トンネルには車で入ろう

トンネルを恐れない人がこの世にいるだろうか?いるのなら会ってみたいものである。あの感覚、色、音、におい。六感全てで警報器が鳴っており、それを感じ取れないという人間はきっと何処かが破滅しているに違いない、、。兎にも角にも、あの場所に生身で入るのは止めておこう。



何も私は心霊スポットを紹介したい訳ではなく、いち旅人として感じたことを書いていきたい。「旅人」とは言ったものの、経験値が浅い私は


車 → 自転車 → 歩き


といった具合に、体力に逆行する形を取っていった「大人になってからの旅人」という奴なのだろう。よくいるこのタイプの旅人は野生より理性の比率が高く、突拍子のないことが得意ではなく、つまり車以外でトンネルに入ったことなど無い人間が多いのではないだろうか。


ここで持論を一つ。
光が射すトンネルをトンネルと認めない。そうだな、そのためには長さ500mは必要だろう。引き返そうという気持ちを与えてもいけない。それじゃあ、1㎞は必要だな。車という文明の利器に浸かったビギナーどもよ、トンネルの恐怖を思い知るがいい。




今回の私の旅は自転車だったのだが、この自転車という乗り物は一見便利そうに見えてそれがタチが悪い。用はどっちつかずの乗り物であり、幅の広い道路ではギリ車道を走っても許されるが、狭くなるに連れ「お前ら何様??」という怒りをドライバーから向けられることが多く、実際に私もそう思ううちの一人であった。いくら交通法では車道を走ることが許されていようが、現実世界では邪魔以外の何者でもなく、轢かれたくなかったらお前らが気を使え、というのが一般論であろう。

そしてこの「一般論」というもの非常に厄介な言葉なのだが、私はドライバー上がりのチャリダーということで、どちらの主張も解っており、戦争の火種を避けるべく万全の準備をしていたつもりである。




プッ!!


青天の中、小気味良いクラクション音を鳴らし、牧場主は私に手を振ってきた。


「ざぁ~す」


と、笑顔で会釈をし、それがお互いの一ページになる。
これを旅という。


私の格好はヘルメットに蛍光色の雨ガッパ、自転車の後ろに買い物カゴをぶら下げ、いかにも初心者といった装備であった。三十前半の頃だったと思うが、冒険心と美しい牧場の景色によって作られた私の表情と格好を見て、牧場主は「元気なあんちゃんだな」と思いクラクションを鳴らしたのであろう。


うん。いい旅だ。
全てが裏返っている。
牧場は苦手だったんだけどな、、。くさいし。おまけに遠足でフン踏んで以来、牛がマジで嫌いになったし。クラクションも大嫌いなんだけどな、、。こんなんただの感情爆破装置だろ。


秋は職業柄いい思い出がなかった。
建設現場の秋は忙しい。雪が降る前に工事を着工したく突貫工事が多くなり、ただでさえ短い秋が紅葉も見る間もなく散っていくのが十年近く続いていた。四季を楽しめない北国にいる意味はあるのか?と思い配置転換を希望していたのがやっと通り、今わたしは旅をしている。秋の空は高く、こんなにも澄んだ空気を吸うのも久しぶりである。だが、秋の空は変わりやすい。先程までの青天が曇天に変わってきている。


っち。来やがったか「女心と秋の空」。
うまいこと言うじゃねーか。ってかズルいよね。これでフラれた男どうすりゃいいんだよ。まあ、オレは季節関係ねーけどな!!でも安心しろ。失恋が人を成長させる。見ろこの装備。運転手からも見えやすいよう蛍光色だし、現場用のヘルメットにヘッドライトを着けておいた。くそダセーけどな。男は見た目じゃねーんだよ。気遣いなんだよ。わかったか二十代?わかったらさっさと女紹介しやがれ。


生身の状態ではいつも以上にメンタルが天候に左右される。ポツポツと雨が降ってきた。


あーもう最悪。
こうゆうのも旅の一環って言う奴いるけど、全然そんな事ないからな。マジでオール晴れでいいから。ソレ言ってる奴ただの偏屈野郎だから。


ザ、ザザァーー!!


