くそっ。16ビート早口の上を行かれた

モテない奴の三大要素。「裏表」「独り言」そして、、、「早口」。わたしは特にコレに自信を持っており、2:2:6くらいに振り分けているつもりである。うるさく言われて治そうとした時期もあったが、短所と長所は表裏一体である。32ビートを扱う魅力的な男であった。





自分の声は、脳に響いている「イケてるボイス」の認識しかなく、本気で治そうと思うなら録音するのが一番である。私はその事を理解しつつも、自分を敵に回すことは人生をダメにする事だろうと、素材の矯正には否定的な人間である。


早口という素材。
遅い人に「もっとテキパキ喋れ!」といっても変わらないように早口の人も変わらない。右利きか左利きかが決まっているように、言語を覚えた段階でそれも決まっているのだろう。この先天的な素材に後天的なプライベートを付け加えることでその人のキャラクターが決まってくるのであって、現場作業員という仕事柄せっかちだと思われがちだが、私は超スローペースな人間である。というよりスローペースを好む人間である。


私が思うに、話すスピードと時間軸がかけ離れている人間ほど変人具合が強くなっていき、そういう人たちは無意識に「他と一緒じゃつまらない」と思っており、また「変人」というパワーワードをエネルギー源にしている節がある。何故って?そのキョトン顔を見るのが好きなのさ。



のそのそのそ、、。


私は歩くのも運転も遅い。
当然、急いでいる一般人はこう言う。


「あー!ちょっと早くしてくんない!?」


そして16ビートでこう返す。


「すいませんすいません今行きます」


あまりの早口に面を食らった彼らはこう思う。


「ん、ああ、、」


そして私はこう思う。


最高だ、、。
今日もいい一日になる、、。


人口の一割程度の変人とは、こうやって生きていることを理解してほしい。一般人との相性は最高で、「無敵かよ」と思われるかもしれないが決してそんなことはない。それは逆サイドの変人たちの存在である。



ブロロロ、、。


私の運転する軽トラが走っている。
積載量満載のはた迷惑な車である。一本道だったため渋滞が起こっているのだが、変に幅寄せして側溝に落ちるよりはマシだろうとマイペースな運転をしていた。信号待ちをしていると、後ろの高級車から優雅な男が出てきた。


コンコン。


「は、はい?」


活字では句読点があるが音読では「わ?」一文字くらいのスピードだろう。対して相手の使う言語は4ビートくらいの緩やかさだろう。


「お疲れさま。お仕事忙しいね。ちょっと渋滞ぎみだからコンビニで一服しようか?200m先くらいにあるからコーヒーご馳走させてよ」


「は、ははい。オケーす」


「はは。面白いね君」


最悪だ、、。
こんな世の中なくなればいい。
オレだってそのつもりだったもん、、。


優雅な枕ことばを扱う彼らは、それに反比例した行動力で一代で財を築く天才たちである。本人たちはそのコミュニケーションは努力の賜物だと言っているが、対岸の私たちからすれば、それは神から与えられたギフトに他ならない。何も私はこんな怪物どもと競い合うつもりはない。カテゴリー違いなのである。その代わりコッチの奴らには負けるつもりもない。



建設業は割りと「コッチの奴ら」の溜まり場である。
ここで気を付けたいのが「訛り」と「自慢話」は早口に含まれないことである。訛りは、まぁ分かるだろう。ただ訛っているだけなのだからコレ以上の追及は思わぬ傷を与えかねない。問題は自慢話であって、この劇薬を早口に含んでしまうと上で紹介した天才たちも一般枠に来てしまい、自慢時に早口になるというのは、ただの人間の証なのだろう。それらを除外した上での早口というのは、挨拶、質問、相づちといった基本動作すべてを16ビート以上で行う本物のスタンド使いである。




