歩道橋の上で本田圭佑になる

これは私がフラれた時の話であり、私は本田圭佑が大好きである。サッカーのことはよくわからないが、彼の自信とチャレンジングな姿勢を見ているとエネルギーが湧いてくるのである。そんな数多くの人にエネルギーを与えている彼を私のようなものに憑依させるのは大変おこがましいのだが間違いなくあの日、あの歩道橋の上には本田圭佑がいたのだ、、。

 



こんな私だが女友達一人くらいはいる。

「ZEN吉ってさー、何で顔は普通なのに彼女できないのー?だれか紹介してあげよっかー?」

「普通」。
私の髪の毛はこの言葉にピーンと反応した。一般的な男性であれば「紹介してあげようか」のモンスターフレーズに飛びつくだろうが私には響かなかった。私は幼少期から顔のある一部分にコンプレックスを抱えていたからである。

それは「鼻」。
プロ野球でいうセンターライン、アイドルグループのセンター、それらと同様の重要部位である「鼻」が私は低かった。子供で鼻の高い子などいなく、そんなの気にするだけ無駄なのだがニヤニヤするクセがあった私は日に日に鼻が低くなってるのではないか?という疑念を抱いていた。

やっぱり、オレの鼻って低いよな、、。
ニヤけるのをやめるのは無理だしな、、。
ん??何だ、、。この骨なんか柔らかくないか?

目頭の下の鼻を形成している骨があきらかに柔らかいと感じた、、。実際に柔らかいかどうかは分からないが、何とかしたいという気持ちがそう思わせたのだろう。

よし。行ける、、。
今のうちに解決するんだ、、。大人になって骨が固まってからじゃ遅い。
ペンチ、、。ペンチはどこだ?

人間の子供とは思えぬ速さで納屋からペンチをもってきた私は、さっそく鏡の前でペンチに力を入れた。

い、いたい、、。
でも、大丈夫。たぶんこれくらいしないと意味がない。

さらに力をくわえる。

む、むり、、。もう折れる、、。

と思い、やめようとしたのだがペンチが骨にかんで中々はずれなかった。選んだペンチが悪く、回して強さを調整するタイプのものを使ってしまい、緩めるつもりがテンパってきつくなる方に回してしまった。体では痛いからやめろと思っていても、本能で鼻が高くなりたかったのであろう。


うあぁぁ~~!!!


めり込んだペンチは運よくはずれ、骨も折れてはいなかったのだが、翌日、赤紫になった鼻を見た同級生がマントヒヒみたいと言ったことで「マントヒヒZEN吉」という非常に語呂のいいあだ名が三年間も定着するはめになった。

ZEN吉家では特にしつけというものがなく、私がこのような奇行に走っても「また、馬鹿なことして~」程度で済み、これが私のような、はぐれメタルが生まれた原因の一つだと思れる。さて、話を現在に戻そう。



顔が普通?
今なんて言った?ちゃんと顔って言った?てかホントにそう思ってる?

女性にほめられたことはあったがそれは外見ではなく、ボランティア活動をしていたときなどの「ご苦労様です」と言われる程度のものであった。

「で、どうすんの?紹介」

間違いない、、。間違いなく彼女が言っている。
しかも紹介だと?これ以上の褒め言葉はないだろ。外見だけでなく中身も認められたということだからな。

呪いが解けた。
正直、顔のコンプレックスというのはほとんどなくなっており、生きていればそんなことは気にしていられない。が、女性からの褒め言葉というのは全てを祓う浄化作用がある。心が軽くなった。よし、行こう。

「ん?ああ」

うわぁ、、。マジで終わってる、、。
違う。オレが言いたいのはこうじゃない、、。

はぐれメタルここに極まるである。喜びの思いも感謝の気持ちも伝えられないのである。新たに呪いがかかるくらいショックであった。そこに彼女の救いの手が伸びる。

「もう!素直になってよ!もうZEN吉の連絡先伝えてあるから!はい、これ〇〇さんの。あとはお互い好きにして。じゃーねー!」

完璧である。
女性という生き物は常に男の3ステージ上で生きている。彼女はこれからも一切の詮索をしてこないであろう。帰ろうとする彼女を呼び止めた。

「ちょっと待って!、、、、ありがとう」

言えた。また心が軽くなった。

それからの展開は早く、何と三日後に会う約束が出来たのである。待ち合わせ場所は駅前、、、。「歩道橋の上」。

 




当日になり、私は歩道橋の上で待っている。

○○さんとはどういう人なのか?
メッセージのやり取りで感じたことは、決して軽い女ではないということだ。
「メッセージなんて何とでもできるじゃ~ん」と言い返す和風シンディローパーは少し黙っていただきたい。短いながらも整った文章。質問のやわらかさ。平仮名、片仮名、漢字のバランス。少ないやり取りではあったが、彼女が素晴らしい知見を持ち合わせた女性であるということは容易に想像できた。そんな彼女からメッセージが届いた。

「すみません。少し遅れています。寒いと思うので下で待っていて下さい」

いや、ワクワクしてるから全然寒くないっす、、。
でも、ここは素直に従おう。モテない男子はひねくれる傾向が強い。オレは違うけどな、、。

歩道橋の上は風が強い。下に降りて待つことにした。

うーん。遅いな、、。
迷ってる??だから上で待ち合わせの方が良かったんじゃない?

20分くらい待ち、少しイライラしているところに驚愕のメッセージが届く。

「すみません。緊張のあまり、臓腑が痛くなり会えそうにありません。今日は帰ります。本当にすみません」


バカな、、、。
そんなことってある??

