酒蔵で働こう1

日本酒とは日本の文化である。昔はライスワインと言われていたが今ではSAKEが我が国のブランドである。それに対して働き手は圧倒的に足りていなく、文化を守るというのはそれだけ難しいことなのだろう。1シーズンしか働かなかった私がその感想を物語風に書いていきたい。






「ZEN吉さん、良かったら今年酒蔵に来ない?」


旅先でのバイト仲間が唐突にそう言ってきた。


「えーと、、オレ酒はあんま興味ないんですけど、、。ちなみに場所は?」


「静岡。冬は雪ないし、ええ所よ」


「静岡!!行きます行きます!!」


建設作業員として働いていた私は冬の現場に嫌気がさしており、噓みたいな話だが厳冬期でも工事は止まることはなく四六時中雪かきをしながら作業を進めている。酒造りの大変さも想像したが、このまま雪国にいるのと差ほど変わらんだろうと思い、答えを即決したのだった。11月~2月の四か月間を休みなしのぶっ通しで働くと聞いた時は正直ゾッとしたが、これも若いうちにしかできない良い経験だろうという事と静岡県に対する良いイメージが背中を押した。おそらく他のメンバーも似たような理由だったのだろう。私に声をかけてきた優しい男は酒造りの最高責任者である杜氏(とうじ)さんであり、酒に興味がなかった私は友達感覚で接していたのだが、メンバー集合の際、一人の古参が話す素振りを見て、杜氏とは神の依り代に近い存在なのだろうという印象を持った。


「みんな、遠い所から集まってくれてありがとう。長い戦いになるけど力を合わせて頑張って行きましょう」
「みなさん初めまして。僕、素人だけどよろしくお願いしまーす」
「初めまして、オレも初心者だけどよろしく」
「何だ、みんな初めてか。良かった~」
杜氏!!今年も至らない点があるかと思いますが、どうか宜しくお願い致します」


酒造りとは毎年ワンチームで動くのが理想だが、そんな理想論が続けられるのは稀らしい。今回のメンバーは私を含めた素人衆三人に古参一人、この四人で酒造りを行っていくことになり、杜氏というのは現場監督のようなもので事務仕事が多く、基本的に作業には参加しない。しないのだが、十分な酒造り経験が認められた蔵人が任命されてなるのが杜氏であって、正に文武両道といった所だろう。この明らかな年下に向かってヘコヘコするのはそれだけ杜氏が偉大ということなのだが私たち三人にとって彼は「友達」の域は出ておらず、変にかしこまる必要はないだろうといった空気であった。そしてこの空気のしわ寄せがすべて古参に向かうことになるのだが、彼にも問題はある。少し頭が固すぎるということである。


「○○さ~ん!早く指示くださーい」


「はいはい。もう少し待ってください」


「○○さ~ん。ここ、こうすればいいんですね?」


「今、わたしコッチやってるんであと30分待って下さい」


仕事が始まるとこのようなタイムロスが日常茶飯事で私たちのフラストレーションも溜まっていった。もちろん、この古参も素人三人衆を相手にするのは楽ではないと思うが、素人と言っても仕事歴は十年近くあるのだから省いていい説明もあるだろう。変に知ったかぶりはしないで下さいと念は押されていたが、ここまで作業が進まないとこの後の工程で地獄を見るのは明らかで、食品を作る上で焦りが禁物になることぐらいは誰でも分かると思うのだが、、。ここでプッツンしないおおらかな人間をわざわざ季節バイトをしてまで杜氏さんは集めていたのだが、できる派遣とできない社員の相性は最悪である。短いながらも季節アルバイトを経験して思ったことは、みな仕事ができるということである。というよりできる人間しか残らないといった感じで、彼らは効率よく血肉に変える術に長けているのだろう。対して私はどちらかいうとデキない社員寄りであり、古参の気持ちも分からなくもない。杜氏から酒造りを一任された上、それが文化遺産とあっては狭い視野がさらに狭くなるのだろう。古参のメンタルはかなり強そうだったが衝突は時間の問題だなと思った私はせめてもの償いとして衝突した時は古参側につくことに決めていた。私と古参との衝突もあったのだが、、。


酒造りとは分業制であり、自分の担当する部署をやり遂げることが第一であって杜氏さんが素人を呼び寄せた理由の一つがこれだろう。精密な指示は自分が出すのであなた達は素直に言うことを聞いて下さいというのが本音であって、誘われた際「えっ?おれマジで何もわかんないっすよ」の返答には「ええねん。ホンマそれがええねん」と、今までの苦労が滲み出た表情をしていた。おそらく若くして杜氏になった彼は、年配の蔵人との間で相当な苦労をしてきたのだろう。今回の徴集は彼にとっても大きなチャレンジであって、上手く行けば十数年継続できるワンチームが作れるだろうという思惑もあってか私たちに雷が落ちることはなかった。当然その落雷は古参にむかって光る。そしてその灯りの中、私たちの酒は進む。楽しい事づくしである。


楽しいことは日本酒の味を覚えたことである。
安い焼酎も日本酒の一種だと思っていた私にとっては初めての「水のように飲める」であって、これが毎晩タダで出てくるのだから仕事の疲れも吹き飛ぶだろう。そして肴には上司のグチ。古参は地元民ということもあって毎晩家に帰っていた。泊まることもできたのに頑なに家に帰っていたのは私たちを気遣っての政治手法だったのかもしれない。静岡産の料理も抜群にうまい。朝五時から夜五時まで何十キロもある機器を扱うのは男にしかできない体力仕事とあって、その筋繊維の回復のためにと大量の賄が振舞われた。日本酒に合う濃い目の味付けである。ではこの賄、いったい誰が作っているのだろう?答えは三十後半から四十前半と思われる熟れた女性。人当たりが良く、男の扱いなど慣れたものだろう。素人三人衆の出勤日数は九十日を超えており、その瞳は獣の如くギラついていた、、。


 

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