは楽ではないと思うが、素人と言っても仕事歴は十年近くあるのだから省いていい説明もあるだろう。変に知ったかぶりはしないで下さいと念は押されていたが、ここまで作業が進まないとこの後の工程で地獄を見るのは明らかで、食品を作る上で焦りが禁物になることぐらいは誰でも分かると思うのだが、、。ここでプッツンしないおおらかな人間をわざわざ季節バイトをしてまで杜氏さんは集めていたのだが、できる派遣とできない社員の相性は最悪である。短いながらも季節アルバイトを経験して思ったことは、みな仕事ができるということである。というよりできる人間しか残らないといった感じで、彼らは効率よく血肉に変える術に長けているのだろう。対して私はどちらかいうとデキない社員寄りであり、古参の気持ちも分からなくもない。杜氏から酒造りを一任された上、それが文化遺産とあっては狭い視野がさらに狭くなるのだろう。古参のメンタルはかなり強そうだったが衝突は時間の問題だなと思った私はせめてもの償いとして衝突した時は古参側につくことに決めていた。私と古参との衝突もあったのだが、、。


酒造りとは分業制であり、自分の担当する部署をやり遂げることが第一であって杜氏さんが素人を呼び寄せた理由の一つがこれだろう。精密な指示は自分が出すのであなた達は素直に言うことを聞いて下さいというのが本音であって、誘われた際「えっ?おれマジで何もわかんないっすよ」の返答には「ええねん。ホンマそれがええねん」と、今までの苦労が滲み出た表情をしていた。おそらく若くして杜氏になった彼は、年配の蔵人との間で相当な苦労をしてきたのだろう。今回の徴集は彼にとっても大きなチャレンジであって、上手く行けば十数年継続できるワンチームが作れるだろうという思惑もあってか私たちに雷が落ちることはなかった。当然その落雷は古参にむかって光る。そしてその灯りの中、私たちの酒は進む。楽しい事づくしである。


楽しいことは日本酒の味を覚えたことである。
安い焼酎も日本酒の一種だと思っていた私にとっては初めての「水のように飲める」であって、これが毎晩タダで出てくるのだから仕事の疲れも吹き飛ぶだろう。そして肴には上司のグチ。古参は地元民ということもあって毎晩家に帰っていた。泊まることもできたのに頑なに家に帰っていたのは私たちを気遣っての政治手法だったのかもしれない。静岡産の料理も抜群にうまい。朝五時から夜五時まで何十キロもある機器を扱うのは男にしかできない体力仕事とあって、その筋繊維の回復のためにと大量の賄が振舞われた。日本酒に合う濃い目の味付けである。ではこの賄、いったい誰が作っているのだろう?答えは三十後半から四十前半と思われる熟れた女性。人当たりが良く、男の扱いなど慣れたものだろう。素人三人衆の出勤日数は九十日を超えており、その瞳は獣の如くギラついていた、、。


 

zen8.hatenablog.jp

 

大谷翔平さまの格言

後出しはズルいのでさっそく言おう。世間の流れには乗りたくないひねくれ者の私だが、彼のプレーは「イチロー」を彷彿させ、単純に生物としての興味が尽きない。この生物を司るセリフは何なのだろうか?はい。わかりました、さっさと言います。「キレたら負けだと思っています」。

 

 

 

 

 

大谷翔平。最早、説明不要。
スーパースターの虜になったのはこの発言を聞いてからのような気がする。と、その前に私たち世代にとって翔平を語る前に素通り出来ない二人がいる。それはイチローと松井。後半まで駄文になるので飛んでもらっても構わない。

 

 

私はスポーツ選手の発言を聞くのが好きで、「この人はどれだけ視聴者の事を考えているんだろう?」と少し高みな見方をしている反面、「連戦の疲れは?インタビュアーの態度は?」といったフォロー側にまわることも忘れないようにしており、なるべく公平な目で選手を見るようにしている。私が特に好きなのはドキュメンタリーのような重いシーンではなく、ローカルな場面でのやり取りであって、それでも彼らは背景にいるファンのために気の抜けきった発言は控えているのだろう。この場面での発言は私たち一般人も参考にできるものが多く、微妙な距離の人間との会話などがそれに当てはまるだろう。イチロー信者であった私はローカル時の彼の発言を多く取り入れたのだが、上手く行くことは少なかった。クールな面白さというのは結果を出した者だけに許される特権であって、脆弱者が使っても反感を買うだけである。というかあれは反感だったのだろうか?反感というのは強者にだけ向けられるものであって、あれはスカシっ屁のような空気だった気がする。




「ZEN吉ってよー、尊敬っつーか好きな人とかいねーのか?」


年の離れた優しい先輩である。
だが、少し裏表が強い所があり、本人もその裏を楽しんでいる節がある。彼とは番記者のような信頼性を築くことは出来ず、そんな奴にはいつものイチロー節をかましてやることにした。


「えーと、、そうですね、、僕はあまりリスペクトってことはしないようにしているんですが、、。僕の力になっている。と、言う面では、、、。それは、イチローさんですね」


素直に「イチローっすね」って言えよ。
普通に寒いだろ。なにが僕だよ?マジで寒いわ。タバコの火消えんだろ。その変な間も止めろ。ってゆうか何でさん付け??お前直属の後輩なんか?


