歩道橋の上で本田圭佑になる
これは私がフラれた時の話であり、私は本田圭佑が大好きである。サッカーのことはよくわからないが、彼の自信とチャレンジングな姿勢を見ているとエネルギーが湧いてくるのである。そんな数多くの人にエネルギーを与えている彼を私のようなものに憑依させるのは大変おこがましいのだが間違いなくあの日、あの歩道橋の上には本田圭佑がいたのだ、、。
こんな私だが女友達一人くらいはいる。
「ZEN吉ってさー、何で顔は普通なのに彼女できないのー?だれか紹介してあげよっかー?」
「普通」。
私の髪の毛はこの言葉にピーンと反応した。一般的な男性であれば「紹介してあげようか」のモンスターフレーズに飛びつくだろうが私には響かなかった。私は幼少期から顔のある一部分にコンプレックスを抱えていたからである。
それは「鼻」。
プロ野球でいうセンターライン、アイドルグループのセンター、それらと同様の重要部位である「鼻」が私は低かった。子供で鼻の高い子などいなく、そんなの気にするだけ無駄なのだがニヤニヤするクセがあった私は日に日に鼻が低くなってるのではないか?という疑念を抱いていた。
やっぱり、オレの鼻って低いよな、、。
ニヤけるのをやめるのは無理だしな、、。
ん??何だ、、。この骨なんか柔らかくないか?
目頭の下の鼻を形成している骨があきらかに柔らかいと感じた、、。実際に柔らかいかどうかは分からないが、何とかしたいという気持ちがそう思わせたのだろう。
よし。行ける、、。
今のうちに解決するんだ、、。大人になって骨が固まってからじゃ遅い。
ペンチ、、。ペンチはどこだ?
人間の子供とは思えぬ速さで納屋からペンチをもってきた私は、さっそく鏡の前でペンチに力を入れた。
い、いたい、、。
でも、大丈夫。たぶんこれくらいしないと意味がない。
さらに力をくわえる。
む、むり、、。もう折れる、、。
と思い、やめようとしたのだがペンチが骨にかんで中々はずれなかった。選んだペンチが悪く、回して強さを調整するタイプのものを使ってしまい、緩めるつもりがテンパってきつくなる方に回してしまった。体では痛いからやめろと思っていても、本能で鼻が高くなりたかったのであろう。
うあぁぁ~~!!!
めり込んだペンチは運よくはずれ、骨も折れてはいなかったのだが、翌日、赤紫になった鼻を見た同級生がマントヒヒみたいと言ったことで「マントヒヒZEN吉」という非常に語呂のいいあだ名が三年間も定着するはめになった。
ZEN吉家では特にしつけというものがなく、私がこのような奇行に走っても「また、馬鹿なことして~」程度で済み、これが私のような、はぐれメタルが生まれた原因の一つだと思れる。さて、話を現在に戻そう。
顔が普通?
今なんて言った?ちゃんと顔って言った?てかホントにそう思ってる?
女性にほめられたことはあったがそれは外見ではなく、ボランティア活動をしていたときなどの「ご苦労様です」と言われる程度のものであった。
「で、どうすんの?紹介」
間違いない、、。間違いなく彼女が言っている。
しかも紹介だと?これ以上の褒め言葉はないだろ。外見だけでなく中身も認められたということだからな。
呪いが解けた。
正直、顔のコンプレックスというのはほとんどなくなっており、生きていればそんなことは気にしていられない。が、女性からの褒め言葉というのは全てを祓う浄化作用がある。心が軽くなった。よし、行こう。
「ん?ああ」
うわぁ、、。マジで終わってる、、。
違う。オレが言いたいのはこうじゃない、、。
はぐれメタルここに極まるである。喜びの思いも感謝の気持ちも伝えられないのである。新たに呪いがかかるくらいショックであった。そこに彼女の救いの手が伸びる。
「もう!素直になってよ!もうZEN吉の連絡先伝えてあるから!はい、これ〇〇さんの。あとはお互い好きにして。じゃーねー!」
完璧である。
女性という生き物は常に男の3ステージ上で生きている。彼女はこれからも一切の詮索をしてこないであろう。帰ろうとする彼女を呼び止めた。
「ちょっと待って!、、、、ありがとう」
言えた。また心が軽くなった。
それからの展開は早く、何と三日後に会う約束が出来たのである。待ち合わせ場所は駅前、、、。「歩道橋の上」。
当日になり、私は歩道橋の上で待っている。
○○さんとはどういう人なのか?