しばらく動けなかった。

緊張で臓腑が痛くなるってどうゆうこと?
普通におなかって言えばいいじゃん!
ダメだ。単語の破壊力が強すぎる、、。何も考えられない。とりあえず歩道橋の上に戻ろう。
やばい、臓腑が痛くなってきた。



上からの景色を見て私は納得した。

なるほど、、。人がよく見える。
顔や表情、生き様や価値観までもが見透かされているようだ。彼女はここから私を見て、そしてこう思った。

「あっ、、。コイツだめだ」と。

私という人間が彼女のセンサーに拒否反応をあたえたのだろう。あえて「臓腑」という難しい言葉を使ったのは、わたしは変わった女ですよという彼女なりの優しさなのだろう。事実、先程まで私はこの言葉を受け入れていなかった。

だが、フェアじゃないだろう、、。
せめて同じピッチで勝負してほしかった。PKでいい。彼女がキッカーでいい。私は動けないキーパーでいい。今回の彼女の行動は観客席からしたもので対等な人間のやることではないだろう。


ふと周りを見渡すと皆楽しそうに歩いている。
UAEの選手に見えた。
私は腰に手をやり、天を見上げた。

本田圭佑がいた。




家路につくバスの中で私は考えている。

初デートを楽しみにしてきた女性を50m先で引き返させるという悲しき念能力とこれからどう向き合っていけばいいのか、、、。わからない。

彼女は私の友達に何と報告するのだろうか。今度は「齟齬」などの常人では決して思いつかぬような言葉を使うのだろうか、、、。わからない。

バスから見える古い街並みが心を洗う。エンドロールが流れる。安い映画だった。疲れた、、、。



「お兄さん。着いたよ」

寝てしまっていた。
優しい運転手の声に起こされた私は上手く反応できなかった。どうやら人間ショックを受けると幼児退行化現象が起こるというのは本当らしい。

「お兄さん」

まだ、反応できない。乳児まで戻ってしまっている。早くしなければ、、。
運転手はストレスのかかる仕事だ。どんな人でも鬼を宿している。この人が豹変する姿はみたくない。

「ん、うーん」

戻ってきた。あと5秒。

「ちょっと、お兄さん大丈夫?」

もう少し待ってくれ。あと1秒。

「ちょっとアンタ!!ほんと大丈夫かい!?自分の名前分かるかい!?」



、、、、。


「ケイスケ・ホンダ」

資格試験 2

建築士試験は「学科」に受からなければ実地試験の「製図」に進めないのだが、受験生にとって悪魔のような救済措置がある。それは「学科」で合格点までわずかに届かなかった者ももしかしたら受かるという仕組みで、用はお上が決める合格者数の調節である。

もしかしたら受かると言っても確率にすると10%以下で、合格発表までの間その受験生たちはどういう気持ちで待っていればよいのだろうか?「製図」の準備には金もかかり、無策で受かるようなものではなく、一か月半後の学科の合格発表を待っている時間などはない。周りからは絶対落ちているから無駄なあがきはするなと言われるが、受かっている可能性を捨てるわけにもいかず精神不安定な状態で勉強に取り組まなければならない。
そしていざ合格発表で落ちていることが分かれば、それまでの努力の無駄骨感は凄まじく「ほら、だからムダだって言ったじゃん」なんて言われた日には思い切り右ストレートを喰らわせてもいいだろう。運良く合格点ピッタリだった私はこの想像をした時、身震いしたのを覚えている。



さてこの製図。
イメージ的には「図工」の感じがするのだが、こんなもの最早「体育」である。しかもフルマラソン

学科試験の時に100㎏超のデブを何人か見かけたけど、あいつらどうしたのかな??動けるデブだったのかな。

とにかくひたすら図面を描き続け、まずは走るスピードを上げて行かないと勝負にならならない。作図スピードさえ付いてしまえば意外と何とかなるもので、建築士を目指すものに図工が大嫌いな人間は少なく、後は自分に酔いながら図面を作成していけばいいだけだ。

と、言っても所詮は素人。
自分の能力を確かめるためにも模擬試験に参加することにした。



製図試験は相対評価であり、いくら自分の出来が良くても周りがそれ以上に良ければ落ちてしまうといった残酷なものである。ライバルたちの実力を計るといった意味も含め資格学校が開催している模擬試験に参加したのだが、Aランクの者というのは試験開始前からわかるものである。

ちっ、ニヤニヤしやがって。
建築学生が。女としゃべってんじゃねーよ。うらやましいなコラ。

この者たちは数パターンの模擬試験全てで合格基準に作成させる能力を持っており、もう怖いものがないオーラが全開なのである。もちろん講師のお墨付きである。

だから学校に通いたくなかったんだよ、、。
こんな姿毎日見せられたら憤死するわ。早くお前らも社畜の仲間入りしろよ。


試験が終わると思った通り、Aランカーたちは非の打ち所がない図面を完成させていた。ここで最も大事なことは私の現在のポジションがどこにあるかである。講師に教えを乞うふりをして会場全体を見渡した。

B級の下位だな。
まずい、、、。このままだと落ちるな、、。
今この会場にいる四割はB級中位以上の実力を持っている。本試験は上位50%が受かると言われているが、今のままでは運の要素が強すぎる。せめてオレもB級の中位まで実力を上げなくては、、。ならばどうする?
本試験まであと二週間を切っており、出来ることなんて知れている。あとはメンタルの調整だけだ。何かエネルギー源になるようなものはないか?

私は素材を見つけるためにもう一度周りを見渡した。すると奇異な視線を集めている一人の受講生を発見した。

いた!こいつだ!
Gランカーだ!
なんだその図面は?どうやったらそんな図面になるんだ?一面真っ黒で脂汗がしたたり落ち、ヘドロみたくなってやがる。どんだけテンパってんだよ。
その設計図でお客さんに何て説明するんだよ。土地の地目変更「ゴキブリ」にしときましたって言うのか。つーかそんなゴミ図面早く隠せよ。恥ずかしくねーのかコイツ。

人間というのは本当に醜いもので私の心は一気に軽くなった。志々雄真実が言った「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」というのはまさに真実であろう。あの時、力を与えてくれたG君には感謝してもしきれない。おかげで万全の状態で本試験に臨むことができた。



学科の時と同様に本試験でやることは変わらない。今さら能力が伸びるわけはないのだから冷静に周りにツッコミを入れるぐらいの精神状態がベストであろう。

何でみんなエナジードリンク飲んでんの?
この女なんて2本飲んでるよ。ストリップでも始めんのかよ。

このオッサンにいたってはタンクトップだし。キモいんだよ。オマエのわき毛なんて見たくねーんだよ。

本番中の記憶というのはこれくらいしかなく、なんせ5時間ぶっ通しで図面を書くのだからフルマラソンという表現は決して大げさではなく私も必死だったのであろう。

試験後の手応えは全然なかったのだが、即失格になるようなミスはしていなく自己評価では40%で受かっているだろうと思っていたのだが、その%は1級建築士の大先生と話していくうちにほぼ0%まで落ちることとなる。


資格学校では本試験時のダミーを持っていくと学校自慢のスーパー講師たちが採点をしてくれるサービスがあり、設計図のような正解がないものは彼らプロに任せるのが一番であろう。

採点待ちをしていると教室からげっそりとやせ細った受験生が出てきた。おそらく落第宣告を受けたのだろう。

 

学校に通うためにローンを借りたのではないだろうか?会社には何て報告するのだろう?完全に生気を失ってやがる、、。もう少し優しい言い方をしてやれなかったのかな?