というツッコミを彼から頂ければ全て丸く収まったのだが、その時の私は第二次尖りブームという微妙な空気を放っている痛い時期であった。無視されるほどの敵はいないが笑いも起こらないといった「お前いる?」と思われる可哀そうなキャラである。そんな私に話題を振ってくれたこの先輩は本当に優しいお方なのだが私は彼の「裏」の部分を気にしてスカした態度のままである。自分だってメビウスの如き裏を持っているクセにあざとい奴である。


「あー、はいはいイチローねー!オレはイチローも好きだけど松井も好きだなー!やっぱり大人だなぁって思わされること多いもん!」


アンタも大人だよ。何故ならあなたは今ウソをついている。「松井好き=イチロー嫌い」だ。「イチロー好き=松井好き」は成り立っても逆は成り立たない。コレはもう理屈じゃなく我々日本人に流れている血がそう思わせるのだ。出る杭は叩かれる。別にコレは万国共通のことなのかも知れないが、、。


「僕ももちろん松井も好きですよ。でも我を忘れるくらい好きなのは、、イチローさんだけです。と、いうことになりますね」


「ふーん、、。たとえば?」


やべぇ、、。キレかけてる、、。
松井はそんなことじゃキレないよ、、。


「えーと、、。たとえば、、『イチロー262の言葉』。コレがもう僕、たまらなく好きで」


「へぇ、、。で?何かオマエが実践できてることってあんの?」


ねーよ。
んなもんできる訳ねーだろ。せいぜい2個だっつーの。オマエだって1個も実践できてねーじゃねーか。ダメだ。コイツ頭に血が上ってやがる。ゴジラ松井上陸だ。ここは笑いでも取って穏便に済ませよう。


「実践ですか?じゃあ今から名言しりとり始めましょうか?ふふっ。でもそれじゃあ僕が勝っちゃうし、一服も終わっちゃいますね。はい!これもイチロー流のギャグでした。ははっ」


、、、、、、、、、。


「よし。仕事始めるか」


寒い、、、。寒すぎる、、、。






このやり取りを見てわかるように聖人に成りたいなら万人が松井を目指せばいいだけで、私もそのことは分かっている。では何故、松井のようなグッドガイ賞になりたいと分かりつつもイチローに憧れるのか?それは彼のフォルムに他ならない。特に走っている姿はディープインパクト翔ぶが如く美しく、そして柔らかい。そして20年の時を経てそのフォルムを受け継いだのがお待たせしました「翔平」さまである。


プロのスポーツ選手とはただ立っているだけで美しい「花」だと思う。だがそれだけではスーパースターになることは出来ない。数々の受け答えで発せられた言葉が纏わりついて「華」に昇華するのであって、この種類はそんなに沢山あるわけではない。

 

まずは松井。動きとしては「固い」。そして重い。だが言葉は「柔らかい」。口を真一文字にしたウン!は他者の全てを受け入れられる度量の証明でもある。名は体を表す。「松」とはよく言ったものである。

 

続いてイチロー。動きは柔らかいというか「美しい」。柔らかいという表現では彼らに失礼であり、それにはもちろん翔平も含まれる。イチローの言葉は「鋭い」。何というか適切な表現が難しく、重いわけでも軽いわけでも、かと言って尖っているわけでもない。深く曲がった日本刀のように解析は困難であり、その過程で傷つく危険性がある。ざっくり言うとインタビュアーに安心感を与えるのが松井、危機感を持たせるのがイチローということになり、どちらの華も特別である。

 

最後に翔平。彼はスラムダンクの天才、仙道が好きだと言っているらしく、コレが全ての答えのような気がする。表向きは飄々としていたいのだろう。百年に一人の肉体を持ち合わせた上、マグマのような闘争心を内に秘め、対外的には飄々と対応する。もうバランスが完璧なのである。彼の発言は「曖昧さを美」とすることが多く、曖昧さとはこの上ない優しさであり、日本人の心に深く突き刺さる。だが実際の彼の行動は曖昧さとは真逆であり、全てを遂行してきた結果があの肉体なのだろう。その肉体が国民全ての共感を吸い上げることによって特大の元気玉を生み出し、それを童顔で飄々とコントロールするのだからこの華が散ることは考えづらい。彼が日ハム時代のローカル番組で何気なく言った「キレたら負けだと思っています(笑)」を聞いた時、この青年は食卓にいるおじいちゃんみたいだな、、と私は思った。「○○ちゃんや、、。キレてもいいけど、キレたら負けやで」。これをこの歳で使いこなすこの男はいったい何処まで行くんだろう?と思ったのが数年前。今や全国民が翔平さまを食卓に飾っている。



結局、人間というものは言葉で出来ている。
ここで翔平の格言を全て紹介することはできないが、彼が走る土埃が言葉の羅列に見えた時、あなたも信者の仲間入りだろう、、。

野球部シンパシー

少し変わったヤツでも団体行動に身を置けば、最低限の社会マナーが身に付き、その最も分かりやすい例が「野球部」だと私は思う。こう言うとサッカー部の人からは怒られるかも知れないが、別に構わない。だって野球部以外知らないんだもん。





野球部ヤンキー説は甘んじて受け入れよう。
言い訳など一切通用しなく、ただ調子に乗ってるの一点に尽き、彼らに対する憎悪は私とて同じである。結論を言うと、この「ベジータタイプ」の人間に私は共感するに至っていない。なぜならNO.1時代を経験しなかったからである。NO.1とは学校内での序列関係であって、それも欲が出始める中学生以降の話である。私の中学は代々野球部がNO.1になるしきたりであり、その理由は小学校に野球部しかなく、体力に自信がある奴がそのまま登るだけの仕組みだったからである。ということは私たちの代もNO.1を経験できるはずなのだが、悲しいかなそれを許さないのが上と下の存在である。


「谷間の世代」というのは確かに存在する。しかもこれを若いうちに経験してしまうと「どうせオレたちなんて、、」と負け犬根性が植え付けられ、それがウイルスのように蔓延することで世代全体の成長を妨げることになる。田舎のようなエスカレーター方式だとその効果は如実に現れ、マズイことに周りの大人までそれを隠そうとしない。いや、隠しているのかもしれないが態度がもう全然違うのである。


