気付かないふりカンストを目指そう

「気付かないふり」。こんな優しい行動はないだろう。よく自分のことを気付かないふりが上手な気の利く人間だと自慢している人がいるが、本当の気付かないふりというのは、全ての事実を墓まで持っていくことをいうのではないだろうか?私は決して優しい人間ではないのだが、せめて9999くらいの事実と共に生涯を終えることを目標にしている。

根っからのウワサ好きには無理な数字だろう。あの人たちは脳というか胃の構造が常人とは違っている。事実を気付かぬふりとして内に貯めて置くことを体が許してくれないようで、その場では当事者に気を使って下手な演技でごまかすのだが、当事者がいなくなった瞬間、我慢できずに胃の中の吐瀉物をまき散らす。彼らは生涯99の気付かないふりができればいい方だろう。つまり大前提として、いくら気付かないふりの演技力に磨きをかけようが当事者に「どうせこの人あとでペラペラ喋るんだろうな」と思われた時点で気付かないふりカウンターが進むことは絶対にない。手っ取り早くカウント数を稼ぐには、幾つかのカテゴリーで複数のキャラを使い分ける必要がある。こんなのは男の私が説明するよりも大女優である女性の方々に実例を見せてもらうのが一番なのだが、低レベル男子のパターンも参考にして頂きたい。


「ZEN吉~。今度の飲み会どうする?」

いや、今ここで聞いてくんなよ。
みんないるだろ。主催してくれた強面の先輩もいるんだぞ。断りづれーだろ。行きたくねーよそんな酒癖悪い飲み会。

同僚の声の大きさは先輩に聞こえるか聞こえないかの微妙なラインだったのだが、あのド下手な演技からすると多分聞こえていたのだろう。

見ろ。急に寝転んで聞き耳を立ててやがる。ド下手かよ。せめて電話かかってきたフリぐらいにしとけよ。

「いいね、行きたいな。えーと、、、。あ、ダメだ。その日親戚の結婚式だ。うわー最悪」

この断り方をしとけば穴がない。ただし使えるのは年二回目までである。

「そっかー。んじゃ後で先輩に伝えとくわ」

うん。今聞いてると思うけどね。

「ちなみにその結婚式って何時まであんの?終わった後じゃ来れないの?」

もういいから掘り下げてくんなよ。
オマエ味方じゃねーのかよ。証拠つくるのめんどくせーんだよ。ほら見ろ、先輩の耳でかくなってきたじゃねーか。

「たぶん無理だわ。夜遅くまであったはず」

「そっかー残念だな」

短いやり取りではあったが、「私」「同僚」「先輩」、この三人の登場人物の気付かないふりレベルを比べると、

同僚 > 先輩 > 私

の順となり私のレベルが一番低い。

所詮、男なんて大根役者の集まりであって、「私」のように自分の勘は鋭いと思い上がっている人間が一番危険なのである。その優越感を自分の心に留めているのならまだしも、大風呂敷を広げて自慢するようなことがあるならそれはただの痛いヤツである。逆に「同僚」のように天然というか良い意味での鈍感力を持っている人間が一番強く、彼らは人の痛みも分かっており、無闇に噂を広げることもしない。結局はシンプルな人間が一番強いのである。気付かないふりが上手になりたいのであれば曖昧な洞察力を鍛えるより、石ころのようなキャラを作り上げる努力をした方が良い、というのが男社会で生きてきた私の感想である。



私にはそのキャラを作り上げるために参考にしている人物がいた。前述の同僚のような「明るい石ころ」ではなく、一言もしゃべらない「暗い石ころ」のような男であった。害もなければ得もないといった人物で、一言でいうと「存在感がない」のだが、それも魅力的な性格だろうと思った私はウザがられるのを覚悟して彼に付きまとうことにした。

つまるところ気付かないふりというのは無言を貫けばいいだけで、その期間が長ければ長いほど当事者に安心感を与える。今回、彼に付き合ってもらったのは無言耐久レースであり、誠にウザかったと思うが私も新たなキャラを作るのに必死なのである。


「○○さんおはようございます。うわっ!!」

わざと雪道ですっころんでみせた。この日のために底のすり減った靴を用意しておいた。

さあ、どう出る?

「、、、、、、、、」

む、無言だと?
ウワサには聞いていたが本当ヤバいなこの人。普通、大丈夫?の一言ぐらいあるだろ。どういう脳の構造してんだよ?

「いててて。恥ずかしいから誰にも言わないで下さいね。へへっ」

「、、、、、、、」

またしても無言、、、。
これって、ただの社会不適合者なんじゃない?愛想笑いぐらいできねーのかよ。
だがこれでいい。今回の目的は性格のコピーだ。もっと見せてくれよ。

「なんか暑くなってきましたね。よーし!今日はTシャツで作業しよう!」

真冬の外仕事である。今日は私も覚悟を決めており、下手をすると凍死する。計りたいのはこちらに向けられる視線の回数で、もし一度も心配する視線が向けられなければ私は人間として見られていないこととなり、同時に彼も人間ではないことを意味する。

くくく。アンタこのレースに耐えられるか?
今までこんなこと仕掛けてくる後輩いなかっただろう?オレは一味違うぞ。行くぞ、よーいドン。



二時間が経ち、私の意識は朦朧としている。
感じた視線の数はゼロ。

「ハァハァ。ほ、本物だコイツ、、。もういい。もう分かったから止めよう。マジで死ぬ、、」

途中離脱した私だったが結果には大満足していた。

よし!狙い通り最上級のネタが用意できた!
この事件はオレと○○さん、二人だけの秘密だ。

つまり、どちらかが漏らさない限りこのネタが大きくなることは絶対にない。噂の発信とは「信頼の侮辱」と同じだ。オレは今回の事件を絶対に誰にも言わない。気付かないふりを突き通す。

あとは○○さん、アンタの問題だ。
こんな面白い出来事を無言で突き通せるか?後輩が一人死にかけたんだぞ?アンタにも話したい友達の一人くらいはいるだろう。気をつけろよ。噂が広がるのは早いぞ。

噂がオレの耳に入った時点でアンタはオレを「侮辱」したことになる。五年だ。五年経って何もなければ「信頼」の証としてアンタの性格をありがたく頂く。くくく。楽しみだ。このレース、いつまで続くかな?




現在、事件発生から八年が経っており、レースも継続中である。

○○さんとはどういう人物なのだろうか?
私が真冬の中、Tシャツで作業していたことを本当に気付かなかったのだろうか?それとも本当に話す友達が一人もいないのだろうか?
彼の性格を手に入れた現在でもそれは分からない。所詮はコピーである。ただ優しい人間であることは間違いないだろう。


それは私の中の「気付かないふりカウンター」の数値が証明している、、、。