訛りを使いこなせば神々の領域

仕事がデキて、話は面白く笑顔も素敵。この時点で既に天上人なのだが、彼らを神へと押し上げるアイテムが「訛り」だと私は思う。だが、これは劇薬だ。薬の特性をしっかり理解していないとただのデリカシーのない奴にしかならない。非訛り人である私が長期間、彼らを観察した結果を述べていきたい。


「訛り」とは分かりやすく言えば、劣化関西弁である。関西弁のように国の第二言語として定着はしていないが構造は同じであり、地方独特の田舎っぽさが親近感を与える。その側面、クセが強いという事実はぬぐえず、だから皆、柔らかく美しい標準語の使用を心がけているのだろう。私なりに好印象度の点数をつけると、

「訛り人で愛想が良い人」が100点
「標準語で愛想が良い人」が90点
「標準語で愛想が悪い人」が40点
「訛り人で愛想が悪い人」が10点

と、なり、当たり前のことだが人が他人を見る時は、相手の言語で判断するのではなく愛想で決めている。しかも愛想というものは社会生活を送る上でも身に付くのだが、育った環境など先天的な要素が強く、いくら頑張っても「愛想が良い人」になれるとは限らない。つまり、オレって無愛想なのかなぁと感じている訛り人は高確率で赤点を取り続ける危険が高く、とりあえず標準語を習得して平均点を目指すしかないのだが、非訛り人が絶対に取ることができない100点満点を取る可能性もあるというもので、これが冒頭で「劇薬」と表現した理由でもある。



「んで、結局それってどゆコト?」

訛りレベル85の先輩が会社の説明会の場で、こう発言をした。私たち現場作業員でも年に一回くらいは、緊張感をもった説明会的なものを行うのだが、普段の現場での打合せと違うところは説明者の役職が高いところである。

おいおい、マズイってその聞き方は。
アンタもう四十路だろ?敬語くらい使えって。いつもの兄ちゃんとする打合せじゃねーんだぞ。しかもアンタ無愛想だからケンカ売ってるようにしか見えねーんだよ。なんで一番前に座ってんだよ。説明者の気持ち考えろよ。

「はい。具体的にはどのあたりが分からなかったのでしょうか?」

まあ、そうなるよな。質問のレベルが低すぎる。
あんた地球人?と聞いているのと変わらん。大変だな、この説明者も。

「ん?どごって言われてもなぁ、、。全部だ」

アンタもう帰れよ。
最初から聞く気ねーだろ。わかんねーならメモくらい取れよ。荒し屋かよ。

「ええと、、、。流石にまた最初から全部を説明する時間はないので、、、。せめて一点だけ、もしくは他の質問者の回答をしている時にその回答を聞いていただく形を取らせてもらってもよろしいでしょうか?」

さすがだ。絶妙なかわし方だな。オレも参考にしよう。

「ああ、わがった。そうする。けれども、もう少し分かりやすい話し方してもらっていいか?もうちょっとオレら寄りっていうか標準語つーか」

頼むからこれ以上しゃべんなよ。マジで恥ずかしいわ。これ以上の標準語ねーだろ。アンタ普段どんな耳してテレビ見てんだよ?字幕にしてんのか?お願いします、怒らないで下さいね。おかしいのコイツだけですからね。

「、、、、、、、、。努力します」

明らかに怒気が感じられたが、質問者が変わると説明会はスムーズに進行し、穏やかな終わり方をすることができた。

見てわかる通り、不愛想で敬語も使うことの出来ない訛り人とは、ただの荒し屋である。普段、自分がいるコミュニティでは理解してくれる仲間と楽しく過ごしており、私も彼らの人格を否定するわけではないのだが、こういう場ではマイナスだろう。しかも彼らは、この訛り言葉で仲間を作ってきた自負があるようで標準語の習得に後ろ向きになっている。

標準語ってゆうか敬語くらい使えた方がいいと思うけどな、、。



さて、次は「神」と成った訛り人を紹介していこう。

その人物とは私の会社の社長である。
中企業の一社員の私にとって社長と接する機会などなかったのだが、偶然にも会った場所がもう親近感が湧くのである。


「あ~、最近つまんねーな。せめてパチンコ台くらいは振り向いてくれよ。ん?何あの台?スゲェー出てる!!!」

パチンカーの習性として爆発している台を自分に置き換えて大勝気分を味わうというワザがあるのだが、そのためには打ち手のチェックは必須である。

「いーなー。誰だろう?うらやましいな~。あれ?アレ社長じゃない?」

私が社長について知っていたことは、営業で物凄い実績を上げたことと、優しい笑顔と訛り言葉を持っていることであったが、今日そこに庶民性も加わった。

パチンコとかするんだ、、。
金には困ってないだろうに、、。しかもあの表情。楽しそう。きっとこの雰囲気で数々の顧客を獲得してきたんだろうな。
見ろ。パチンコ台もこの人に出してもらって喜んでやがる。何連させる気だ?お前オレが打ったら当たりもしなかったクセに。

そう思いながらボーっと突っ立ていると

「おーい!ZEN吉くん!!」

と社長に声をかけられた。

おそらく作業服をみて社員だと気づいたのだろう。
その訛った声には親戚の叔父さんのような優しさが込められており、とても初対面とは思えない距離感であった。

「俺はもう十分楽しんだからよ、あとは俺の分まで楽しんでくれよ。任せたよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

この声に任せたと言われて断るという選択肢はない。反射的に台を譲り受けた私の肩をポンっと叩き、社長は笑顔で去っていった。

なるほど、、、。
これが神々の領域か、、、。


ちなみに神との接触後、オレも神になれるんじゃないかという淡い期待を裏切るようにパチンコ台はピタリと止まり、ギャラリーに失笑されたことも自分を思い知るいい経験であった、、、。