初めて関西に行ったら初期装備になった

これは私が出張で滋賀県に行った時の話である。北国生まれで狭いコミュニティの中で育ってきた私は、関西人に対して一種の憧れを抱いていた。あの女性の話し方は全ての鎧をはがす効果がある。超魔界村をプレイしている時のようなパン一姿になってしまったのだが、後悔はない。思い出という宝物を手に入れたからだ。


「出張」というのは、ただの大人の修学旅行である。各々が好きに楽しめばよく、もちろん全て自己責任である。私は今回の一ヶ月を超える修学旅行を非常に楽しみにしていており、数々の出張でプライベート時間を楽しむコツは掴んでいたし、なにより憧れていた関西に長期滞在できるのがうれしかった。それだけいれば、その土地の文化や雰囲気は十分感じとれるだろうし、そういう旅が好きだった。滋賀というのも関西ビギナーにとってはちょうどよく、田舎者の私に安心感を与えてくれた。滋賀県に着くとさっそくガソリンスタンドの男によって一枚目の鎧をはがされることになる。


「らっしゃ~い!アニキ~、めちゃ車泥だらけですやん。洗車してきまへん??」

なんだこの親近感は?いきなりアニキだと?

「ええと、、。どうしよっかな、、。」

「せっかく遠くから来てはるんやからキレイにしてきましょ?」

「そうすね、、。それじゃお願いしよっかな」

「まいど!ありがとうございますぅ~」。

これが本場の関西弁か、、。
さすが商売の街。生は違うな。

感動に浸っているとすぐさま二枚目の鎧がはがされることになる。今度はコンビニのおばさんであった。

「おにぎり温めてましょか??」

「いえ。大丈夫です」

「はいぃ。ありがとうございますぅ~」。

くっ。なんだこの話し方は。可愛いすぎるぞ、、。


活字では伝わらないのだがこの語尾が下がった話し方は本当に破壊力があり、免疫力がない男は確実に秒で恋に落ちる。

もしこれがストライクゾーンの女性だったら、、、。
もはやパン一どころでは済まないな、、、。

考えるのが恐ろしくなった私はパチンコ屋に逃げ込み気持ちを落ち着かせることにした。


後からわかったことなのだが滋賀県民が使っている関西弁は、京都の「はんなり言葉」寄りらしく、かといってプライドが高いわけではないどこか親近感が湧くような話し方をするらしい。
が、それは余談。問題は今、手に握られているこの3万円をどう使うかだ。暇つぶしのつもりでやった1円パチンコでなんと3万円も勝つことができたのである。

こんなことは中々ないぞ、、。
しかも当たった時の演出はモキュっとした関西弁のキャラが「大好きやっ!」と叫んでくれるものだった。これは啓示だな。行くしかないだろう、、。

疑似連ではなく疑似恋愛の場へ、、。

さぁ、キャバクラへ行こう。


時期が良かった。私が出張中だった2月というのは閑散期でこの時期はキャバクラであってもケータイショップのようなキャンペーンで客の呼び込みをしている。

「初回一時間:1980円」だと!?
ホントか?これで採算取れるのか?

決して怪しげな店のたたずまいではなく、立地も大きい通りに面していてぼったくり感は出ていなかったので、とりあえず入ることにした。何回かこういう店に連れ来てもらううちに分かったことがあるのだが、気まずいのは女の子が席に着くまでの長くても15分間だけで、女の子が席につけばどんな口下手な男でも勝手に話すように誘導される。店の扉を開けて席で待つのまでが一番ハードルが高いのだが、余計なことは考えずに地蔵のようにしてればいい。


「レイです。よろしくお願いしますぅ」

「うん。よろしくね」

地蔵の前に女の子が到着した。
標準語に寄せて喋ってはいるが、はんなり感は抜けておらず絶妙の状態になっていた。地蔵はすでに恋に落ちている。

「ずっと笑顔で優しそうですね」

「うん。ありがと」

私はこうとしか褒められたことがない。
直訳するとニヤニヤしてキモいんだよ、になるのだが、この夢の国では男の都合のいいようにオート翻訳してくれる。気をよくした私はアルコールが進み、みるみる顔が赤くなっていった。

