熊出没注意に注意せよ

皆さん、野生の熊に出会ったことはあるだろうか?私は無い。私の育った場所は熊出没地域で、目の前の農作物が荒らされるほど近い距離感にあるのだが、家族で遭遇したことがあるのは祖父だけである。つまり、野生の熊に出会う確率など人生7周に1回くらいのもので、真に恐ろしいのは過剰に恐怖を煽ってくるあの「熊出没注意」の看板にあると私は思う。


あの看板は車の中から見ても何も思わない。むしろ「出てこい!見てみたい!」と思うのではないだろうか。あの看板を見た状況の恐怖度を比べると、

徒歩 > 自転車 > バイク

の順になっており、全ての状況下で熊がその気になれば殺される危険性を秘めている。

熊ってマジで何なの?
ライバルなしかよ。しかも本当に襲われた事例があるから怖えーんだよ。

子供でもその危険度は認識されていて、親から「悪いことしたら外に出して熊に食べさせるぞ」という最上級の脅しを受けている。思考回路のぶっ飛んでいる親だと「○○さんとこの子供、熊に食べられたんだぞ」というPTA問題になるウソまでついて子供のしつけに利用している。とにかく、私の地域の子供の間では無闇に「熊」と発言するのは場の空気を壊すことになり、百歩譲って安全な屋内で使うならまだしも外で使うようなものなら、それは破滅の呪文に等しい。友達の家からの帰り道に事件は起きた。


「おい!たまには違う道で帰ってみようぜ」

「うん!」

「ZEN吉は?」

「え?やだ。普通に帰ろうよ。迷ったらどうすんの?」

「うわ~。ビビッてる~!じゃあ俺ら二人は新しい道行くわ」

「うそ。やっぱオレも行くよ」

このクソガキが。それは三人組では禁じ手だろ。

 

一人で帰ることなど怖くてできるわけがなく、強制的に安全が確保されていない未開のルートで帰ることになった。どこに続いているか分からない道など通りたくはなく、当然その気持ちの背景には「熊」がいる。そんなの大人になった今でも御免である。ビビりまくっている私を見て、言い出しっぺの彼は

「安心しろよZEN吉。父さんがこの道の方が早いって言ってたんだ。今度からこの道使おうぜ」

と自信満々に言ってきた。それを聞いて安心したのが15分前。どうやら勝手が違ってきている。その話が本当ならとっくに家に着いているはずだ。
ジャイアンスネ夫のび太の三人は全員泣き出しそうになっており、もちろん私がのび太である。

「もう引き返そうよジャイアン、、。」

「いや、もう少し。あと少しのはず。どうするスネ夫?」

「どっちでもいいよ。ん?何だ?あの看板は?」

みんなで看板の所まで駆け付けた。もう何でもいいからとにかく情報が欲しかった。でなければあんな古びた看板になど近づかない。ホラー映画さながらの文字で書かれていたのは、、、。

「熊出没注意」

ここで全員の呼吸が止まる。

「く、、く、、」

やめろスネ夫。それ以上は言うな。田舎の中でも都会よりの家庭で育ったスネ夫は動物への耐性がない。

「熊だぁぁーー!!」

ついに破滅の呪文は唱えられた。


「わぁーー!!ドラえもーーん!!」

全員がそう叫びながら、来た道を全速力で引き返した。
幸か不幸か自転車に乗っており、しかも下り坂だったことでスピードが出たのだが、ペダルが空回って脚にぶつかり家に着く頃には全員の脚が血だらけになっていた。ただ看板を見ただけなのに実害としては熊に襲われたのとなんら変わりはなく、このような事件の噂が人々の耳を通るうちに「○○さんの子供が熊に食べられた」と成るのが田舎のサクセスストーリーである。



このような恐怖を植え付けられている私が少し物申したいのは、「熊出没注意」が車のステッカーやTシャツなどの商業目的というかお笑いのネタにされていることである。

全然面白くねーから。そんなに好きなら実際に会ってみろよお前ら。このワードを軽々しく扱ってんじゃねーよ。

ちなみに看板の恐怖度にも序列はある。
一番は先程述べた古びた放置されているタイプで実際に熊らしき爪痕が残っているものもあり、それを生身の状態で見た者は命のカウントダウンが始まっていると思っていい。
次に、意外と怖いのが「熊が出ました。○○町」とシンプルに書いてあるものだ。大人になって自転車の旅を楽しんでいる時にこれを発見した。

 

「へぇー。「熊が出ました」か、、、。だから何?オレ自転車だぞ」

完全に舐めきっている。公道ばかりのサイクリングに飽きてきており、自分の走破性にも過信している。

「あれ?なんか怖い雰囲気になってきたな、、、、」

山道を走っているうちに地元の頃の感覚を思い出してきており、熊が出そうな雰囲気というのは肌が覚えているものである。そこに二つ目の看板が現れる。

「熊が出ます。○○町」

ヤバい!!確実にいる!!
だってそうだろ?一つ目の看板は過去形で「熊が出ました」。その熊はどこに行った?
ここだろ!だから今ここでわざわざ現在形で「熊が出ます」にしてるんだろ。早く逃げろ!!マジで死ぬ!!

あとは子供時代と同じく必死に来た道を戻るだけである。違うのは多少の語彙力が付いていることだ。

「ハァハァ。○○町役場マジでぶっ殺すぞ!!「熊が出ます」じゃねーんだよ!!どんだけ無責任なんだよ!!早く猟友会に打ってもらえよ!!ハァハァ、ハァハァ、、、。注意だけの看板なんて意味ねーんだよ!!「熊が出たけどブッ殺しました」って看板つくる努力しろよ。ハァハァ、、、。わぁーー!!ドラえもーーん!!」

命の危険が迫った人間の言動なんてこんなものだろう。


最後にしっかりと弁明をするが「熊出没注意」の看板には意味がある。年間、百人以上の命は救っているのではないだろうか。
だが、年間一万人以上の寿命を奪っているのも悲しき事実である、、、。