穴だらけの男のトークに穴はない

私たち建設作業員の中には、見た目がみすぼらしい人間というのは結構いる。きつい、きたない、きけんの3K仕事なので服はすぐにボロボロになるのだが、人と接することも多いので皆、頑張ってきれいにするよう心掛けている。そんな中、そんなのを無視して我が道を行くものがいる。その男のトークはとにかく面白い。


その男、胸に「ARMY」とプリントされたパーカー。ぶかぶかのズボンにすり減った靴。常にこの薄汚れた穴だらけの格好である。歳は45~50で背は低く、小太り。運動神経が良く、仕事ができる。明るい性格で年下から人気があって、私も大好きなのだが、決して尊敬はされない。道標にする人間ではないことを皆わかっており、いつもボロボロの格好を年下にいじられている。


「もう、その服捨てましょうよー。どうやったらそうなるんすかー」

「ばか、オマエわかってねーな。これがいいんだよ。雑巾の代わりにもなるし、通気性もいいんだよ。オマエもやってみろよ」

「いや、もう12月っすよ。ってかボロボロすぎてもうアーミーの文字消えてるし」

「おっ、マジだ。さみっ。サーミサーミー。サミーソーサ、サミーソーサ」

と言ってソーサがホームランを打った時の真似をしていた。

笑いの瞬発力が非常に高く、体を張るリズムネタも得意である。
ボキャブラリーも豊富でネタが尽きることはまずない。こんな面白い人間は中々いなく、まさに大人気である。たまに会うぶんには、、。


ある夏の日、私一人でアーミーさんの現場に手伝いに行くことがあり、非常に楽しみにしていたのだが、現場に着くと空気はピリついていた。私の会社では二人一組という業務形態をとっていて、コンビ芸人のように基本的にずっと二人だけで仕事をしていく事となるのだが、どうやら相方さんはアーミーさんのだらしなさに嫌気がさしているようだった。それもそうだろう。50手前でボロボロな服を着て、お金のない高校生のような生活をしている。そんな姿を毎日見ていると腹も立つだろう。それを持ち前の明るさと仕事力でカバーしていたアーミーさんだったが、どうやら今回はそれを上回る事件が起こったらしい。

私たち職人の道具に釘袋という手道具を出し入れする腰かけ袋がある。エンジニアでいうPCのような初期装備であり、職人の命と呼べるこの「釘袋」。アーミーさんのには大きな穴が空いていた。これは本当に話にならない。原始人と同じで、素手で釘を打つくらい効率が悪くなる。普通は予備の釘袋があるか、小さい穴が空いた時点で買いに行くのだが、パチンコで負けて金がなかったらしい。しばらくガムテープで補強しながら使っていたのだが、そんなことをしてもはすぐ破れるし、また破れたタイミングが悪かった。お偉いさんが現場見学に来た時に、あろうことか真上で破れたのである。

この男の釘袋の中身は最悪だ。錆びた釘、泥だらけのネジ、木のカスなどを入れる習慣があり、私たちの間で「ゴミ袋」と言われていた。そのゴミのシャワーが上級国民に降り注いだのだから、最早ただのコントであろう。しかも、本気で謝ればよかったものをこの男は「あれ?今日の天気なんだっけ?」と笑いを取りにいったのである。さすがにこれにはお偉いさんも怒り、相方さんが「すいません!こいつホント馬鹿なんです!お怪我は無かったですか?」と必死にフォローする事で何とかおさまったのだが、その後現場への締め付けが強くなり、工事が思うように進まなくなって現在私が手伝いに来ているのだった。なるほど、これはアーミーさんが100%悪いだろう。


「わりーなZEN吉。おまえらも忙しいのによ」

相方さんがそう言って謝ってくれた。大人の発言である。
一方もう一人の大人は煙草のシケモクを吸いながら大音量でパチンコの動画を見ていた。楽しそうである。

まずいってアーミーさん、、。
もう少し悪そうにした方がいいって。さすがにキレられるぞ。

「おい。アーミー。もうちょっと音小さくして」

ほら。キレかけてる。
しかも今日は猛暑日だ。イライラも増すだろう。

「今大当たり中だからちょっと待って」

いや、しょせん動画だろ。本番で大当たり引けないからって、、。
てか動画でそんなに楽しめるんなら本番行かなくていいだろ。

「いいから、切ろやーー!!」

まずい。キレた。

「あとよー!オマエいつになったら新しい釘袋買うのよ?ゴミみてーな袋使ってよー!ホント反省してんのか?」

シャワー事件後もアーミーさんは破れた釘袋を使い続けていた。ガムテープを何重にも巻いてあり、志々雄真実の生首を腰からぶら下げているようになっていた。

「ズボンもいっつもボロボロだしよー!こっちはオマエのパンツなんて見たくねーんだよ!!」

正論である。誰もおっさんのパンツなど見たくはない。
しかもごく稀にパンツまで穴が空いているという皆既日食が起こることがあり、その時、陰部を直視してしまった者は「蝕」の世界を体験することとなる。

「あと、すーすーすーすー息もうるせーしよー!」

どんどん出てくるな。
ストレス貯めすぎだろ。

アーミーさんは歯を磨いた事がないらしく、若い時は問題なかったが年を取るにつれ唾液量が減り、虫歯で歯に穴が空いていた。その穴からいつも水鉄砲を出したり、メロディーを奏でたりして遊んでいた。

「ハァハァ、、。おい、ZEN吉。おまえも何か言ってやってくれ」

いや、もう十分だろ。オレまで巻き込まないでくれよ。
つーかアーミーさん聞いてなくない?まだ動画見てるよ。どんなメンタルしてんだよ。

「ええと、、。さすがにズボンぐらいはちゃんとした方がいいんじゃないすかね。施主さんと会うこともあるんだし」

さぁ、どう出るアーミーさん?
今回は素直に謝るしかないだろう?

そうすると彼は

「あ~、面白かった。大勝利。おっ、ZEN吉いたんだ?ちょっと待ってろ。いいもんやる」

そう言って何処かに歩いていった。

え?こんなのアリなのか?
相方さんナメられ過ぎだろ。止めろよアンタ。


しばらくしてアーミーさんがきれいな恰好で戻ってきた。
どうやら彼は勝手に私の車から着替え用の作業着を見つけてきたらしい。

「いや!それオレの服じゃないすか!」

「ん?そう?はいこれ、プレゼント」

「いや!これもオレの予備の釘袋!ん?何か入ってるし、、、」

最悪の物が入っていた。

「うわっ!パンツ!」

「へへっ。オレの脱ぎたて。まじプレミア。今おれ、ノーパンしゃぶしゃぶ

「もう!最悪!全部あげるっすよ。もうっ!」

「あ、そう?んじゃ、もらってやるよ」。


戦術、戦略において穴がない完璧な作戦である。
それを見ていた相方さんも、どうしよもねえなコイツと言って爆笑しており、私も大いに話のネタにすることができた。


私は思う。
組織において最も必要なピースというのは、こういう男なのではと、、、。