「はーい。次の人どうぞ~」

来たな。オレは負けないぞ。

教室に入ると浴衣姿で扇子をパタパタさせながら、ひとりの男が笑っていた。

何その恰好?
一応仕事じゃないのアンタ?
前から思ってたけど1級建築士ってクセ強い人多いよね?まあいいや、、。人は見かけによらない。

「えーと、これなんですけど。あんま自信ないすけど、、、」

ダミー図面をわたすと男はもの凄いスピードで×印を付けていった。そしてキッパリ

「うん!全然ダメ!」と言ってきた。

いや、言い方ってもんがあるだろうが、、。
しかも何で嬉しそうなんだよ。ダメなのお前の人間性だろ。

「そんなダメすかね?ここなんかオレなりに工夫したんすけどね、、」

「ダメだよ~。オレが客なら絶対こんな家買わないね。ここなんかもっとこうしてよ~。こんなの初歩中の初歩よ?」

こいつホント講師か?
オレただの素人の受験生だぞ。こんなのただのイジメだろ。マジで来なきゃよかったわ。

その後も容赦ないダメ出しが続き、私の渾身のダミー図面は×印で原型をとどめないほど埋まってしまっていた。

「もうわかりました。つまり今回は落ちたってことですね?」

と、投げやりな捨て台詞を吐くと

 

「いや、それはどうかな~。ただかなり厳しいのは間違いないね」と変な優しさを見せてきた。

もう一思いに殺してくれよ、、。
まあ、これで良かったのかもな、、。ダメなところはわかったから、また来年頑張ろう、、。



その後、合格だという報告を聞いた時はうれしいというより驚いた。
何やら合否が決まっていない採点では、かなり低めに評価することで受験者が落ちていた時のクレームを防止する効果があるらしい、、。あとは建築への正しい知識を得るための愛のムチだとか、、、。

ホントかよ?
オレには楽しんでいるようにしか見えなかったけどな、、。



資格試験に挑んで良かったと思うことは、いい「思い出」を作れたことである。
試験のような勝ち負けがはっきりとしているものはストーリーが面白くなる。それに比べれば勝った自信なんてものはちっぽけなものなのだろう、、、。

資格試験 1

2級建築士の試験を受けた時の話である。結論をいうと紙一重で受かったのだが勝者として語るつもりは一切ない。運悪く落ちてしまった人々の気持ちを存分に憑依させながら二部構成で記事を書いていきたい。



これは決して被害妄想ではないのだが私たち現場作業員はどうもチンピラに写るらしく、そのことをある程度は認めつつも腑に落ちない思いを私は常に抱いていた。確かに一定数のチンピラっぽい人間はいるがそんなものは何処にでもいるし、人間一皮むけば誰でもヒャッハー系になれる素質を持っているだろう。仕事柄どうしても出てしまう服装の乱れや野性味が人々に粗悪な印象を与えるのだが、それをカバーするために人一倍あいさつに気を付けている心優しい職人さんはたくさんいるし、それでも彼らを蔑みの目で見るのであればそれはただの人種差別であろう。私は運良く差別的な言葉を浴びせられたことはなく、性格も鈍い方なのだが、あの視線はどうも胸に引っかかる。

何だお前らのその蔑んだ目つき?どうせお前らだってFラン大だろ?見下しやがって、、。
ならばどうする?
わかってる、、。結局これはオレの内面の問題だ。手っ取り早く自信をつけるには国家資格がいいだろう。ちょっとは箔がつく。所詮2級。楽勝だろ。

中学生のような動機で始めたのだが見立ても大甘であった。


私は「独学」にこだわった。ただの自己満足で取るための資格に何十万円もかける気がしなくマイペースで勉強を進めたかった。何より独学で受かったというカッコイイ響きが大きなエネルギー源になっていた。会社の人から無料で教材は手に入れることはできたし、わからない事があればスマホで調べればいいだけである。さっそく勉強を開始したのだが、、、。全然わからない。

えっ?ムズくない?
こんな用語初めて聞いたんだけど、、。一応同じ業界なんだけどな、、。

勉強をする上で最もあってはならないことは「何がわからないのかが分からない」状態に陥ることである。文章の中に理解できる単語が少なすぎるとこの状態に陥りやすく、吸収率も10%以下になり最高にイライラする。これが独学の弱みでもあるのだが、逆に強みでもありイライラしてきたらさっさと勉強を切り上げ、気が向いた時に用語の意味から検索すればいいだけである。時間はかかるが教材に包丁を突き刺すよりはマシであろう。もし資格学校のような大衆の場でこの状態になったらどうなるのだろうか?高い金額を払ってまで理解できないストレス、仕事帰りのストレスはどうなる?法治国家でなかったらマシンガンを乱射するものも現れるのではないだろうか。結果論になるのだが私の判断は間違っていなかったと思う。にわか建築士の供給なんて十分に足りており、命の危険を冒してまで取る資格ではない。


偉そうに語ったが、私が試験に臨むまでに三年かかっている。自分も追い込むこともできない凡人のくせに落ちたくない羞恥心だけはあり、結果だけ見れば一発合格なのだが実際は三回目で受かったのと何ら変わりはない。長い勉強期間、計算の分野でどうしても理解できないところがあり、腹が立ちすぎてそのページを一週間鍋でふやかした後、トイレに流すという復讐を達成している。そんな事がありながらも模擬試験の結果が合格ラインに達したので安心して本試験に臨むことにした。