建設現場の朝は早い。しかし私のバディは来るのが遅い。


「はょぅす」


「ょう」


早口同士の挨拶とはこういう風になる。
これが後輩や同僚ならシカトを決め込んでも構わないのだが、遅れて来たこの人は一応先輩であり、怒りを含んだ小さい声は「挨拶くらいしてやるか」という意思表示である。それを感じとったコイツは


「しゃる」


と、言うと作業を開始しはじめた。


「よしやるか」じゃねーんだよ。
詫びのコーヒーくらい買ってこいよ。毎回、毎回遅刻ばっかしやがってよー。遅刻だと思ってねーだろ?てめえみてーな言語障害とコンビ組まされてるオレの身にもなれっつーの。


早口は早口を聞き取れる。
脳内に流れている声質が多少変わったところで会話に支障がある訳でなく、もちろんこれは少数派の意見であって、結果わたしはコイツと組まされる。


いや、オレだってね。組みたくないよ。
組みたくないけど悔しいじゃん。なんでコイツ相手にキョトン顔しなきゃならねーんだよ。なんで会社に「なに喋ってるか分かりませ~ん」て泣きつかなきゃならねーんだよ。逆だろ。てめーが折れろ。


こうして世界一レベルの低い争いが始まるのであった、、。





ノロノロノロ、、。バンッ、、。バンッ。


遅っ!!
おっせぇぇー!!いや、オレも遅いよ。でも仕事だからな?納期ってもんがあるからな?もう少し早くできるだろ?



バリバリバリ、、、。


んで何で壊してんの??
遅せーならせめてミスしないでくれよ。いや、オレもするよ。でももう少し焦るよ。


コレには私も声をかける。残業はイヤだ。ボルテージが上がって18ビートくらいにはなっていただろう。


「オレも手伝うんで二人で壊しましょう!ソッチ持ってて下さい」


「わっよ」


と、言ったくせにコイツはのそのそと自分の持ち場に戻って行った。


は?
てめえ何一人で開始してんだよ?
「わかったよ」って言ったよな?
「悪ぃな、あと任せたよ」って言ったのか?お前もうそんなレベルなのか?とりあえず早くコッチ来い。てめーが持つもんだと思ってたから支えきれねーだろ。


「○○さん早くコッチ戻って来て!落ちる!」


「わったわったわったよ」


ノロノロノロ、、、。


早くしろ!!!
ぶっ殺すぞ!!!


「ヤバいヤバいヤバい早く下持って!」


「わたわたわた」


のそぉ~、、。


「早く早く早く!!あぁぁぁー!!」


ガッシャーン。


、、、、、。


「ああ」。


ぶっ殺すぞ。
のそぉ~、じゃねーんだよ。どうゆう神経してんだよ?何が「ああ」だよ。100%てめえのミスだろ。誰掃除すんだよ?ふざけんな残業確定だろ。だから朝早く来いっつてんだろ。てめーが掃除しとけ。


なんという醜い争いだろう。
仕事が遅いペアの現場は汚く、汚い現場の進みは悪く、進みの悪い現場の打ち合わせは多くなる。気の毒なのは現場監督だろう。なんせ言語障害二人を相手にしなければならないのだから。
と、言っても彼らもプロ。
仕事柄、耳が良い人が多く、彼らに「ん??」と言わせた時点で高みに登ることができ、切磋琢磨を重ねた私たちはあと一歩の所まで迫っていた。



トュクトュクッ!トュクトュクッ!


早口同士が会話している姿を一般人がバカにする場合、よくこの擬音が使われる。
が、本人たちは誉め言葉だと勘違いしており、次なる擬音への挑戦を止めるつもりはない。それを解っている現場監督は「もう少し落ち着いて話しなよ」などど月並みなことは言わず、少しでも無駄な会話を避けるため、あらゆる七つ道具を使い私たちを操ってくる。流石は幾つもの現場を掛け持ちしているプロである。何とかしてキョトン顔を引き出してやりたいものである、、。


「ここの仕様なんだけどさー、この図面に載っているプラスこの写真のように作ってほしいんだよねー、その分のかかった手間はメールで教えてくれれば、上と掛け合って損しない金額は出すからさ。いいかなそれで?」