監督「よし、三年生は明日の試合に向けてフリーバッティング!!」

三年「ウェイッッ!!」

監督「二年は守備」

二年「ハイ!」

監督「聞こえねぇー!!」

二年「ウェーイッ!!」

監督「ちっ。一年生は三年生のバッティングピッチャー!!」

一年「ウェーイッ!!」

監督「おーし!いい声だ!!よし行こう!!」

全員「ウェーーーイッッッ!!!」


ちょい監督、、。あんた大人だろ?
オレら二年の気持ち考えたことある?センスねーのはしょうがねーだろ。そんなん生まれつきでそれが三年と一年に多かっただけだろ。努力で補える部分もあると思うよ。それをさー「おい、二年」みたいに養豚場のブタ見るみたいにさー。けっこうオレら気にしてるかんね。

しかもさー。普通一年が守備じゃね?いや、確かにオレらストライク入んなくて三年に怒られてるよ。ストライク入っても怒られるかんね。リズムがちげーって。マジで知らんわ。それをなだめるのが監督の仕事じゃねーの?部活動で大切なのってそうゆう所じゃねーの?


少し大袈裟に書いているが、まぁ、これに近いものは確かにあった。三年たちはもれなくヤンキーに育っていき、子分である私たちに厳しくする反面、出来の良い孫にはふんだんに愛情を注ぎ込んでいた。こうまでされると脱落者が出てもよさそうなものだが、私たち二年は元々争いを好まない「カカロットタイプ」が多く、リーダーは勉学に励む学年NO.1の秀才とあって、仲間に恵まれたとは正にこのことだろう。どうせ人間どこかで折れる。私の認識だと才能がないと言われてきた人間は「耐える力」が強いと思われがちだが、それは間違いで「折るスピード」がむちゃくちゃ早いだけであり、あまりにキレイに折るものだから絶えず超回復を繰り返しているだけである。この能力は社会でしか身に付かない後天的なものであって、逆にこれさえ身に付けばどんな性格でも許されるというのが、良くも悪くも我が国の現実であろう。この「まあ、いっか」主義を使う者を探すのが大人になった私の趣味であり、その絶好の場所とは、みんな大好き居酒屋である。




私は一人呑みをするほどの猛者ではないが、多数で入った時は会話そっちのけで必ず店員のオーラをチェックするようにしている。居酒屋に来る客など山賊のようなもので、その目付きたるやグラウンドに現れる三年と全く同じである。コイツらが現れた時どういうリアクションをするかがシンパシーポイントであって、これを楽しむだけに飲み会に参加していると言っても過言ではない。




お客様入りまーす


バイト1「いらしゃいませ!」

バイト2「っらしゃぁ~い」

バイト3「っらしゃいませぇー」


はい。簡単。答えは2番。
良かった。一人も居なかったら来た意味ねーだろ。もしかしたら3番もそうかもな、、。


野球部出身者は「ア」と「オ」が伸び上がる。
「さぁーこぉーい」「ちわぁーす」を何千回と繰り返した声はノドではなくハラに刻まれており、腹から出る声というのは少し低くなる。二十代のバイト君たちにその歴史を覆す時間はなく、私の的中率は80%といったところだろう。さて、答え合わせをしてみるか。


「ねえねえ、ちょっといい?」


「うぁーい!!」


もう確定じゃん。
マジでかわいいんだけどこの2番の子。
いや、オレそうゆう趣味ないよ。ないしオレより全然、経験豊富だけどマジで食べちゃいたい。どれ。少しカマをかけてみるか。


「君、もしかしてサッカー部?」


「すいません!自分ずっと野球部っす!!」


素直ぉぉ~~!!
ちょうだいちょうだい、もっとちょうだい。


と、そこに三年が茶々を入れてくる。
相変わらず面倒くさい奴らである。


「あっ、気にしなくていいぞ。こいつマジで友達いねーから。だからいつもこうやってバイトに絡んでんだ。なっ?マジうざいだろ?」


その言葉、180㎞で打ち返してやるよ。
友達いねーのお前も同じだろ。つーかマジで一人で飲みに来てくんない??何が「しゃーねーから付き合ってやるか」だよ。オレがいつ誘ったよ?てめーがバントのサイン出された時みてーな顔してるから「早く寝た方がいいんじゃないっすか?」って忠告してやったのに何で飲みに行く流れになんだよ?完全に裏でシバかれるやつだろコレ。ねぇバイト君、ちょっと助けてくんない?


「いえっ!全然ウザくないっす!大人の人の話聞くのってすごい勉強になります!」


大人ぁぁ~~!!
君一番大人だよ。スーパー一年生だよ。あるある。調子乗った三年が準決勝で負けて、そして二年の代は予選落ちで、一年の代で甲子園に行くパターンだよ。君たち一番偉いよね。オレらにも優しかったよね。まぁ、おかげで人気全部持ってかれたけどね。二年の女子まで君たちのこと好きだったからね。普通おんなって年下に興味ねーんじゃねーの?そんなこと学校で起こるもんなの??


「ちなみになんですけど、、。お兄さんたちにどうすればモテるかをご教授してもらいたいんですけど、、」


ホント優しいね君は、、。
でもゴメン。逆に教えて。君、絶対モテるでしょ。「お兄さん」なんて言葉キャバクラ以外で初めて言われたよ。「ご教授」なんて言葉使えるのは六大学リーグ以外あり得ねーだろ。ダメだ。優しさが逆に傷つく。これも野球部の悪いところだ。そこら辺はサッカー部を見習ったほうがいい。


パキッと折れる能力が備わっている私は、流れるように守備に移行できたが、未だにNO.1思考に取り憑かれている三年どもは気持ち良くフリーバッティングを開始し始めた。


「まず!女とは!」


「はいはい!女とは?」


いいって、そんなキラキラした目で聞かなくても、、。
どうせ大したこと言わねーから。君も無理して投げなくてもいいんだよ。


「乳首である!!」


「はい!乳房である!」


ホント終わってる、、。
何このやり取り??どこ打ってんの??隣のガラス割れてるって。それを一年に優しく直されてるんだから世話ねーよな。


「そして、、男とは!!」


やめてもう。
普通に恥ずかしいし声がでけー。
あれ??あの客カメラ撮ってんじゃない!?マジでやめて!撮ってもいいけどオレは写さないで!!