余談だが資格学校の生徒でなくとも模擬試験、それに付随したセミナーを受けることができる。模擬試験は有料なのだがその後の無料サービスが素晴らしく、「えっ?僕これ以上お金払わないっすよ?」と聞き返すほどの有料級の教材をもらうことができた。今思うとあの教材には本試験と似通った問題が多く、合格の一番の決め手になったような気がする。さすがプロが作ったものは違う、、。



試験の一番の楽しみはやはり自己採点であろう。
本番中にやることなんていつもと変わらなく、ただ合格点以上を取ればいいだけである。私の普段の成績からすると合格率80%といった感じで、下手すると落ちる危険もあり、けっこうドキドキしていた。試験科目は四つに分かれており四つ全てで合格点以上を取る必要があるのだが、私は性格上、苦手科目から採点することに決めている。こうすることによって採点が後にいくにつれ合格率が上がっていき、こんな楽しいことはないだろう。どうせ祝ってくれる彼女もいないんだ。一人で二人分楽しんでやる。よし行くぞ。


最初の科目は「構造」。
オレの苦手とする計算分野。ここさえ乗り越えればもらったようなもんだ。あのトイレに流したページも成仏するだろう。さあ始めよう。

○○×○○――。

よし。いいぞ。そのまま行け。

――○○○○。

結果―、過去最高点。

きたぁーー!マジで楽勝!見たかオラッー!

これを古びたアパートで一人叫んでいるのだから誠に寂しい男だと思うのだが、そんなことは気にせず彼は勝ちを確信したのか祝杯を上げはじめた。手にはバドワイザー。脳内はバドワイザーガールに囲まれているらしい。

狙い通り、他の科目も順調にクリアしていき最後の科目「施工」がやってきた。我々作業員にとっては易しい分野であって用語も聞きなれたものが多い。

一応採点してやるか。まあ余裕だろ。もっと気持ちよく飲みてーしな。

彼は今、脳内の女達との「施工」を愉しむことしか考えていない。

×○○××――。

ん?あれ?

――××○○×――。

えっ?ちょっと待って。

――××○○。

マジ?これ落ちたんじゃない?
ちょっと待てよ、、。オラァー!

男の動揺を感じ取ってか彼女たちは消えてしまっている。ようやく夢から現実に戻ってきたようである。

ふぅ、ふぅ。落ち着け。
もう一回最初から採点しよう。女に夢中で集中できなかった、、。

ゆっくり正確に採点してみた結果―、

合格点ピッタリ。

あぶねぇーー!!マジであぶねぇ、、。
よかったぁ、、。施工なんてノーマークだったよ、、。

命拾いした私はすっかりぬるくなったバドワイザーを一気に飲み干し、脂汗を拭いながら床に着いた。


合格点ピッタリということで答案用紙に一問でも記入ミスがあったら落ちるという不安を抱えながら合格発表を待っていたのだが、しっかり受かっていた。だが、喜ぶのはまだ早い。本番はこれから。

建築士試験の最大の難所「製図」という実地試験が待っているからである、、。

zen8.hatenablog.jp

 

自動笑顔型のスタンド使い

常に笑顔の人間が必ずしも良い方向に行くとは限らない。もちろん、いつも仏頂面の人間よりは得をする機会は多いと思うが、この仏頂面や悲しんだ顔など様々な表情ができて初めて笑顔が武器になる。ということを自動笑顔型のスタンド使いであるわたくしことZEN吉が解説していきたい。


私は決して暗い性格ではなく、よく人から変わってるねと言われるが私自身は普通だと思っているし、したり顔で「俺って変わってるんだよね」と言って「えっ、普通だけど、、」と言い返されるパターンだけは絶対に避けたいと思っている。

さて、私が思っている「笑顔」。これについて少し解説していきたい。

まずは後天的なビジネス笑顔というやつがあるのだが、これについては深くは語らない。個人差はあると思うが女子は10歳頃、男子は15歳頃から身に付けはじめるものだと思う。

重要なのは先天的なやつで、これには二種類あると思う。

一つ目は、笑うことが好きで相手の笑顔も見るのも好きなバランスの取れた王道タイプで、このタイプの笑顔は万人を幸せにできる。育った環境がいいのか、前世で得を積んだのか知らないが彼らが持っている笑顔のこそが「優しい笑顔」というやつであろう。
二つ目は、笑うことは好きなのだか、どシンプルに自分が楽しいから笑うのである。このタイプは無人島で一人でも何かを実験し続けられるようなサイエンティスト型で私はこちら寄りである。この人たちの笑顔も他人を幸せにする力はあるのだか万人ではなく、内3割くらいの人からは宇宙人を見るような目で見られる。私は似顔絵でドラクエのスライムより口角が上がった顔を描かれたことがあり、そんな私が言うのだから間違いないだろう。

つまり「笑顔」とは、生まれ持った先天的なものに後天的なビジネス笑顔を付け加えることで完成すると私は思い込んでおり、この考え自体は間違っていないと思うのだが問題は人生経験の浅さであろう、、。

というのも私の家は自営業であり、訪問者が多く常に誰かが接客をしている。このような家庭で育つと接客中の笑顔というものが子供に勝手にコピーライティングされ、勘違いしたガキが自分の対人スキルは高いと思い上がるパターンがあり、そのパターンが当時10歳の私であった。

「ZENちゃん、子どもなのにちゃんとしてて偉いね~」

「へへっ。ありがと」

やったぁ!自動笑顔型のスタンド使いの誕生だ!!