メッセージのやり取りで感じたことは、決して軽い女ではないということだ。
「メッセージなんて何とでもできるじゃ~ん」と言い返す和風シンディローパーは少し黙っていただきたい。短いながらも整った文章。質問のやわらかさ。平仮名、片仮名、漢字のバランス。少ないやり取りではあったが、彼女が素晴らしい知見を持ち合わせた女性であるということは容易に想像できた。そんな彼女からメッセージが届いた。
「すみません。少し遅れています。寒いと思うので下で待っていて下さい」
いや、ワクワクしてるから全然寒くないっす、、。
でも、ここは素直に従おう。モテない男子はひねくれる傾向が強い。オレは違うけどな、、。
歩道橋の上は風が強い。下に降りて待つことにした。
うーん。遅いな、、。
迷ってる??だから上で待ち合わせの方が良かったんじゃない?
20分くらい待ち、少しイライラしているところに驚愕のメッセージが届く。
「すみません。緊張のあまり、臓腑が痛くなり会えそうにありません。今日は帰ります。本当にすみません」
バカな、、、。
そんなことってある??
しばらく動けなかった。
緊張で臓腑が痛くなるってどうゆうこと?
普通におなかって言えばいいじゃん!
ダメだ。単語の破壊力が強すぎる、、。何も考えられない。とりあえず歩道橋の上に戻ろう。
やばい、臓腑が痛くなってきた。
上からの景色を見て私は納得した。
なるほど、、。人がよく見える。
顔や表情、生き様や価値観までもが見透かされているようだ。彼女はここから私を見て、そしてこう思った。
「あっ、、。コイツだめだ」と。
私という人間が彼女のセンサーに拒否反応をあたえたのだろう。あえて「臓腑」という難しい言葉を使ったのは、わたしは変わった女ですよという彼女なりの優しさなのだろう。事実、先程まで私はこの言葉を受け入れていなかった。
だが、フェアじゃないだろう、、。
せめて同じピッチで勝負してほしかった。PKでいい。彼女がキッカーでいい。私は動けないキーパーでいい。今回の彼女の行動は観客席からしたもので対等な人間のやることではないだろう。
ふと周りを見渡すと皆楽しそうに歩いている。
UAEの選手に見えた。
私は腰に手をやり、天を見上げた。
本田圭佑がいた。
家路につくバスの中で私は考えている。
初デートを楽しみにしてきた女性を50m先で引き返させるという悲しき念能力とこれからどう向き合っていけばいいのか、、、。わからない。
彼女は私の友達に何と報告するのだろうか。今度は「齟齬」などの常人では決して思いつかぬような言葉を使うのだろうか、、、。わからない。
バスから見える古い街並みが心を洗う。エンドロールが流れる。安い映画だった。疲れた、、、。
「お兄さん。着いたよ」
寝てしまっていた。
優しい運転手の声に起こされた私は上手く反応できなかった。どうやら人間ショックを受けると幼児退行化現象が起こるというのは本当らしい。
「お兄さん」
まだ、反応できない。乳児まで戻ってしまっている。早くしなければ、、。
運転手はストレスのかかる仕事だ。どんな人でも鬼を宿している。この人が豹変する姿はみたくない。
「ん、うーん」
戻ってきた。あと5秒。
「ちょっと、お兄さん大丈夫?」
もう少し待ってくれ。あと1秒。
「ちょっとアンタ!!ほんと大丈夫かい!?自分の名前分かるかい!?」
、、、、。
「ケイスケ・ホンダ」