そこはスーパー一年生。
チンカス上級生の扱いなど馴れたものである。


「男とは!お兄さんたちのことである!!よおっ!皆さん拍手ぅ~~!!」


ワアーー!!パチパチパチ、、。


うん。
そりゃ甲子園行くわけだ、、。



と、まあこんな夜を繰り返しているわけだが、そろそろシメの一杯をいただくとするか。


お客様お帰りでーす


バイト1「ありがとうございましたー」

バイト2「ぁ~りがとぉうございまぁ~す!!」

バイト3「あーりがとうございましたぁー」


あれ??
もしかして3番。君、、、
野球部に憧れてたジーパン野球部かい??



しばらく趣味が尽きることはなさそうである、、、。

公人に笑われたら範馬勇次郎になってもいい

これは私が詐欺にあった時の話であって、「公人」とは警察官のことである。警察とは大変なところなのだろう。公務員特有の陰湿なイジメもあるだろうし市民から罵倒されることもあるだろう。でもね、、、笑うのはダメだと思うんだよね、、。





騙す人間ほど騙されやすい。
私は自分の事を詐欺師だと思ったことはないが、常に斜に構えながら「おっ、やるぞやるぞ、、、ほら、やった!」とバラエティーが好きな製作サイドの人間である。そのクセ、変にロマンチストな一面も持ち合わせ、終わった頃になって「あれ?間違った?」とキャスト側に回ることもあり、今回のストーリーがそれに当たるのだろう。




休日の昼下がり、コンビニから一人の男が出てきた。
郊外の駐車場の広いコンビニは家族連れで溢れ、子供たちは「あれも買って」と駄々をこねている。いつかは俺もこうなりたいものだ、と思いつつもそれが叶わぬ夢だとは自分が一番わかっているだろう。「ふう」と清々しい表情を作っているものの、パチンコで三万負けたという事実は拭えず、さらに三万を下ろしてリベンジを誓っているのだからそんな男の末路は知れている。ここで痛いほどパチンカスの心理を突かせてもらうと


やめてこの景色。何この一家団らん?この父親オレより若いんじゃない?いや、オレだってねヒマじゃないんだよ。青春謳歌してんるだって!さっきはたまたまフラれたけどね、これからまた告りに行くんだって!どう?うらやましくない?


「いいなぁお前は自由で」と既婚者が言う本音に混ぜられた皮肉に心底怯えており、「ここで明るい表情を出せないと全てで負ける」と無理をしてでも笑顔を取り繕うクセがある。誰もお前のことなど見ていないのに自意識だけは一人前である。


「あのー、すいませんちょっといいですかー?」


見ている人は見ているものである。
笑顔に引き付けられた見知らぬオッサンが私に向かって話しかけて来た。


あーはいはい。どうせまた道案内でしょ?マジでオレこうゆうオッサン引く確率高いんだよな、、。んな確率変動いらねーから。無駄使いだから。


「はい?どうしましたか?」


そう訪ねると「実はですね~」と言って、男は免許証を見せてきた。


何このオッサン??
どんな挨拶??どんな絵面??晴天の中での免許証交換とかカオスすぎんだろ。オレも出した方がいいの?つーか普通に恥ずかしいんだけど、、。みんな見てんだろ。


「実はですね、、。わたし出張でこちらの方に来てまして、、。こういう者なんですが、大変お恥ずかしいのですが財布をなくして困ってまして、、。何故か会社の方とも連絡が取れず、、」


一億個くらいツッコミ所はあるが、私は会話そっちのけで免許証の分析をしている。


まあ、偽造ではないな。シールを貼った痕跡もないし住所変更をした記録もある。たぶん本物だろう。


「なるほどー。つまりお金がないってことですね?貸しましょうか?」


「えっ!?ホントですか?ありがとうございます!!」


「まぁ、ちゃんと返してくれるんなら、、。ちなみに、おいくらですか?」


「大変言いづらいんですが、、。できれば三万円ほど」


オマエ見てたん??
絶妙すぎんだろ。うーんどうしよっかなー。たぶん次行っても勝てないしなー。徳積んどこうかなー。わらしべ長者になろっかなー。よし!なろう!


「いいですよ。でも念のため免許証のコピーと携帯繋がるかどうかの確認だけさせて下さい」


「はい!もちろん!ありがとうございます!」


お金を受け取ると男は颯爽に車に乗って去っていった。
こういう具合に見事三万を騙し取られ、何の恋愛要素もない話が終わった。

つーか普通に騙されないコレ??俺がバカなの??






「おい、昨日パチンコはダメだったんだけど面白いことあってよ」


男との出会いを同僚に話すと、いつもは爆笑になるはずのパチンコ談議が静まり返り、真顔での質問が返ってくる。


「えっ?まさか貸したの?」


「えっ?うん、、。だって免許証確認したし、、」


「そんなん何の保障にもならなくない?えっ?マジで?マジで貸したの?そうゆうネタ?」


あ、そっか、、。
えっ?チョット待って、、。コレめちゃくちゃ恥ずかしいヤツじゃない?ネタとかじゃないんだけど、、。普通に良いことしたと思ってんだけど、、。絶対広がるやつだろコレ。何で言っちゃったんだろ?まずいまずいまずい!!今すぐネタに切り替えろ!!