スタンドの名前は何にしようかなー。エアロフィンガーズなんてどうかなー。

ジョジョ」を熟読していたことも拍車をかけ、無敵の能力を手に入れた気分になっていた。生まれ持ったサイエンティスト笑顔、それに手に入れたばかりの接客用笑顔。この近距離パワー型と遠隔操作型の能力を使いこなせば今後すべてのコミュニケーションをやりこなせると、このガキは本気で思い込んでしまったのである。


コミュニケーションの場で必要とされる笑顔とは、悲しみ、驚き、怒りといった表情と掛け合わせたスパイスの効いた笑顔であり、この笑顔を使いこなすには人生経験、共感力が絶対に必要なのだが、ただ自分の好きな事でニヤニヤすることと浅はかな接客しかできない私にとっては到底無理な事であった。基本的に私のようなサイエンティスト型は共感力が低い人間が多く、痛い思いを経験することで身につく共感力が痛い思いをする前に違う所に行ってしまうために身につかないのである。中学生くらいまでならこれでもなんとか乗り越えられるのだが、高校生くらいからはこれが許されなくなってくる。


「今日から入部させてもらいますZEN吉です!出身中学は○○でポジションはセンターをやってました!よろしくお願いします!」

野球部入部の時である。特別強い高校ではなかったが礼儀はしっかりしており、練習が始まると一人の先輩に怒られた。

「オイ!おまえ!さっきから何ニヤついでんだ。真剣にやれ!」

えっ?オレ?笑ってる??

「、、、、。はい!すいません」

とりあえず事なきを得たのだが練習終わりにまた、さっきの先輩がやってきた。

「結局おまえずっとニヤついてたな。もうちょっとメリハリつけてやれよ。ガキじゃねーんだからよ」

「、、、、、、すいません」。





「なんも気にすんな~」

帰りの際、同じ一年生が慰めてくれた。厳しいことを言われたのは私だけではなく、そうやって連帯感が生まれ絆が強くなるのだろう。ホッとした私の口から

「どうすりゃいいんだよ~もう~」

というセリフが発せられると、なぜか皆に戦慄が走る。

私の表情がデスピサロのような満面の笑みだったからである。

最早、化学兵器である。


これはただの一例であって話すときりがない。
私は笑顔以外の表情を軽視するあまり、中間の笑顔ができない人間になっていた。「いつも楽しそうでいいね」「敬語の使い方上手だね」という子供をあやすような褒め言葉を真に受け、このままでいいやと特に自分のコミュ力について深く考えなかったのである。

挨拶と爆笑の間の「中間の笑顔」。これは人の話を聞く時の驚きや悲しみなどの共感の表情が出来てはじめて使えるようになる。これを使えないものはほぼ100%変人として見られ、真人間ぶっていても15分後には、あれ?こいつ何か変じゃない?と確実にバレる。それも個性だし別にいいか、それにこういうものは社会生活をおくることで勝手に身についていくものだろう、と社会人になってまで楽観的に思っていた私だったが、なかなか使えるようにならなかった。


何で??
オレ、別に引きこもってるわけじゃねーんだけど、、。中間笑顔なんて中間発表みてーなもんだろ。でもコレができない限り一生モテないんじゃ、、、。


苛立っていた。
自動的にアップロードされていくのが人間というものだろうに、なぜコミュ力が上がらない?何か呪いでもかけられたか?


 

ある日、短い夢を見た。
昼休みに夢を見るのはめずらしく、子供になっていた。目の前に接客用笑顔と書かれた紙があり、そこには大きな注意書きが書かれてある。

「これをインストールすると全てのアップロード機能が損なわれる危険性があります」

いつもより不気味なアラーム音が鳴り、目が覚めた。

なるほど、、、。
夢というのはいつも潜在意識を通して答えを教えてくれる。あの接客用笑顔という武器は子供のオレにはまだ早い呪われた装備だったんだ、、。
結果、変な思い上がりのすえ、現在のコミュ障のオレができあがったというわけか、、。
素直に1からやりなおそう、、。まだ遅くない。

そう思っていると、ふと二人組の女性社員と目が合い、彼女らはなぜか小走りで去っていった。

視線を下腹部に向ける。寝起きにはよくあることだろう、、。まじんのかなづちになっていた。



、、、、。



「ザ・ワールド 時よ止まれ」

初めて関西に行ったら初期装備になった

これは私が出張で滋賀県に行った時の話である。北国生まれで狭いコミュニティの中で育ってきた私は、関西人に対して一種の憧れを抱いていた。あの女性の話し方は全ての鎧をはがす効果がある。超魔界村をプレイしている時のようなパン一姿になってしまったのだが、後悔はない。思い出という宝物を手に入れたからだ。


「出張」というのは、ただの大人の修学旅行である。各々が好きに楽しめばよく、もちろん全て自己責任である。私は今回の一ヶ月を超える修学旅行を非常に楽しみにしていており、数々の出張でプライベート時間を楽しむコツは掴んでいたし、なにより憧れていた関西に長期滞在できるのがうれしかった。それだけいれば、その土地の文化や雰囲気は十分感じとれるだろうし、そういう旅が好きだった。滋賀というのも関西ビギナーにとってはちょうどよく、田舎者の私に安心感を与えてくれた。滋賀県に着くとさっそくガソリンスタンドの男によって一枚目の鎧をはがされることになる。


「らっしゃ~い!アニキ~、めちゃ車泥だらけですやん。洗車してきまへん??」

なんだこの親近感は?いきなりアニキだと?

「ええと、、。どうしよっかな、、。」

「せっかく遠くから来てはるんやからキレイにしてきましょ?」

「そうすね、、。それじゃお願いしよっかな」

「まいど!ありがとうございますぅ~」。

これが本場の関西弁か、、。
さすが商売の街。生は違うな。

感動に浸っているとすぐさま二枚目の鎧がはがされることになる。今度はコンビニのおばさんであった。

「おにぎり温めてましょか??」

「いえ。大丈夫です」

「はいぃ。ありがとうございますぅ~」。

くっ。なんだこの話し方は。可愛いすぎるぞ、、。


活字では伝わらないのだがこの語尾が下がった話し方は本当に破壊力があり、免疫力がない男は確実に秒で恋に落ちる。

もしこれがストライクゾーンの女性だったら、、、。
もはやパン一どころでは済まないな、、、。

考えるのが恐ろしくなった私はパチンコ屋に逃げ込み気持ちを落ち着かせることにした。


後からわかったことなのだが滋賀県民が使っている関西弁は、京都の「はんなり言葉」寄りらしく、かといってプライドが高いわけではないどこか親近感が湧くような話し方をするらしい。
が、それは余談。問題は今、手に握られているこの3万円をどう使うかだ。暇つぶしのつもりでやった1円パチンコでなんと3万円も勝つことができたのである。

こんなことは中々ないぞ、、。
しかも当たった時の演出はモキュっとした関西弁のキャラが「大好きやっ!」と叫んでくれるものだった。これは啓示だな。行くしかないだろう、、。

疑似連ではなく疑似恋愛の場へ、、。

さぁ、キャバクラへ行こう。


時期が良かった。私が出張中だった2月というのは閑散期でこの時期はキャバクラであってもケータイショップのようなキャンペーンで客の呼び込みをしている。

「初回一時間:1980円」だと!?
ホントか?これで採算取れるのか?