ちょ、ちょっと待て!気変わるの早すぎだろ!どんな女だよ?脳噛ネウロの犯人並に情緒不安定だろ。助けて、殺せんせー。


そこは捨てる神あれば拾う神あり。数百メートル先にトンネルを発見したので急いで自転車を走らせた。私はここで大きなミスを犯している。トンネルの全長を確認しなかったのである。


よっしゃ、ナイストンネル。初めてオマエに感謝するわ。少しゆっくり目に走ってやるか。そうすれば出る頃には晴れてるだろ。


そう思っているのも束の間、さっそく一つの難題が突きつけられる。


えっ?歩道狭っ!
どこ走ろう、、、。


そのトンネルは車道と歩道が縁石によって別けられており、その段差を走行中にむりやり跨ごうとすれば、おそらく転倒して車に轢かれるであろう。


どうしようかな、、。
よし。車道にしよう。この狭い歩道だとかえって危険だ。ここは道路交通法に従おう。よっこらせと。と、その時


プァァーー!!!


と、クラクションを鳴らされた。


あ~??
うっせぇ~!!!
何だてめー!!ちゃんと乗る前に後ろ確認しただろーが!!対向車もいなかっただろーが!!落ち度ゼロだろーが!!今のクラクションどうゆう意味だコラ?歩道走ろってか?そんな事コッチはお前の百億倍考えた上で結論出してんだよ。殺すぞ。何だそのだせぇナンバー。何が6969だよ。マジ死ねよ。


「あー!マジで耳痛え~!ホント、むかつくわ~」


先程までの良い想い出がすべて塗り替えられている。休暇中というより仕事中の精神状態になっており、こうなると旅は台無しなのだが大人には大人の回復術がある。


落ち着け。ホントに落ち度は無かったか?
そもそも走るっていう選択が間違っているんじゃないのか?双方が納得できる答えはなんだ?わかった。自転車から降りよう。並列する形で自転車は車道に飛び出るが、オレは歩道を歩こう。これがベストだ。


トンネル内では先程のクラクションが木霊しており、それが私に冷静さを取り戻させた。トンネルを歩く経験など中々できず、これも旅の一興だろう。


が、長い、、。

まだ着かないのか、、。時速3㎞は出てるはずだぞ、、。感覚が狂う。車の走行音が反響して距離感が狂う。匂いもカビ臭いし、辺りも暗い。これなら外で雨に打たれていた方が良かった、、。


お次は後ろから大型トラック。


バシャーーン!!


ふっ、、。このクソトラック、、。
誰もてめーの水浴び喰らいたいなんて言ってねーんだよ。何で減速しねーんだよ?そんなにノルマきついのか?オレの真っ黄色のカッパが見えねーのか?逆にかけてやろうと思っただろ?真っ直ぐしか走れねー奴に限って根性が曲がってんだよ。


テクテクテク、、。


ま、まだか??
さ、寒い、、。さっきのトラック野郎に喰らった一撃で一気に体温を奪われた。あ、、。ションベンもしたくなってきた、、。別に黄色いカッパだから漏らしても大丈夫だけど流石に恥ずかしい、、。


すると、ようやく出口の光が見えてきた。


やった!!
ようやく着いた!!走れ!!でも、決して乗るんじゃない。押しながら走るんだ。これが大人の全速力だ。


最後に本日の二発目。いや、二発目と三発目。


プァーー!!!
ププァーーー!!!


あーー!!!
うっせーなぁぁ!!!
何なんだお前ら!?二台そろってよー!!クラクション鳴らす暇あんなら減速しろよ!!絶対そっちの方が正面衝突さけられるから。世の中で起きてる事故の8割は「クラクション一択バカ」のせいだから!つーか、お前ら軽だろ?その車幅じゃ絶対にぶつかんないから。何で二台とも、オレが悪いみたいな顔してんだよ。ごく稀にトンネルに生息してる「はぐれメタル」もいるんだよ!!しかも金色のゴールデンはぐれメタルだぞ??良かったな会えて。経験値爆上がりだぞお前ら。


ふう、、。まぁいい。
無事にゴールできたんだ。トンネルライブのラストにふさわしい演出だったと捉えよう。


テクテクテク、、。


あれ??
何あれ??


「この先、第二○○トンネル。全長2118m」


、、、、、。


何でそうなるの??