「ああ、、。そうなのよー!パチンコで負けた話ばっかりしてもつまんねーだろ。ほら、免許証のコピーも取ってんだぞ。面白そうだから名前検索してみるか、、」


「はは!全力だなー!んなもん出てくる訳ねーだろ」


「えっ、、。出てきた、、、」


「えっマジで?何て?」


「○○県の犯罪者、、。コソドロだって、、」


何で出てくんだよ。
どうゆう感情すればいいの?怒ればいいの?笑えばいいの?普通に金返ってくると思ってたんだけど、、。だって「二日後にこのコンビニで会いましょう!!」ってワンピースみたいな別れしたじゃん。あ、ダメだ。普通にイライラしてきた。


それをよそに「イーヒッヒッ」と爆笑する同僚の顔がさらにムカつきを増長させ、私は復讐を決心する。


「まあ、待てよ。落ち着けって。電話番号も控えてんだって。今からかけるから静かにしろって」


「出るわけねーだろ!!イーヒッヒッヒ!」


うっせー。マジで話す相手間違えた。


プルルル、プルルル、、ガチャ。


あ、出た、、。


「アーッハッハッ!ヒィヒィ、、。何で出んだよ!!さすが『コソドロ』!!」


マジで静かにしろ!!
失敗したらオマエから三万もらうかんな。


「こんにちわZEN吉さん。どうしましたか?」


どうしましたかってオマエがどうした?よくそんなセリフ吐けんな?


「えーと、、。お金足りてるかなって心配になって、、。三万なんて意外とすぐなくなっちゃうんで、、」


「あ、ありがとうございます!!そうなんですよ。色々、日用品とか買ってたらすぐなくなってしまって、、ええと、、もうチョットいいですか?」


なくなんねーわボケ。普通に一ヶ月持つわ。お前もパチンカスだろ?ギャンブルやる奴の「いい?」とか「いいですか?」って特徴あんだよ。クラッカーの歯クソみてーな臭いすんだよ。


「うーん、、。僕もそんなに余裕はないんですが、もう一万ならなんとか。困った時はお互い様ですし。それじゃあ約束通り、明日あのコンビニでいいですか?」


「はい!ありがとうございます!必ず耳そろえて返します!」


うっせー。何が耳そろえるだよ?何ちょっとウケ狙ってんだよ?マジでオマエ防御力低すぎない?満場一致でコソドロ認定だよ。




こんなにも面白いネタはないと、次の日、同僚もコンビニに着いてくることになった。余計なことはするなと断ったのだが、「凶器持ってたらどうすんのよ?ザコと言え犯罪者だぞ」という説得に負け同席を許すことになる。どうやら防御力が低いのはお互い様らしい。ここからの展開はつまらず、男はいつまで経っても現れなかった。おそらく面白半分に同僚が電話をかけまくったせいだ。C級犯罪者でもそれくらいは気付くだろう。


「あーあ。残念だったなZEN吉。もう少し面白くなるかなーって思ったんだけど十分楽しめたわ。えーと十万だっけ??まぁそんくらいの価値ある話だったんじゃね?」


と、少し物足りなそうな顔で帰って行ったのだが、私の落とし所は見つからない。


全然良くねーよ。お前のせいでストレスが消えねーじゃねーかよ。いいよねお前は。話盛るだけでヒーローになれるんだから。そのうち「三十万で掘られたww」とかなるんだろ?ふざけんな。経理の○○さんの耳にも入るじゃねーか。つーかマジで金返って来ないの??普通に三万って大金だからな?


落とし所を求め、私は警察署に逃げ込んだ。市民の味方などと神々しい印象は持っていなかったが、優しい対応しかされたことがなく、警察官に対するイメージは悪くはなかった。この時までは。


「すいません。先日詐欺にあってしまって、、」


「えーそれは大変でしたね。どのような形の詐欺ですか?」


あれ?何かいつもと違わない?
署内だからかな?リラックスしすぎじゃない?お茶飲んでるよオイ。


警察官にとって市内巡回とは営業の外回りのようなものなのだろう。そのプレッシャーから解放された彼らはテレビを見るかのようにネタを探しており、そのほくそ笑んだ顔は先程の同僚と全くおなじである。


しまった、、。場所を間違えた。
現場に来てもらえば良かった。しかも何人いるのここ?ちゃんと仕事しろよお前ら。


「どのような形と言われても、、。現金を直接取られたというか、、。渡したというか、、」


「えーと、つまりそれは恐喝や暴行ではないんですか?」


「はい。そうゆうのではないんですが、、。免許証を見せられて、お金を貸してほしいと言われ、、」


「ふう、ふう、それで??そのまま渡したと?」


いや、もう出ちゃってるから。
全員の視線コッチに来てるから。


「はい」


「ふう、ふう、ふう、ちなみにおいくらですか?」


「三万円です」


「ふう、ふう、ふう、ふう、ふう、ふう」


いっそもう笑えよ。出てけよ他の奴ら。人の不幸そんなに楽しいか?


「えーとZEN吉さんでしたよね?今おいくつですか?」


「今年で三十になります」


「うぷっ!ZEN吉さんね、、」


うぷ言うなコラ。


「ZEN吉さんね。あなたが優しい人だってのはわかったけどね。ふう、ふう、今の時代ね。ふう、ふう、ただでお金貸してくれなんていう人はね、、」


「あっ。でも免許証をちゃんと確認したんです!コピーも取ってます!車の車種も確認しました。黄色のコンパクトカーでした!」


「うん。それはさておきね。三十になってまでね。人を疑わないっていうのは、うぷっ、それはチョット何てゆうか、、」


聞けよボケ。
十分な物的証拠だろ。素人のオレでも捕まえれるぞ。


「えーと、そもそも何でこちらの警察署に来たんですか?」


は?そこまで言う?
ホント何コイツら?人の心ないんか?