決して怪しげな店のたたずまいではなく、立地も大きい通りに面していてぼったくり感は出ていなかったので、とりあえず入ることにした。何回かこういう店に連れ来てもらううちに分かったことがあるのだが、気まずいのは女の子が席に着くまでの長くても15分間だけで、女の子が席につけばどんな口下手な男でも勝手に話すように誘導される。店の扉を開けて席で待つのまでが一番ハードルが高いのだが、余計なことは考えずに地蔵のようにしてればいい。


「レイです。よろしくお願いしますぅ」

「うん。よろしくね」

地蔵の前に女の子が到着した。
標準語に寄せて喋ってはいるが、はんなり感は抜けておらず絶妙の状態になっていた。地蔵はすでに恋に落ちている。

「ずっと笑顔で優しそうですね」

「うん。ありがと」

私はこうとしか褒められたことがない。
直訳するとニヤニヤしてキモいんだよ、になるのだが、この夢の国では男の都合のいいようにオート翻訳してくれる。気をよくした私はアルコールが進み、みるみる顔が赤くなっていった。

「も~飲みすぎぃ。ZENさんの顔見てると元気出るわぁ」

「ははっ、でしょ?」

これも、何コイツの顔、超ウケるんだけど、に変換することができる。

「ウチもZENさんにつられてポカポカしてきたわぁ」

「ははっ!オレもポカポカ」

これは変換できない。擬音は翻訳しても擬音のままである。
楽しい時間というのは早いものであっという間に二時間が過ぎてしまった。

「それじゃ、もう帰るね。ありがとレイちゃん」

「ありがとぉ。ZENさん。またポカポカしようね」

くっ、、。何だこのセリフは。
ずるい、、。ずる過ぎるぞ綾波。これで引っかからない男いないだろ。

「うん。また来るよ」。

これ以降、私はレイとポカポカすること以外考えられなくなっており、料金も二時間ドリンク込みで五千円と破格の安さであった。


その後、二回くらいポカポカできたのだったが、出張も終わりに差し掛かり別れが近づいていたある日、レイから普通に外でデートしたいという連絡が入った。嬉しさのあまりベッドに頭をペコペコしたのを今でも覚えている。

やった、、、。しかも、同伴じゃない普通のデート。
もしかしてパコパコまで行けるんじゃ、、、。

私も一般的なオスである。
デートといっても食事と買い物だけなのだが、私にとっては新婚旅行に値するくらいのイベントであった。夫は変に口を出さない方がいいだろうと思い、プランは全てレイに任せることにした。



私は今、妻が予約してくれたレストランで会話を楽しんでいる。

「ZENさん。食べるの、めちゃキレイ」

「ん、せっかく美味しい料理だからね」

やった。キレイに飯を食う習慣を付けといてよかったぜ。
残すと片付けが面倒だからな。

だが、思わずもう一方の習慣も出てしまった。

「ちょっとZENさん!何やってるの?」

しまった、、。皿を舐める癖が出てしまった、、。
これをすると皿洗いが格段に楽になる。

「あっ。ゴメン。今するボケじゃなかったね」

「もう~。そんなんいらんよぉ」。

おっ、なんかけっこうイイ感じじゃないか?
今ので引かないんなら何やってもアリだろ。試しに靴でもなめてやろうか?

いい雰囲気のまま食事を終え、メインステージである買い物の場へと向かうことにした。

「そーいえば、買い物って何買うの?」

この返答次第では私の財布がペラペラになる。
妻にお金を出させる訳にはいかなく、もしブランド物のバッグが欲しいなんて言われた日には地蔵に逆戻りである。

「ヒール!!ZENさんに選んでもらおうと思って!」

ヒールか、、、。
ってかいくらすんのそれ?全然わかんないけど、、。

ショップについた彼女は少女のように店内を巡り回っていた。
私はこの楽しそうな姿が見れただけで十分幸せな気分になっていた。

「ZENさ~ん!コレとコレどっちがいい?」

えーと。値段は、、、。
どっちも五千円か、、、。安っ!!いや、相場はわかんないけどさ、、。
この子普通にめっちゃいい子なんじゃない?なんか下心持つの悪くなってきたな、、。

「うーん、こっちでいいんじゃない」

「うん。わかった。買ってくるね」

「いーよ。オレが買うよ」

「ホンマ?ほんとありがとう。めちゃ大事にするわぁ」。


買い物を終え、別れる際

「ZENさん今日はありがとう。体に気をつけて頑張ってね。ホンマ大好きやで」

と言って、彼女は去っていった、、、。



彼女とはそれ以降何もない。
オチのない何ともつまらないストーリーになってしまったのだが、今でも彼女を思い出すとポカポカしてくる。未練は一切ない。

私と同じモテない男性諸君。童のような甘酸っぱい思い出を作りたいのなら、ぜひ一度関西に行くべきである、、。

小泣きジジイ風ドライバーに取り憑かれた

ジジイが絶好調になる時というのは結構ある。若者が質問してくれた時、自分の自慢話をしている時、周りの愚痴を言う時。皆さんも経験があるだろう。聞いてくれる相手がモテない人間だともっと最高だ。自分の立場を忘れ、世界の中心にいると思えるらしく、私はその何とも塩辛っぽい世界に巻き込まれることになる。平べったい顔をしたタクシードライバーであった。


その日は街コンへ行く日であった。女性と話す免疫が少ない私は余計な体力を使わないよう、こういう時はタクシーを使うようにしている。疲れて油ぎっているスライムとは誰も話したくはないだろう。戦いには万全で望みたい。さっそくタクシーに乗り込み、戦いの場へと向かう。