こうされると返せる答えはイエスかノーしかなく、私たちのような実力も度胸もない奴にとってはイエスしかないのだが、ここでイエスと言ってしまえば残業確定である。しかもこの手の決まり文句でタダ同然の仕事をさせられることなど良くある話で、かといって会話を録音するのも如何なものか、、。自分の声など聞きたくないものである、、。


イヤだ。断れ。
この写真のようにってのがこの業界じゃ呪いの言葉だ。そんな後々メンテナンスが来るような仕事はしたくない。つーか普通にめんどくせぇ。設計者が自分の色を出したいだけだろ。事件は会議室で起きてるんじゃねーんだよ。レインボーブリッジを封鎖せよ。


だが、てめーが断れ。
オレは「素直な早口」でいたい。てめーが一言「リっす、、」って超っ早で言えばいいだけだ。打ち合わせ担当はお前だ。お前はオレだ。ハズレくじを引くくらいなら逃げる人間だ。


私は一言「うっ。ショベ」といい放ちトイレに逃げ込んだ。おそらく戻ってくる頃には話がついているだろう。断れ。断れば流れる。コレはその程度の案件だ。



ノロノロノロ、、。バンッ、、。バンッ。


戻って来ると、いつものトロくさい作業風景が写ったのだが、一つ違うのは焦った一般人も写り混んでいることである。現場監督がまだ帰っていない。そんなに重たい案件なのか?


「あれ?まだ何かありましたか?」


たまらずそう訪ねると「いやー、これオレの知り合いのやつだからサービスしてやりたいんだよねー」と言ってきた。なるほど。情絡みか。相手を選べ。早口は過半数以上がドライな人間だ。特に同性にはな。


だが、フランクに接してるとはいえ相手は管理職である。
嫌われていいことなど一つもなく、答えに困ったコイツは作業を開始したのだろう。普通はこの行動自体がノーと捉えられるのだが、私たち早口者はなぜか「コイツ耳も悪ぃな」と思われることが多く、「粘れば何とかなる」と舐められた結果、負けることになる。



「○○さーん!監督がまだ話あるみたいっすよー」


バンッ、、、。バンッ、、。


っちゴミが、、。
聞こえないフリしてやがる、、。
確かに現場には超スピードの爆音職人というのは一定数いるが、オレらはソッチ側じゃない。白状する。全部聞こえてます。もちろん悪口も含めてな、、。


「いーよいーよZEN吉さん。別に誰でも出来る仕事だからさ。ジロッ」


やめろオレに振るな。
じゃあお前がやれよ。お前の知り合い何だろ?ちょっとは作業しろ。この前「道路にゴミ飛んでるから拾っといて」って言われた時さすがにキレそうになったわ。気付いたんならテメーが拾え。ビニールも拾えねーのかタコ。


「あー、もう○○さん呼んできますわ。最近人生の調子悪いみたいなんで、、」


まくし立てる様にそう言うと、私は彼のもとに歩み寄った。言っても分からない奴にはこうするしかなく、私たちが最も嫌う行動である。


ウィィィーーン!!


すると彼は勢いよく、持っていた電動工具を回し始めた。
コレ以上近づくな。という警告なのだろう。私は気にしない。動きの早さはコッチが上である。


ザッザッザッ、、、。


彼との距離が縮まる。
それに合わせて工具の回転数が上がっていく。


16、、20、、24、、、、32!!


「寄るな寄るな寄るなオレ早く来るの無理。ロリ朝見逃せない。ZEN吉オマエ熟女だから朝も夜も平気。すいません監督、それZEN吉お願いします!!」


それを聞かされた私たちの顔は、、、


キョトン。


そして台詞は、、、


「ん、、。ああ、、」。






早口とは我を通す言葉なのだろう。
防御力は0である。回避力80に攻撃力20といった所だろう。それで人生は上手くいく。それを教えてくれたのが、、、


「32ビートの男」である。