「えっ?それはそもそもそんな案件じゃないってことですか?」


「あっ。違うの違うの。今回の場所は○○区の管轄なんです。こちらの方から話は通しておきますが、、。うぷっ、そちらの方にもう一度同じ説明を、、」


うぷっ。マジで吐きそう。
また?また公開処刑されんの?そんなニアミスくらいそっちで何とかしてくれよ。んじゃ最初からそっちに誘導しろよ。マジでぶん殴るぞ。


「わかりました、、。ちなみに取られた三万円というのは、、」


「うーん。たぶん無理じゃないかなぁー」


何で嬉しそうなんだよ!!






およそ十日後、警察から犯人逮捕の電話がかかってきた。絶対に私の渡した証拠が手がかりになったはずである。


「あ、ZEN吉さんですか。犯人捕まりました。コイツはね盗んだお金は全部パチンコで溶かしちゃってZEN吉さんの取られたお金は残念ながら返って来ません。コイツのように『チョロそうな人を狙って声をかけた』ってのを繰り返す犯罪者はたくさんいるから次は気を付けて下さいね。ははっ。それじゃあ失礼しまーす」


ははっ。マジでムカつく。
これからは全て拳で解決するわ。それじゃあ失礼しまーす。

今の語彙力で戦いごっこをしてみたい

「うわああーん!!」としか泣き叫べなかった時代が誰にでもあるだろう。その時の叫びは大人になった今でも覚えているもので、ただ過去のものにしてしまうのは些かつまらなくはないだろうか?思い出に残る作品たちよ、現在の語彙力を経てよみがえれ。




私は男なので姉妹間の戦いというのはよく分からず、想像で語っても失礼なので今回の話は男ものになるのだが、「男子も意外と考えているのよ!」ということを読者の女性陣に分かって頂けると幸いである。


私が子供の頃は、男子がいるどの家庭にもファミコンが普及している時代で、最低でもゲームボーイもしくはミニテトリスがないと「○○んちビンボ~」とバカにされる時代であった。そんなデリケートな問題を知ってか知らずか私の両親は「目悪くなる!」などと何の説明もないこの6文字をオウムの様に繰り返すのだから、私たちが反面文系脳になるのは必然だったのかもしれない。私と兄は純粋に「何で目悪くなるの?」と聞いてるだけなのに「○○ちゃんゲームやりすぎてメガネかけた」と人様の事情など知らないくせに、宗教じみた会話でこちらを洗脳してくるのだが、子供と言えど人権はある。覚えたばかりのオウム返しを喰らわせてやる。


「ねえ何で?何で目悪くなるとメガネかけるの?メガネって高いの?目悪いって何?ねえ、何で?」


ある意味、子供のセリフというのは最強なのかも知れない。業を煮やした両親は「目悪くなるって言ってるでしょ!!」と、遠吠えに平手打ちを合わせてくるのだから、負け犬ここに極まるである。当然、そんなのを喰らった私たちも「うわあーん」と鳴き喚くしかなく、その時の犬の鳴き声はこうである。


てめえマジでゲームボーイくらい買えや。つーかファミコンで目悪くなんならテレビ見んなボケ。そうゆう理屈だろ??今から壊せよ。何が『劇空間プロ野球』だよ?てめえの頭にホームラン喰らってろ。

ほんとコッチの事情も考えてくんない??
「えっ!?ゲームボーイもないの?」って言われるのって同窓会で「えっ!?千円もないの?」って言われるのと同じだから。死ぬほど恥ずかしいんだよ。困ったあげく「電卓ならあるんだけど、、」っつったら死ぬほど笑われたじゃねーかよ。イジメ確定だよボケ。つーかこんな山奥で育って目なんか悪くならねーって。目の悪さなんてただの体質だろ。てめーらの貧乏時代勝手に反映してくんな。俺らはモルモットじゃねーんだよ。


と、まあ、まだまだ言いたいことはあるがこんな感じである。結局中学生になるまでゲームは買ってもらえず、コンプレックスを抱えた少年期を過ごすことになるのだが、男子の成長に遊びは不可欠であって「戦いごっこ」のレベルも段々と上がって行った。近所に子供はいたが、田舎ではそれを集めるには少々時間がかかり、手っ取り早い遊び相手はいつも二つ年の離れた兄であった。小学生にとってこの二歳差というのは絶妙なハンディであって、力任せにくる兄をどうにかして倒せないかと、日々考えるのが私の楽しみでもあった。「戦い」とは雪国特有の細い竹を使って、ひたすら打ち合うという単純なものだったが、一発入った時の感触はとても気持ちがよく、入れられた方も素直に敗けを認められる清々しいゲームであった。


うーん。今日はどうゆう作戦で行こうか、、。
兄ちゃんは二刀流を気取っているが実際動いているのは右手だけだ。これは大きな弱点になる。使っていい竹は二本で選別は自由。欲張りな兄ちゃんは多分この二本を取るだろう。よし!勝ち筋が見えた!今日で主従関係が変わるだろう。


「兄ちゃーん!戦いやろ」


「いいけど泣くなよ」


いつまでも弟だと思ってなめやがって、、。
泣くまで叩くか普通?お前ホントに兄上か?今に見てろ。てめーの時代は今日で終わる。


竹の選別が始まる。
直径2cmに満たない竹だが、しなりがあり、折れるというのは考えづらい。重量もないので長いものを選ぶというのは必然であって、そこに目をつけた私は爺ちゃんに頼んで切込みを入れてもらったのである。


「じゃあ、いつものでいいや」


くくく。やっぱり長いのを選びやがった。てめーには遠慮ってもんがねーのか?コッチはいっつもお前のお下がりばっかり着せられてんのによ。その服ビリビリになるまで叩いてやんよ。


私は全く同じサイズのものを二本、時間をかけてじっくり選んだ。もちろんコレにも理由がある。


「おい。向き反対だぞ」


「いーのこれで。行くよ。よーいドン!」


北国の竹は先端に行くほど細くなっていき、そこで叩かれても痛みは少なく子供のチャンバラにはうってつけなのだが、もちろん根元は固い。そこで叩くというのは本来反則であり、そこで兄も語気を強めたのだが、止めきれなかった理由は私の持ち方である。片方だけ反対に持ち、双方とも短かったということで大したダメージは負わんだろうと警戒を解いたのだろう。