「行き先はどこ?」

「○○駅までのお願いします」

っち。ジジイか。
女性のドライバーだったらよかったのに。会話のウォーミングアップにもなるし、いい人見つかるといいですね、と優しい一言をもらうだけで付き合った気分にもなれる。まあいい。ここで運を使ってもしょうがない。

「お兄さん、今日なんかあるの?」

まあ、口を湿らす程度には話してくか。

「はい。ちょっと街コンでも参加してみようかなって」

「あ~!!あの最近流行りのアレかい!?」

 

と、ジジイ特有のしゃがれ声で言ってきた。


ダメだ、、。コイツの声のトーンはエネルギーを消費するやつだ。
こんな所で無駄な体力を使ってたまるか。ちなみにもう街コンなんて流行ってないから。終わりかけてるから。

「わたしの娘もね、その街コンの中の合コンってやつで知り合った男とね、、」

いや、間違ってるから。
何でハンバーグの中にハンバーグ入れてんだよ。もういいから適当に流そう。

戦地に向かう気を汲んでくれたのか、その後はドライバーに徹してくれた。

「はーい。それじゃ1260円ね」

「はい。ありがとうございました」

「頑張っていい嫁さんもらいなよ!お袋さんも心配してるぞ」

そんな重たい集まりじゃねーんだよ。
余計なプレッシャーかけてくんなよ。あと、もうオレの家族だれも心配してないから。あきらめてるから。

この脳内のようにスラスラ会話できたらどんなに楽だろう。そんな事を思いながら私の街コンがスタートした。


結論から言うと私はこの「街コン」というものでいい思いをしたことがない。
二人で参加すると相方が私よりハイスペックなため完全にただの引き立て役になり、だからといって一人で参加すると実力不足で女性まで辿り着けない。今回のパターンは後者にあたるのだが負けた言い訳を聞いていただきたい。

「実力不足」といってもそんなものは度胸と場数の問題であってスペックは関係ないだろう。と謎の自信があるモテない系男子の私は、思い切って一人参加したのだったが、勝算はあった。女性陣にも一人で来ている強者がいることをリサーチ済みであったし、こういう女は男の度胸を見ている。徒党を組まずに向かってくる今回の私のような男がまさにピッタリだろう。あとは相手の周波数に合わせるだけで、余計な会話はいらない。さっそく一人のツンデレっぽい女性を見つけたので作戦を決行したのだが、勝負は10秒で決まった。


「一人ですか?僕も一人なんですよね」

「、、、、、、、、」

あれ?聞こえなかったか?
まあいい。大切なのは度胸だ。殻を破るんだ。

「ここ居心地いいので、しばらく居させてもらいますね」

「、、、、、、、。マジ、キモいからどっか行って」。

この一言で全てが終わった。
今後、全ての街コンを不参加になることはおろか、ツンツンしてそうな女性とも話すことができなくなった。

ソレ言っていいの?大人でしょ?


この傷はなかなか癒えずに今でも残っている。



良くないことというのは立て続けに起こるもので、帰りのタクシーの運転手も行きと同じであった。

「お~兄ちゃん!どうだった?」

最悪だ、、。今はそっとしておいてほしい。
でも、優しい言葉で傷の回復をはかるのもいいかもしれないな。

「ダメでした。ちょっとショックっす」

「ダメだよ~あんちゃん、それじゃあ」

何だコイツ。
だからダメだったつってんだろ。ぶっ殺すぞ。何があんちゃんだよ。オレ客だぞ。マジ殺すぞ。

怒りの感情がフラれたショックを押し上げ、ちょうどいい精神状態に戻してくれた。ショック療法というやつだろう。

「若いんだからもっと自分から行かないと~」

「はは。行ったつもりだったんすけどね」

「いや、オレが若い頃なんてね、、」

出た。ジジイの自慢話。しかも下ネタと合わさる最悪のコンボ。

「毎日女とっかえひっかえ、ずっこんばっこん」

キモいんだよマジで。
若い時のオマエなんて知らねーんだよ。聞いてるこっちは今のオマエがヤッてる姿しか想像できねーんだよ。キワモノAⅤコーナー下段中の下段なんだよ。

「いや~ホント昔の姿に戻ってそのなんだかコンってのに参加してみたいわ」

その猿みたいな考え方じゃオレ以上に無理だから。
あとオマエ若い時もブサイクだから。小泣きジジイみたいな顔しやがって。ぜってーモテないだろ。捏造してんじゃねーよ。


「あ、そこ曲がんなくてよかったすか?」

 

興奮してハンドルがフラフラしている。プロ失格と言っていいだろう。


「おっ、いけね。兄ちゃんがいろいろ聞いてくるから~」

いや、一回も質問してねーから。
コイツやばいな。どんな世界にいるんだよ。なんだか逆に楽しくなってきたな。

「最近の若いのって全然聞いてこないでしょ?うちの娘なんてもう10年近くまともな会話してなくてさ」

だろうな。誰だってそうする。オレだってそうする。
ほんと悲しい奴だな、、。


「おっ、家着いちゃったね。はい。3360円ね」

 

高い。

会話料を差し引いてタダになってもいいくらいだ。

 

「えっ?高くないですか??遠回りした分は、、?」

「それは講習料と紹介料!!今度、オレの娘紹介するかもしれないからね」

「、、、、、、、。」

「毎度さん!これ名刺ね。次もお願いね!」

「、、、、、、、。どうも」。




いや!!メーター戻せよ!!!