「も~飲みすぎぃ。ZENさんの顔見てると元気出るわぁ」

「ははっ、でしょ?」

これも、何コイツの顔、超ウケるんだけど、に変換することができる。

「ウチもZENさんにつられてポカポカしてきたわぁ」

「ははっ!オレもポカポカ」

これは変換できない。擬音は翻訳しても擬音のままである。
楽しい時間というのは早いものであっという間に二時間が過ぎてしまった。

「それじゃ、もう帰るね。ありがとレイちゃん」

「ありがとぉ。ZENさん。またポカポカしようね」

くっ、、。何だこのセリフは。
ずるい、、。ずる過ぎるぞ綾波。これで引っかからない男いないだろ。

「うん。また来るよ」。

これ以降、私はレイとポカポカすること以外考えられなくなっており、料金も二時間ドリンク込みで五千円と破格の安さであった。


その後、二回くらいポカポカできたのだったが、出張も終わりに差し掛かり別れが近づいていたある日、レイから普通に外でデートしたいという連絡が入った。嬉しさのあまりベッドに頭をペコペコしたのを今でも覚えている。

やった、、、。しかも、同伴じゃない普通のデート。
もしかしてパコパコまで行けるんじゃ、、、。

私も一般的なオスである。
デートといっても食事と買い物だけなのだが、私にとっては新婚旅行に値するくらいのイベントであった。夫は変に口を出さない方がいいだろうと思い、プランは全てレイに任せることにした。



私は今、妻が予約してくれたレストランで会話を楽しんでいる。

「ZENさん。食べるの、めちゃキレイ」

「ん、せっかく美味しい料理だからね」

やった。キレイに飯を食う習慣を付けといてよかったぜ。
残すと片付けが面倒だからな。

だが、思わずもう一方の習慣も出てしまった。

「ちょっとZENさん!何やってるの?」

しまった、、。皿を舐める癖が出てしまった、、。
これをすると皿洗いが格段に楽になる。

「あっ。ゴメン。今するボケじゃなかったね」

「もう~。そんなんいらんよぉ」。

おっ、なんかけっこうイイ感じじゃないか?
今ので引かないんなら何やってもアリだろ。試しに靴でもなめてやろうか?

いい雰囲気のまま食事を終え、メインステージである買い物の場へと向かうことにした。

「そーいえば、買い物って何買うの?」

この返答次第では私の財布がペラペラになる。
妻にお金を出させる訳にはいかなく、もしブランド物のバッグが欲しいなんて言われた日には地蔵に逆戻りである。

「ヒール!!ZENさんに選んでもらおうと思って!」

ヒールか、、、。
ってかいくらすんのそれ?全然わかんないけど、、。

ショップについた彼女は少女のように店内を巡り回っていた。
私はこの楽しそうな姿が見れただけで十分幸せな気分になっていた。

「ZENさ~ん!コレとコレどっちがいい?」

えーと。値段は、、、。
どっちも五千円か、、、。安っ!!いや、相場はわかんないけどさ、、。
この子普通にめっちゃいい子なんじゃない?なんか下心持つの悪くなってきたな、、。

「うーん、こっちでいいんじゃない」

「うん。わかった。買ってくるね」

「いーよ。オレが買うよ」

「ホンマ?ほんとありがとう。めちゃ大事にするわぁ」。


買い物を終え、別れる際

「ZENさん今日はありがとう。体に気をつけて頑張ってね。ホンマ大好きやで」

と言って、彼女は去っていった、、、。



彼女とはそれ以降何もない。
オチのない何ともつまらないストーリーになってしまったのだが、今でも彼女を思い出すとポカポカしてくる。未練は一切ない。

私と同じモテない男性諸君。童のような甘酸っぱい思い出を作りたいのなら、ぜひ一度関西に行くべきである、、。