「うりゃうりゃうりゃー!!」


試合が始まると一刀流の私が攻勢をかける。
上下ぴったりと合わさった二本の竹は、鋼の強度となって兄を圧倒していた。


「ちょ、ちょっと待って!!」


待つわけねーだろボケ。お前オレがそれ言ったとき待ったか?青タンできるまで叩きやがって。今日で全部精算してやるよ。


とは言え、これで五分である。
二歳分の体力差など策一つでは心細く、そろそろ二発目が発動するはずである。


ミシミシ、、。


「待って!!この竹壊れてる!!タンマ!!」


人生にタンマなんてねーんだよ。つーかタンマって共通語なの?まだ使える言葉なの?


うりゃーーー!!


バキっ!!


「あー!!折れた!折れたぁぁーー!タンマ!タンマだって!!」


だったら左手に持ってるの使えよ。
テンパると人間ここまで我を失うものか、、。
もうお前から学ぶことは何もない。これからはオレが兄として面倒を見てやるよ。


憐れみからか、僅かな隙を作ってやった。
いや、憐れみなどではない。ぐうの音も出ないくらい叩き潰したかった。手負いの獣を仕留めてこその復讐劇だろう。獣は獲物を右手に持ち替え、殺す気でわたしに向かってきた。


コイツどんだけ負けず嫌いなの??
普通に殺す気だろ。兄とか姉ってそうゆう所あるよね。外では社交的なぶん、家ではシリアスキラー的な。全然バランス取れてねーかんな。それ喰らってるコッチの身にもなれっつーの。よし。世のためにコイツはここで始末しておこう。


ブオーン


と、兄の一撃が私の額に迫る。
それを刀で受け止めると、真っ二つに兄の竹が割れた。細工をしておかなければ、おそらく私の額が割れただろう。何せよ獲物は捕獲した。さて、どうしてくれようか。


「う、うあ、、。やめろ。コッチ来るな」


沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理。だったら敗けを認めろ。じゃなきゃこのまま叩き潰す。


これがまずかった。
感傷に浸らず、すぐに始末すれば良かったのだ。私は継國緑壱などではない。手負いの鬼は折れた獲物を容赦なく私に突き付けてきた。しかも顔めがけて。


ザクッ!!


ささくれた凶器が額に突き刺さり、当然「うわあーん」と泣き叫ぶ。本日最後の回想シーンである。


お前マジで死ねよ。
遊びにも暗黙の了解ってもんがあんだろ?牙突とか一番やっちゃダメだろ。しかもゼロ式。下手すりゃ失明してるかんなコレ。現に流血してるし。せめて親いる所でやれよボケ。現行犯だろ。お前ごときのために親に泣きつくのシャクに障るんだよ。弟にだってプライドがあんだよ。

ホントお前ら何なの?
この件だけじゃねーかんな?つらら刺してきたり、石投げてきたりよぉ。普通に危ないってわかんない?だからファミコン買えって言ってんだって。失明するよりマシだろ。なんでオレより生きてるくせにそんなことも分からないの?よし。わかった。他人てそうゆうもんだよね。人間って難しいよね。チャンチャン。




と、このような物語が各自、山のように眠っているはずである。
無限に娯楽が供給されるようになった現代。自己満足でいいので内なる娯楽を掘り起こすのも悪くないだろう、、。

下田港で愛を叫べ!!

伊豆半島南端の地「下田」。言わずと知れた黒船来航の地であり、外国人に別れを告げるには相応しい場所であろう。これは前記事『モテない奴が外人にモテるってホント?』の続きになるのだが、ウジウジ男の本音を聞いて頂きたい。



彼女「キャシー」は、少し褐色がかった肌に真っ白な歯。目鼻立ちが整っており、ストレートな感情表現がその美しさを際立たせていた。「つーかオマエ外人なら誰でも良かったんじゃね?」という芯を食った質問には「ん?え、、いや、、」と困るしかないだろう。なぜなら図星なのだから。


「初めて」の人というのは恐ろしい。
相手にその気があろうがなかろうが本人がそう感じ取った時点で一節が始まるのであって、その厚さときたら他のページを破り捨てる勢いである。わたしは人間というものを平等に見ることを心掛けており、「何かクールでカッコいい」という中学生のような動機だが、これまでの人生に置いて役立つ局面が幾つもあったので「俺はコレが性に合う」と平等主義を貫いていた。例えば家族。一般的な嫁・姑問題や兄弟間の派閥争いなど、一つの家庭で起こっている事は社会の縮図なのだろう。コレに一喜一憂するのは止めよう、本筋の性格はコレで行こう、と大家族の中で育ってきた私の性格はある意味頑固であり、それが出会いの場の障壁になっていたのかもしれない。何にせよ私は遅ればせながら「初めて」に出会いそしてフラれた。アメリカ人の彼女に。


そもそも付き合ってすらいないが、私たち非モテ共は「大切な人」とアプローチされた時点で「付き合う」もしくは「婚約」に発展できる非常に便利なハートを持っており、その蒸発を押さえるために頭は常に冷やしておかなければならない。


「大切な人だから言いたかった。人生どうなるか分からないけど、その人と進みます」


と、言われ私はフラれた。
ここで彼女と私の見ている文節が違っている。彼女はメッセージが重くならないように「どうなるか分からない」と付け加えただけで、「進みます」というのは婚約への決意なのだろう。なのに私ときたら、


終わったぁ、、。ぐすん、、、。
うーん、、。ヤバい。立ち直れない、、。どうしよう、、。
あれ?ちょっと待って、、。「どうなるか分からない」って何??つまり??オレとキャシーも、、どうなるか分からないってこと?何これ?スゲーいい言葉、、。