虫の生命に芸術を感じる

私は虫が嫌いなのだが、彼らが生命の終わり際にみせるアーティスティックな一面には拍手を送らざるを得ない。もし、私が拷問などを受けて命を落とす時どれだけのインパクトを与えられるだろうか?想像するに脆弱なうめき声一つあげて終わりだろう。生まれ変わっても虫になりたいとは思わないが、虫のような芸術家にはなりたいものである、、、。


私はハエのことを嫌悪と尊敬の念を込めてライバル、いや、彼女だと思っている。彼女らとの付き合いは長く、初めて殺人を犯した時の興奮は今でも忘れられない。

「ん~!このハエめ」。

当時小学二年生、少し乱暴な言葉を覚え始めたころで、ハエたたきという絶妙な武器の扱いにも慣れてきていた。すでに何千というアリは殺してきていたが「ハエ」ともなると生物のランクが桁違いで、子どもにとってはエロ本の中のお姉さんに等しい。おまけに人間の大人にも通用する「挑発」という技まで持っており、わざわざ顔の前での旋回飛行を楽しんでいる。

大人がハエを叩き潰してスッキリした表情をしているのを見ていた私は、早く自分も大人の仲間入りをしたいと必死にハエのケツばかリを追っていたのだが、毛も生えていないガキにとっては到底無理なことであった。エロ本の中のお姉さんという表現はピッタリではないだろうか。数打てば当たるだろうというスケベ心を持って何百回アタックをしかけても、彼女らは全く相手にしてくれずビキニ姿で日光浴を楽しんでおり、この時フラれ続けた経験が今の私のⅯの原型になっていると思われる。

ある日、日陰で休んでいる彼女を発見した。
私のことなど全く意に介さないといった様子で「いつでも来なさいボウヤ」と挑発してきた。たまたま私の手にはハエたたきではなくアースジェットが握られていており、彼女もまさか目の前の小僧が歴戦の男優に成っているとは思わなかったのだろう。

「プシュッ」


「アギャァァーーー!!!」。


体長わずか1cm程度のハエが倉庫内のコンクリート上で5mは転げ回っていた。

えっ?なんだコレ?
こんな死に方初めて見た!スゲー!!

興奮状態の私をさらに驚かせたのは、彼女の命の終わる瞬間である。


「グアアァーー!!ギイィィヤァァーー!!うっ!パタッ」。

あっ、死んだ。
そんな一気に100から0になるんだ、、、。すごいな、、。

気になった読者はぜひ一度やってみてほしい。ハエの見方が変わるのは間違いないだろう。ハエとはその後、「水鉄砲」や「割り箸掴み」、「ハガキ手裏剣」といった数多くの殺し合いを行なったのだが結局、一番最初のインパクトを超えるものはなかった。



中学生になった私は夏休みの自由研究で虫の生命力について調べることにした。

どうしようかなぁ。もう中学生なんだ。残虐性を競うような幼稚なマネは止めよう。
大学生が提出するような事実に基づいたレポートにしたいな。うん。シンプルにピンセットに刺した状態の虫がどれだけ生きられるかを記録しよう。

研究を始めると一番苦労したのは検体を集めることで、冒頭でも言った通り私は虫が苦手で軍手を二重履きしなければ触ることすらできない。5種類の検体を集めるのに夏休み終わり一週間前までかかってしまったのだが、狙い通りの検体を手に入れることができ満足していた。


モンシロチョウ
セミ
カミキリムシ
トンボ
カブトムシ


よし!色合いとサイズのバランスが最高だ!
標本なんてものは料理の盛り付けと同じでバランスがすべてだ。夏休み明けの女子の視線を釘付けにしてやる。

まるで一流シェフになった私は次々と虫にピンセットを刺していった。

「ウギッ!」

「アギャー!」

「グエッ!」。

いいぞ、、。断末魔がでかいほどイキがいい証拠だ。

特にセミの暴れ方は凄まじく、隣にいるモンシロチョウ夫人にドン引きされていた。
逆にカブトムシ先輩は不気味なぐらいの落ち着きを放っており「来なよ」とした悠然な態度である。それもそのはず、硬すぎてピンセットが通らないのである。これには私も困った。

先輩~、勘弁してくださいよ~。
先輩メインディッシュなんですからハンマーで叩き潰すわけにはいかんのですよ。

どうする?釘にするか?
それだと径が太すぎて打ち込んだ時に潰れるんじゃないか?そうだ。ドリルで下穴をあけよう。

この悪魔のアイディアにはさすがの先輩も降参したようで最初は「やってみろよ」と強がっていたが、ドリルの刃が体内にめり込むにつれ苦悶の表情を浮かべ手足をバタつかせていた。穴が貫通すると一分後、静かに息を引き取った。終始無言を貫いたのはムシキングとしてのプライドであろう。
私たち人間の中にこんな誇り高き男はいるか?電信柱をねじり込まれるようなものだぞ。少なくとも私には絶対に無理である。
何にせよ5匹の標本は作り終えた。あとはデータを取るだけである。


初日 、カブトムシ死亡。

二日目、モンシロチョウ、トンボ死亡。

三日目、死亡者0

四日目、カミキリムシ死亡。

あとはセミだけか、、、。
セミの寿命って確か一週間だよな。悪いことしたな。

五日目、死亡者0

まだ生きてやがる、、。
早く死ねよ。夏休みもう終わるんだよ。生きたまま女子に見せるわけにいかねーだろ。ドン引きされんだろ。

六日目、、、。

死んだか?
ちょこんと触ってみると、、。

「うぉーー!!オレを出せーー!!殺すぞーー!!」。

と初日さながらの暴れ具合をみせた。

うわ怖っ、、。何だコイツ。不死身かよ。

恐ろしくなった私は反則なのだが、セミのピンセットをさらに奥深く押し込み殺虫スプレーを浴びせた。

「ウギャーー!!何しやがるコラーー!!ギィィィッッ!!」。

まるで自分の体ごと引きちぎるような暴れ方である。凄まじい生への執念で、もはや恐怖を超えて感動すら覚えた。

すごいですね、、。
300年くらい生きるんじゃないですか、、。


七日目の朝、セミはカラっとした姿で死んでいた。

おそらくコイツは体のエネルギーがゼロになるまで暴れていた、、。
本物の芸術家だ。決められた自分の寿命7日間にすべてを懸けている。ここで私が罪悪感を感じることはコイツへの冒涜になる。コイツは自分の芸術を貫いた。ならば私も自分の芸術を貫くだけだ。


死者の鎮魂を乗せた私の渾身のレポートは、一部マニアックな女子からのウケは良かったが、大半の者にはウジ虫を見るような目でみられた。その中にはひそかに好意をよせていた女子もいた。

全くもって「芸術」というのは理解されないものである、、、。