と、終わった思い出を掘り返すつもりでいる。
こうなってしまうのは仕方がなく、飛びすぎているのである。せめて一段、いや、二段階格上人種である「関西人」の女性と付き合えていればこんな愚かな思考には至らなかったであろう。「ほんまアンタのこと好きやけど、アタシ行かなきゃ。またな」くらいの一言を食らっていれば耐性も付いただろうに、そもそも異人キャシーと知り合えたことが私にとって奇跡であって、良い夢は目覚めても中々抜けないものである。


いや、オレだってね。分かってるよノーチャンスだって。色々やったよ。仕事に没頭とか新しい出会いとか。でも消えないんだって!いつもは消える言葉がハートに巻き付いてるんだって!ブーメランだ。今までオレが逃げるために使ってきた「わかんない」が鎖付きで戻って来やがった、、。


ダメだ。このままだと不整脈になる。旅に出よう。静岡だ。緩やかな景色を見て心を落ち着かせよう。


とにかく暖かい所に逃げたかった。彼女もわたし同様に北国の冬を過ごしており、ここでひとり旅を選択している時点で勝負がついているのだが、負け姿くらいはカッコつけてもいいだろう。初めての静岡県は何故か富士山より伊豆半島に惹かれた。雄大な富士は決別には相応しくなく、下田の古い町並みを眺めている時、勝手に右手が動いた。


「キャシー久しぶり。今年はどうするの?同じ仕事?」


女々しいやり方だが、別れから半年以上経っており、いち「友達」としてなら自然な内容だろう。


「Waaa!!ZEN久しぶり!同じ仕事だよー。ZENは元気だった?」


返信が早く、やけにテンションが高い。
アメリカに戻っていなかったのが救いだが、何かいいことがあったのだろう。当然、私が「友達」として見ていないことは彼女も分かっており、長い在日期間で日本人はそっちにシフトチェンジしづらい民族だということも体験済みなのだろう。その事を折り込んだ上で、私は彼女からの報告を待っている。本当に女々しい奴である。


「僕はいつも元気だよ。キャシー何してるか気になっただけだよ」


「ワタシも元気ですよ!ZENは聞きたくないかもだけど、嬉しいことありました」


こちらの返信まで早くなった。鎖がほどけていくのがわかった。


「わかった!!やっぱり!!」


「Oh~!早いですよ!当たりね。ワタシ結婚しちゃったよ!ZENにも応援してくれると嬉しいです」


今さら涙など出ない。
これを待っていた。涙が出るとしたらそれは嬉し泣きだ。シチュエーションに酔いたいだけの泣き上戸だ。その後いくつかのやり取りを重ね、最後に「バーイ」と送った。おそらくコレが最後になるだろう。いや、最後にしなくてはならない。そのための死に場所探しだろう。





「こんにちわー」


早咲きの河津桜が咲く遊歩道を歩いていると、すれ違う人々が挨拶をしてくる。老夫婦に道も訪ねられた。持前の笑顔が戻っているのだろう。が、まだ何か胸につっかかっている気がした。


うーん。何か違う。
まだ春の訪れって気分じゃあない。キレイだよ。キレイだけど入って来ない。空にしよう。思いっきり叫んで全部空にしよう。


古典的だがコレが一番良いと、展望台のある小山に登った。太平洋が一望できる素晴らしい眺めで、おそらくこの景色は江戸時代から変わっていないだろう。周りには誰も居なく、叫ぶならこのタイミングだが何かまだ腑に落ちない。


うーん。コレも違う。
見届けてどうする。結局この距離をつめようとしないから、結果が出ないんじゃあないのか?距離とゆうか高さだ。もう俯瞰するのは止めにしないか?最後までコレは卑怯じゃあないか?足並みくらいは揃えよう。


そう思い、海抜ゼロ地点まで戻ってくると、絶好の島を発見した。その島は陸から細い一本道で繋がっており、転落の危険のため立入禁止のゲートがあったのだが、そんなのはお構い無しである。


来た。オレためのアイランド。
邪魔するなこのゲート。跨げる程度の立入禁止なんてたかが知れている。よいしょと、、。


すると


「あんちゃん、危ないよ」


と声をかけられた。おそらく釣人だろう。


あーもう。今のオレは立入禁止なの。
大丈夫、自殺とかしないから。そんな度胸ないから。でも、海保じゃなくて良かった。浮世離れした釣人なら通じる話もあるだろう。


「ちょっと大事な用があって、、。大事なことなんです」


「おっそうか。邪魔したね」


おそらく、この男も私に近い人種なのだろう。
男の表情に感化されたのか、島までの道のりに「思い出」が「想い出」となって戻って来る。


新天地まで追いかければ良かったのかな。
英語を習えば良かったのかな。
家族に紹介すれば良かったのかな。


未練はある。もうコレは物理的に解決するしかないのである。今まで出したことのない声で枯れるまで叫ぼう。目的地に着き、水平線が広がる。やっと平等になれた気がした。


アメリカの方向はどっちだ?彼女は中部生まれだ。中途半端な声じゃ届かないだろう。名前だけでいい。それで全て終わりにしよう。
大きく息を吸い込むと、蒸気の匂いがする気がした。この場所を選んで良かった。よし、行こう。


キャシィィーーー!!!


と、三回叫んだ。
こんなのはドラマの中だけでの解決法だと思ったが、声というのは素晴らしい。ヘトヘトになるまで練られた砲弾は、太平洋に向かって二人の門出を祝う「祝砲」となって消えていった。帰路につく私の足取りは軽く、それを見た釣人が話かけてきた。


「用、済んだかい?」


「はい。全部終わりました」。




終わりがあるから始まりがある。
割りと好きな言葉である。


zen8.hatenablog.jp